[3987] 夏が去ってもミラクルは続く

投稿:  著者:  読了時間:29分(本文:約14,400文字)


《喧騒と静寂とアイドルと菩薩と》

■Otakuワールドへようこそ![219]
 夏が去ってもミラクルは続く
 GrowHair




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■Otakuワールドへようこそ![219]
夏が去ってもミラクルは続く

GrowHair
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20151002140100.html
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●加藤一二三 九段と駒打ちピース!

まずは自慢のショットから!
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Event150919#6196338341467233826

9月19日(土)、幕張メッセで開催された「東京ゲームショウ2015」のステージで将棋の加藤一二三九段とご一緒できたことは、上のほうからの不思議なはたらきかけのおかげのような気がしてならない。

高校時代、通っていた私塾の先生であった風間加勢氏からは、その後も長きにわたって、お世話になった。一浪したあげくに受かったのが早稲田大学理工学部で、奇しくも風間氏の後輩となった。風間T氏は建築学科で、私は数学科と、学科は異なっていたけれど。

聖橋を歩いて渡るとき、もういっそのことここから身を投げちまおうかと一瞬だけ頭をよぎったけれども、下を見たら強烈などぶのニオイが立ち昇ってきたので思いとどまった私を、当時吉祥寺駅北口にあった「鳥ぎん」に連れていってくれて、大いになぐさめてもらった。

その後、学部から修士課程修了までの六年間、講師としてアルバイトさせてもらった。「おまえが教えるとマニアックなほうへ走るから」と数学は教えさせてもらえず、もっぱら英語であった。人をよく見抜いている。

週に一度、5〜6人ほどの中学生のクラスで、6:00pmから一時間半の授業を2コマ持って、9:00pmに終わると、たいていは飲みになった。勉強もさることながら、風間氏からは生き方を教えてもらった。

デジクリも、私が書き始めた最初のころは読んでくれていて、文章についてもあれこれ指南してくれた。私の文章はおもしろいときと、ぜんぜんおもしろくないときと、ムラが激しい、とか。どのライターのよりも、柴田氏の後記が結局いちばんおもしろい、といつも言っていた。

咽頭癌をわずらうようになって、酒が飲めなくなったが、肺に転移したのが発見されると主治医が急にやさしくなり、酒でもなんでもOKとなった。癌という病気は、死ぬまでのスケジュールがけっこう正確に立ってしまうもののようで、本人がせっせと自分の葬式の準備を進めていた。

知り合いを順繰り順繰りに呼んで毎週末自宅飲み会を開き、一巡すると、またもう一巡、と。私は数か月にいっぺん、三回ぐらい呼ばれた。知り合いにちゃんとごあいさつしてから逝けるのが癌のいいところではある。

アマチュア四段の実力を誇る風間氏は、加藤九段の大ファンで「直感精読」と揮毫された扇子を肌身離さず持っていて、いつもパチン、パチンとやっていた。

2007年9月1日(土)、有楽町朝日ホールで開催された「第15回達人戦」の決勝戦の公開対局を一緒に見に行っている。かつての職場の部下で、やはり加藤九段のファンである直江雨続君と会ってもらっている。

決勝戦は、加藤一二三九段対谷川浩司九段であった。その模様は、9月7日(金)のデジクリに書いている。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20070907140100.html

それからほどない9月24日(月)、雨続君と私は風間氏のお家におじゃまして、相互に一局ずつ指している。私は雨続君に勝ち、風間氏は二人に勝って優勝であった。そのときのことは、10月5日(金)のデジクリに書いている。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20071005140100.html

来年の春ぐらいまではもつと思う、という風間氏は、例の扇子を私にくれた。それが最後になった。12月1日(土)、娘さんからメールで訃報が届いた。

今回、幕張のイベントで加藤九段とご一緒できたのは、この扇子がご縁を取り持ってくれたような気がしてならない。上のほうで、ふふふと笑ってる風間氏の顔が浮かぶ。

もともとの予定では、加藤九段と私は共演することにはなっていなかった。9月19日(土)、私は10:30amからと0:00pmから、加藤九段は1:30pmからと3:00pmから、それぞれ20分ずつ、別枠で出演する予定だった。

