ショート・ストーリーのKUNI[181]道案内いたします
── ヤマシタクニコ ──

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えー、きょうび見知らぬところに行くときはナビやとかグーグルマップやとか便利なものがいろいろございますが、やっぱりひとに聞くのが一番ですな。親切な人やったらそこまで連れてってくれたりしますしね。

ところが、しょっちゅう道を聞かれる人がいるかと思うと、一方で全然聞かれたことないっちゅう人もいたりするのが、世の中おもしろいとこですなあ。





部長「山田くん山田くん、ちょっと頼みたいことがあるんやけど」

山田「なんですか、部長」

部長「実はな、社長、いや、先日会長に退いた元社長のことなんやけど」

山田「はい」

部長「時間に余裕ができたので、いままでやりたかったことをしようと思ったらしい」

山田「いいことやないですか。で、どんなことを」

部長「それやけどな。えーと、君、街を歩いてて道を聞かれたことあるやろ」

山田「ええ……はい、ありますけど」

部長「実は会長は、今まで人に道を聞かれたことがない」


山田「はあ」

部長「ご自分では、自分はいつも忙しそうにしてたから、なんとなく道を聞くにも聞きにくい雰囲気やったんやろうと思ってはるらしい。いまはそうでないし、聞かれたら親切に答えられる自信もある。大阪の道くらい全部頭に入ったある。これも社会奉仕活動のひとつであるから、これからはぜひ、いろんな人に道を聞かれたいと、このようにおっしゃる」

山田「えー……いや、その……会長に道を聞く気にはなれないでしょう」

部長「そやろ。なにしろ、その」

山田「顔がこわいです。鬼瓦が苦虫かみつぶしたようなというか、もう、何かへたなこと言うたら怒られそうですもんね」

部長「そやろ。だいたい怒りそう、どころやない、ほんまに怒りっぽいし、頑固やし『いらち』やし、最も道を聞きたくない人間の見本みたいなもんや。社員一同みんなわかってる。しやけど、本人は自覚症状がない。それどころか『明日は難波の高島屋前に立って、道に迷ってそうな人にぜひ道案内しようと思てる。君も一緒に』と言われてな。その……山田くんも手伝うてくれへんか」

山田「えーっ、なんでですか。部長と会長だけでええやないですか」

部長「高島屋前に堅苦しいおっさんふたり立ってても、誰もそんなんに道聞こうと思えへんやろ。誰も聞けへんかったら社長は激怒する。わしにとばっちりがかかるやないか。

その点、君やったらスーツを脱げばどこにでもいそうな、いかにもぺらぺらの、何の貫禄もないお調子もん……あ、いや、いや、そんなふうに見えるやろ。そういう人のほうが気軽に声かけられるんちゃうか」

山田「すんませんね。どうせぼくはお調子ものです」

部長「あー、その、割増手当出すよって」

山田「はいはい、行きますよ、行けばいいんでしょ」

部長「すまんな。ほなわしは当日会長のそばにいてるよって、君は客引きを」

山田「客引き!」


山田「あーあ、そういうわけで高島屋前に来たけど、けったいな話やな。会長の『道を聞かれたい』願望につきあわされるとは……あ、来た来た、道聞きたそうな人が……はいはい、なんですか……え? ティッシュ持ってないんかて? 風邪気味で鼻水が止まらんのやけど、あんたティッシュ配りちゃうんかって……ちゃいますって。

いや、どう見てもティッシュ配りにしか見えんと言われても……しつこいな。ティッシュやったらあそこに立ってるひとが配ってはりますよ……なんでこんな案内せなあかあんねんな、もー……あ、また来たまた来た、道聞きそうな人……え、道を聞きたい?! はいはい、待ってました、部長、部長、おひとりさまご案内〜!」

しばらくすると部長がやってきて

部長「山田くん、山田くん」

山田「なんですか」

部長「会長にえらい怒られた。さっきの人な。まわしてくれたんはええねんけど、大阪城はどう行けばいいですか、関空と伊丹空港、どっちが近いですか、虹の街はもうなくなったんですか、日吉ミミは今どないしてると、いくつも聞かれて、会長パニック状態になってしもて。『質問内容を前もって整理しておくように!』と怒鳴られた」

山田「えーっ。どんなわがままな道案内やねん。国会とちゃうし。それをまた、はいはいと言う部長も部長……いいですよ、はいはい、わかりました、そうします。前もってね……あ、また道を聞きたい人が来た。はい、道を聞きたいんですね。えーと、ではこの紙に前もって……」