「株式会社ガルボア(GaLboa)」の『おやじGirly(狩)』というゲームのブース。現役女子高生たちが考えて作ったという、「オヤジ狩り」をモチーフにしたと思しきゲームで、10月にリリース予定である。街に罠を仕掛けておやじを捕獲し、可愛く仕立てなおすというものらしい。
http://oyajigirly.com/oyajigirly/

ブース前で『?おやじGirly(狩)リリース記念 かわいいおじさん写真集』と題する冊子が無料配布された。その中で、元将棋の棋士であり、株主優待券で生活する桐谷広人七段や、兵庫県尼崎市の非公式キャラクターである「ちっちゃいおっさん」とともに、加藤九段や私もかわいいおじさん代表として写真が掲載されている。
http://oyajigirly.com/oyajigirly/oyaji_girly_.pdf

トークステージでは、かわいいおやじ代表が二人の女子高生といっしょに雑談しつつゲームを紹介するもので、いちおう台本はあるけれど、時間に余裕があり、脱線トークどこまでもOKな、緩〜い感じであった。

私は20分の持ち時間を勝手に30分ぐらいに延長してステージを降りると、その後もブース前で来場者たちから写真を撮られ、登場してきたちっちゃいおっさんと一緒にさらに撮られ、楽屋に戻ってきてみると、すでに加藤九段が奥様と一緒に来られていた。ごあいさつし、大ファンだった恩師から「直感精読」の扇子を譲り受けたことを話した。

加藤九段のステージは私のと同内容で、割と台本通りに進行していた。私は脇で見ていたのだが、スタッフから出されたカンペには「もっと加藤さんと絡んで!」と出ていた。けど、女子高生たちは加藤九段をよく知らない。じゃあ、助け舟を出そうかというつもりで私はステージに乱入し、女子高生からマイクを奪って、勝手に加藤九段を紹介した。「小さいころからNHKの『将棋の時間』で見てました」。

すると、加藤九段は、先ほど楽屋で話した恩師の話をして、私を紹介してくださった。例によってすごい早口で。割と長めの話なのに、一度聞いただけで、非常に正確に再現してくださった。75歳にして頭の回転がキレッキレな大棋士である。それで冒頭の写真となったわけである。ありがたきご縁。

ネットで拾い集めた写真はこちら。
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Event150919

●喧騒と静寂とアイドルと菩薩と

8月28日(金)は大阪府のライブハウス「難波ベアーズ」にて、愛$菩薩さんが出演するイベントがあり、見に行こうと思っているところまでは、7月17日(金)に書いている。題して『漫画のアイドルとお寺のアイドル』。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20150717140100.html

2014年12月18日(木)に中野の「坊主バー」に行ったとき、高円寺に姉妹店として「尼僧バー」がオープンしたことを知らされ、今年の7月4日(土)に二度目に行ったときに、カウンターの上に置いてあるCDが気になった。タイトルは『菩薩Revolution』。そのアーティストが愛$菩薩さんで、そういうアイドルがいることを初めて知った。

愛$菩薩さんは、やたらと高さのある、なぜか金髪の螺髪ウィッグをかぶり、衣装もキンキラキンで、装飾過多で、背中には電光仕掛けでピカピカ光る後光を背負って歌う。『四誓偈(しせいげ)』という曲目があり、間奏部分は4分の4拍子だが、歌の部分は4分の5拍子。歌詞は、浄土宗で用いられる同タイトルのお経そのもの。

奈良県吉野郡にあるお寺に生まれ育ち、父親は住職で、本人は副住職。その傍ら、アイドル業にも励み、九年目になる。たいへんユニークな存在だが、奇をてらうのが狙いではなく、あまりお寺に足を運ぶことのない若い人たちにもありがたい仏の教えを届けようという、辻説法の精神から。

私は2013年10月14日(月)に日帰りで大阪に行ったとき、前日に放送された関西テレビ『千原ジュニアの更正労働省』を見た人に会えるかと、本町から難波までアーケード街を歩いてみたところ、数十人から声をかけられた。

ついでにランジェリーショップにも何軒か入ってみたが、置いてあるのがほとんど化繊素材のものばかりで、コットン素材のものをめったに見ることがなかった。

次に大阪に行った機会に、そういうのは船場センターに行けばあるかも、と教えてくれた人がいた。2014年6月1日(日)のことであった。そのことは、2014年6月3日(火)配信のデジクリに書いている。

以来の懸案だった船場センターに立ち寄るため、今年の8月28日(金)の難波でのライブは7:00pmスタートだったにもかかわらず、9:50東京発ののぞみ105号広島行に乗り、昼すぎには大阪に着いていた。

市営地下鉄御堂筋線を本町で降りて少し南下すると、東西に一直線に走る高速道路に行き当たる。その下が三階建てのビルになっていて、屋内の各階北側と南側に通路があり両サイドに店が立ち並ぶ。ビルは1号館から10号館まである。

平日の昼間のせいか、人がまばらで、いてもほとんどが高齢者である。東京だと巣鴨が「おばあちゃんの原宿」と呼ばれているが、それの大阪版みたいな感じか。

5号館地下一階南側にコットン素材天国みたいな店があった。ここでショーツを六枚ほど購入。まあ、大阪じゃなきゃ入手できないってほどのもんでもなかったけど。

気に入ったのを見つけるとすぐに買っちゃうもんだから、私の部屋は必要数をはるかに上回る数のショーツであふれ返り、まるで変態の部屋みたくなっている。悟りの境地にはほど遠い、煩悩まみれの生活である。無間ショーツ地獄。

「なんばベアーズ」はごった返していた。前売りですでに100枚以上売れたと。朝の山手線みたいというのは誇張が過ぎるにしても、そうとうな密集状態であった。

同行してくれたK田氏は、前売り予約してなかったんで、当日券を買って入れてもらうまでの間、後から入ってくる人たちの通行の邪魔にならないように、すぐ脇の扉の陰に入っていたら、ちょうど愛$菩薩さんが出てきてくれた。例のキンキラキンのお姿で。おかげでごあいさつすることができた。お初にお目にかかります。K田氏は、後で「目が澄んでた」と言った。

東京駅で買った駅弁を新幹線の中で食べた以外、何も食べてなかった私はいったん外に出て飲み物を買い、会場後方で売ってたソーセージを買って食べた。いったんは確保した前のほうのポジションを明け渡す格好になってしまい、戻るのは不可能だった。ステージがぜんぜん見えんっ。

最初のほうで登場した愛$菩薩さん、人垣の間から後光がときおりチラチラ見える。トークでは、お寺でお勤めするとときおり遭遇するモンスター檀家のエピソードで笑いをとる。

お盆の由来についてのお話は、知的で面白い内容だった。って、その内容、すでに忘れてるけど。

後でツイッターでエゴサして拾い集めた写真はこちら。
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Town150828

次のライブは9月13日(日)に奈良で開催される。なんと、副住職を勤めるご自身のお寺が会場である。初の試みという。奈良なら日帰りできるし、日曜だから会社を休まなくて済むし。よし、行こう。

A面で行っていいかどうか、あらかじめ聞いておいたら、住職様にも聞いてくれて、OKがもらえていた。かくて、この悟れんおっさんは、正装であるセーラー服を身にまとい、新幹線と近鉄特急とを乗り継いで、吉野にある浄土宗のお寺に向かうのであった。

8:50 東京─11:08 京都、のぞみ103号広島行。
11:50 京都─12:44 橿原神宮前、近鉄京都線・橿原線、特急橿原神宮前行。
12:47 橿原神宮前─13:11 下市口、近鉄吉野線、特急吉野行。

橿原神宮前で乗り換えると、同じ近鉄線なのに軌道の幅が異なるのにはびっく
りしたが、よくよく考えてみると、東京メトロでも都営地下鉄でも京王電鉄で
もそういうことは起きている。あ、JRだって新幹線は軌道が太いか。