しばらくしてまた部長が

部長「山田くん山田くん」

山田「なんですか」

部長「何やねん、これは。問診票やないか。道を聞くのに『その症状はどんな・いつから』とか『これまでにアレルギーを起こしたことがあるか』『家族でがんになった人がいるか・それは誰』とか関係ないやろ」

山田「前もってくわしく聞いといたほうが便利かと思って」

部長「だれがここまで聞けと言うた。もう問診票はいらん。やっぱりそのまま素直にまわしてくれ。だいたいの要点だけは聞いといてな。それから、さっきのお客、『にほんばしはどこですか』と聞いて会長の逆鱗にふれてな、『大阪にはにほんばしはない! にっぽんばしや!』と、小一時間説教されてたので、以後気をつけるように」

山田「そこで説教しますかねえ」

部長「なんせ会長、目標が20人らしい。もっとがんばらな目標に届かんぞ」

山田「20人! ほな立ってるだけではあかんがな。紙に書いて貼っとこか。無料案内所……これでは誤解されるな。えー、『道案内いたします お気軽に』でええか……

いやー、しかし、会長もスーツにネクタイびしっと締めて直立不動でえらそうに立ってるけど、誰があんなもんに道聞くねんな……そのかわり、毎日立ってたら待ち合わせ名所になるかも知れんな。高島屋前のこわいおっさん前で10時に、とか……わはは、わはは……

お、さっそく来たぞ来たぞ、はいはい、道を聞きたい、はい、お安いご用ですが、だいたいどのへんの道をお聞きになりたいんで……え? それがちゃんと覚えてないんやけど? 何か否定形の言葉がついてたような? Noとか? いいえとか? いや、そうやない、大阪弁で? 犬の名前のようでもある? 

あー、ちゃうすやまですか、はいはい。部長、茶臼山おひとりです……えー、次の方……いませんか、いませんか……えー、道を聞きたい人はいませんか……どうですか、道教えますけど……え、今から家に帰るとこ? そない言わんと道くらい聞いてくださいよ、減るもんじゃなし……

えー、道案内はいりませんか〜〜道案内、道案内〜あ、はい、道を聞きたい、はい、どこへ……AED……どなたか心臓が止まったとか?! そやない? 南港のほうにあると聞いた……そらATCやがな、心配させんといてください。はい、ATCおひとりさまご案内〜

ほかに道案内してほしい人……東京まで歩いて行きたい? 参勤交代ですか。とりあえずあちらへ……えー、あなたは……松屋町筋ですか。これはまあ手頃な行き先ですな……ええ? 行きたいのは松屋町筋のすぐそこの三谷さんというお宅……手がかりは大将の誕生日が3月2日、カラオケ十八番は『北酒場』やから、これでなんとかって、そんなもんでわかるかいな。いや、意外とわかったりして……とりあえずあちらへ。

次の人……え? サンホセへの道? 受け狙いですか……ほな『ロード』はって、ますます受け狙いでしょ! おちょくらんといてください。だれが思い出の曲をリクエストしろと……あー、もうほんまに、あとちょっとやのに、ろくな客が来んわ……

え? あ、はい、道案内ですね、はい、やっております、やっておりますとも。なになに。『わたくし、梅田のグランフロントに行きたいと思っておりますのですが、地下鉄はどこから乗ればよろしいのでございましょうか』って? もー、ばっちりお答えしますよ! はい、おひとりさまご案内〜〜〜〜」

山田「ふー、終わった終わった。部長、お疲れさまでした!」

部長「あー、ご苦労やったな、山田くん。会長も達成感に満ちたすがすがしい顔をしておられる」

山田「ほんまですね。いやー、しかし、最後のお客さんみたいな人ばっかりやったら良かったんですけどねー。言葉遣いはていねいで、質問はわかりやすくて……顔は思い切りぶさいくなおばちゃんでしたけど」

部長「あれは、さくらで来てもろたわしの嫁はんや」


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「世の中には、死ぬまで政治に興味を持たずに生きられる国もある。私だって、文学のことだけを考えて暮らしたかった」というロシア出身でウクライナ人の母とロシア人の父を持つ作家・ミハイル・シーシキン氏の言葉(朝日新聞9月16日朝刊)にはっとする。その日、日本では安保法案成立前の激しい攻防が。