近鉄吉野線は山の中をうねうねと曲がりながら、ゆったりゆったり走る。下市口駅はいちおう特急が停車するけれど、そんなに大きな駅というわけでもなく、降りたのはほんの数人ほどであった。反対側のホームには、部活だろうか、高校生の男女十人ほどが電車を待っており、私がトイレから出てくるのを待ち構えて、男の子三人ほどが写真を撮っていった。どうやら知られていたっぽい。

踏切をはさんで線路と直角に延びる道は商店街になっているが、人影はほとんどなく、たいへんのどかだ。車の往来はそれなりにあるが、私とすれ違うとき、なぜか速度を極端に緩めていく。どうやらケータイで写真を撮っていくらしい。すれ違ってから、車を停めて、降りて追いかけてくる人もあった。「写真を撮らせてください」と。

駅から歩いて15分ほど、吉野川にかかる大きな橋を渡ってしばらく行ったところに「西迎院(さいこういん)」はあった。こんなのどかな田舎町の歴史あるお寺からあの異色アイドルが出たとは、奇跡だ。

受付を済ますと大広間に通されたが、思っていたのと雰囲気がぜんぜん違う。いかにもご近所から来ましたという感じで、小さい子供を連れた人たちもけっこういる。いつもこんなです、って感じで、くつろいで雑談に花を咲かせている。檀家さんたちらしい。私、ちょっと浮いてるかも。

「南無阿弥陀仏」と薄く書かれた文字の上をペンでなぞり、仏壇に納める。尼僧の方が出てきて、あいさつして回っている。白の上に黒を重ね着した法衣に、金を基調とする半袈裟をまとっている。状況からするとこの方が愛$菩薩さんに違いないのだが、大阪のときとはまるで別人である。

押しの強そうな、強烈なキンキラキンオーラがぜんぜん出てなくて、清楚でおとなしい感じなのである。螺髪ウィッグをかぶってないと、顔がすごく小さくみえる。しかし、私にもにこやかにあいさつしてきたので、あ、やっぱり、と。「別人かと思いました」。

時間になると、お堂に移動。金ピカの背景に金ピカの阿弥陀如来像が立っていらっしゃる。畳敷きのお堂に椅子が並べられ、ひとつひとつの上に冊子が置かれており、脇には木魚が据えられている。冊子は、サイズは小さいが、厚みがそれなりにあって、『勤行式』と題されている。お経集。

この場所で愛$菩薩さんのライブが開催されるのが初のことであって、お勤めの会自体は、年に8回、定期的に開かれているとのことである。副住職がお経の題名を告げると、みんなで木魚をぽくぽく叩きながら、それを読む。冊子を開いている人もいれば、暗唱している人もいる。

木魚といい読み上げといい、みんな見事なまでに揃っているので、木魚を叩いたこともなかった私なんぞは気おくれして入っていきづらいが、冊子を開くといちおう読めるので、小声で唱和する。6〜7題ほど読んだか。漢詩のもあれば、和文のもある。

お勤めが終了すると、住職様はわれわれのほうへ向きなおり、脇にホワイトボードを引き寄せて、講義を授けてくださる。タイムテーブルはこんな。

13:30〜14:00 受付
14:00〜14:20 お勤め
14:20〜15:00 住職講義(1)
15:00〜15:45 お茶休憩
15:45〜16:25 住職講義(2)
16:25〜16:40 休憩
16:40〜17:10 副住職ライブ
17:10〜18:00 座談会

住職様は、肩肘張らず、親しみやすい調子で平易に語ってくださる。それでいて、内容は非常に面白く、納得させられるものであった。第一部では、宗教について。宗教というと、若者たちの間では、アヤシイもの、近づかないほうがいいもの、というイメージで捉えられがちだが、それは宗教の名を借りたややこしい団体のせいであって、宗教それ自体は、生きる上でいちばん大切なことを伝えるものである、と。

わたしたちは、どこから来て、何のために生き、どこへ行くのか、その答えを示してくれるのが宗教である、と。人生とは「黒白二鼠(こくびゃくにそ)」にたとえられると教えてくださった。

科学vs.宗教にも言及された。私の中では、科学とは、宇宙の真理を解明することを究極の目的とし、実証実験と論理的思考とを道具立てとする知的営みである。宇宙ロケットとかコンピュータとか軍事兵器とかは、「技術」という名の副産物である。

疑問を解き明かしたいという動機は、宗教も哲学も科学も同じなんじゃないかと思う。ただ、科学的手法だけを用いると、歩みは着実で、誤る率は低いにしても、進展が遅すぎて、根源的な問いへの答えにはなかなか近づいていけない。

そのへんを思索によって補うのが哲学であり、絶対真理を追い求めるよりも、魂が救済されるほうに重きを置くのが宗教なんじゃないかと思う。そのへん、どうなんだろう、聞いてみようかと思っていると、第二部で、聞きたかったことをある程度言っていただけた。

仏教は、インドや中国よりは長持ちしたとはいえ、日本において、どうにもこうにも先細りな流れになってしまっている。差してくる光が消えれば、闇が訪れる。人心は荒廃し、世の中どんどん悪くなっていく。

連日のように殺人事件が起きる。儲かりさえすればいいと、罪の意識なくオレオレ詐欺みたいなのが横行する。あまりに頻繁なので、新しい事件が報じられると、前のことがどんどん上書きされて忘れられていってしまう。

「なんでこうなったのか、しっかりつかまえなきゃ」、「なんぼ防犯カメラつけたかて、元のところをしっかりしないと」、「今の世の中、いちばん欠けてるのは『やさしさ』やと思う」。

やさしい人間になろうと自力で努力するのも、それはそれで結構なことだけど、阿弥陀如来様のエネルギーに乗っかっていけば、やさしい人間に育ててくださる。「仏さんのことを忘れとっても、仏さんはみなさんのことを忘れずにみていてくださる」。

オードブルで腹がいっぱいになってたら、メインディッシュはまだこれからだった、というのはたとえとしていくらなんでも失礼だから、メインディッシュで満腹してたら、まだデザートがあったって感じか。しかも、こってりした。

副住職、というか愛$菩薩さんのライブである。本堂の同じ場所で、客席を横向きに再配置。姿は、袈裟のまま。

大阪のときとは違い、こっちでのトークは本領発揮というか、軽くない。一般的にはよく自分を信じてがんばるというが、仏教においては、まず自分の中に十悪が住み着いていることを自覚して内省するのが先決。内省する心があってこそ、仏と深く結ばれる、と。

猫のエピソードは身につまされた。かつて『花は咲く』の歌詞で「私は何を残しただろう」というところはたいへん身につまされたが、あの感じだ。猫だって「善知識」を残した。人たる私は、なにかよきものを残せるだろうか。そこはやっぱりよくよく考えなおしてみなきゃいかんだろうな、と思う。

それが歌になっている。CDに収録されていなかった新曲を披露してくれた。笙(しょう)という楽器の演奏も。大阪のときとはうってかわって落ち着いたムードで、深く、ありがたいステージであった。

ライブが終了し、人々が三々五々帰っていくとき、私は住職様や副住職様とツーショを撮っていただくことができた。

暗くなりはじめていたが、周辺をちょこっと散歩。吉野川の細い支流にかかる橋を渡ってみたり。山あいの自然豊かな、いい風景。初めてくる吉野で日帰りはもったいなかった。ゆっくり散策してみたくなる。

吉野川の橋を渡ったところで、若い女の子が声をかけてきた。写真を撮らせてください、と。会うと幸せになれるといううわさのこのおじさんのご利益にあずかりたいようすである。受験生だという。

私は直接的に結果をもたらすようなパワーはないけれど、もし先々、気持ち的に行き詰ったときなどに、思い出してくれて、何かの光になることができたら、まあ、多少なりとも猫に顔向けができるかな。

まだ6:00pmを過ぎたくらいなのに、商店のシャッターはぜんぶ閉まっていた。駅に着くと、お巡りさんが近づいてきた。にこにこしながら、ぺこぺことお辞儀してくる。何? 「あのなあ」と内緒話のように近くで耳打ちしてくる、「110番した人がおったんや」。あはは、そら、中にはおびえちゃう人もおるでしょうなぁ。和やかな職質であった。

18:48 下市口─19:14 橿原神宮前、近鉄吉野線特急大阪阿部野橋行。
19:27 橿原神宮前─20:20 京都、近鉄橿原線・京都線、特急京都行。
20:39 京都─22:56 東京、のぞみ422号東京行。

ネットから拝借してきた写真はこちら。
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Temple150913

●若者をとりこにする

9月28日(月)付の東京新聞の一面トップは、「電力供給今夏も余力」と題して、原発再稼動の根拠が揺らいでいることを指摘している。

ひっくり返して、最終面、第28面をみると、「セーラー服おじさん若者とりこ」と題して、女装したおっさんが原宿で若者たちから人気を博する模様を取材した記事がカラー写真三枚入りで掲載されている。

取材を受けたのは9月6日(日)。2:00pmから原宿で。タワシおじさんの母校である埼玉県立所沢高校の学園祭『所高祭(とここうさい)』に行ってから、西武池袋線、山手線と乗り継いで1:51pmに原宿に到着した。

竹下口改札を出ると、写真を撮りたいという人たちに、あっという間に囲まれる。記事にあるとおり、スマホの「放列」。待合せの5分前に記者たちが到着したときにはすでにその状態で、「や、どうも」と軽くあいさつするのが精一杯。そのまま取材へとなだれ込み。

「東京新聞取材中」と腕章をつけたカメラマンが、機敏に動き、360°から捉える。指示されるままに、横断歩道を渡って、竹下通り入口の坂をゆっくりと下るも、人だかりがすごすぎて、こっちからカメラマンの姿が見えない。カオス状態。

原宿「ネスカフェ」に場所を移し、記者からインタビューを受ける。2014年6月20日(金)の当欄に書いたプレスリリース『知ってちっとも得しない、セーラー服おじさんの基礎知識』をあらかじめ読んできてくれたので、基本事項の質疑は省略することができたし、質問事項を列挙してきてくれたので、効率よく進めることができた。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20140620140100.html

それでも5:00pmくらいまでた〜っぷり話をした。すごい量の情報が伝わったと思う。これだけの情報の中から取捨選択して、コンパクトな文章にまとめた結果がどんなふうになって紙面を占めるのかが、非常に楽しみだ。

取材時点では、5日後の9月11日(金)掲載予定とのことだった。このスピード感がたまらない。さすがは新聞!

取材の後、私は、新宿〜拝島〜高麗川〜高崎〜小山〜上野と大回り乗車してきた。この日の移動コースは小さい丸と大きい丸の二重丸。

翌日、9月7日(月)の夜、JR四ツ谷駅の上にかかる新宿通りの橋にて、B面の撮影。8:00pmに改札口で待合せしていたが、その15分前には橋の上でばったり会ってしまい、そのまま撮影。割とすぐに終わった。その時点で、文章はすでに半分ぐらい書き上がっているという。

ところが、台風が直撃して洪水が発生し、掲載は延期。再設定された掲載日も安保の件でまた延期になり、やっと掲載された。まあ、ボツにならなくてよかったけど。

短期間で仕上げたとは思えない、内容充実した記事だった。微小な情報の断片が大量に散りばめられているような文章構成。意外なほどの情報量が詰め込めるものだと感心した。それでいて、全体的に文脈が通っていて、すらすらすらすらっと読める。

背後にもっと大きなストーリーが存在することを感じさせる、壮大な大河ドラマの予告編をみるような感じ。

いままでどこも取り上げなかった「深い」ところに言及しているし、「人だかりができる」ことを証拠づける写真が見事に決まっており、取材のときにちっとも気づいてなかったけど、撮っていった人の談話もちゃんと取ってあって、さすがは新聞、取材に抜かりない。

ツイッターでの反響が薄いのが気にかかる。哲学者で早稲田大学人間科学部の教授である森岡正博氏(@Sukuitohananika)が「読むだけで癒される」うんぬんとつぶやいてくれてはいるけれど。

東京新聞を読む人たちとツイッターを使う人たちとの間には、共通部分が少ないってことか。そもそも年齢層がカブらないか。「情報流通のセグメンテーション化」傾向については前々から言っている通りだけど、人によって情報源が異なるってことは、同じ日本に住んでいながら、植えつけられる価値観は、あたかも別の国に住むかのようになっているのかもしれない。

東京新聞のサイトに掲載された当該記事(一部)。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/thatu/list/CK2015092802000168.html

取材日の写真と掲載紙の写真。
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Town150906
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Newspaper150928

●凶悪な霊気を発する墓碑は消滅したのか

2008年3月30日(日)に青山墓地で凶悪な霊気を発する古い墓碑に出会い、再会してみたくなって今年の8月10日(月)に歩き回ってみたけれど、影も形もなかった件、前回9月18日(金)のデジクリに書いた。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20150918140100.html

しかし、気になることがあった。雰囲気的には近いけれども、これではなかろうと、その場では否定してしまったやつが、実はそうだったのではあるまいか。

9月21日(月・祝)に、また行ってみた。前日は、幕張メッセで「東京ゲームショウ2015」のステージ出演があり、麹町の日テレで『行列のできる法律相談所』のスタジオ収録があり、帰り道、アルタ前で2時間近くにわたって通行人から写真を撮られ、へとへとになって帰った。自身のエンジンがなかなかかからなくて、出かけるのがすっかり遅くなった。前日の写真。
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Event150920

新宿駅で山手線に乗り換えようとしたら、止まってて、ホームには人があふれ返っていた。総武線で代々木駅まで行ってタクシーに乗ったが、青山墓地に到着したのは6:00pmごろであった。

どのへんだったか記録しておくんだった。どこだっけ? 北東の一角の南半分を一時間ほど歩いたが、見つからず。7:00pmごろ、あたりがすっかり暗くなり、歩くのがやっと。見通しがきかず、すぐ近くの墓石しか見えない。この時点で、あきらめ。

意地になった私は、翌日、22日(火・祝)にも再訪。どんだけ墓が好きなんだ、オレ。今度は1:30pmごろ到着して、たっぷり三時間歩いた。8月に徹底的に歩いているのに、またなぞっちゃったよ。

それは、南西の一角にあった。墓碑銘が横文字のやつ。それと、もうひとつ、やっぱり雰囲気が似てるのがあった。それは前日歩いた北東の一角にあった。

今度は場所をメモに控え、写真を撮り、墓石に触ってきた。けど、その場で、やっぱりどっちも違った、と確信できた。墓石の感触が、「はいはい握手、仲間だね、よろしくね〜」って感じで実にフレンドリーなオーラが伝わってきたのだ。どっちも。

帰ってから、控えてきた名前でググってみれば、どっちも出てくるじゃん。教育方面でいい仕事をした、偉い人たちじゃん。仲間に墓を建ててもらってんじゃん。ネガティブ霊気を発する動機がぜんぜんないね。

西澤之助(にしさわのすけ)
1848年11月13日(嘉永元年10月18日)-1929年(昭和4年)10月5日。日本の実業家、教育者。日本女学校(現・相模女子大学)創立者。

WilliamKinninmondBurton
1856年5月11日-1899年8月5日。スコットランド・エディンバラ生まれの技術者・写真家。明治政府の内務省衛生局の技師。上下水道を設計。帝国大学工科大学(のちの東京大学工学部)衛生工学の特別講師。

それに、墓石に触ってきた私、死んでないし。そういうわけで、私の中では、あの墓は消滅したのだという結論になった。

写真はこちら。
https://picasaweb.google.com/Kebayashi/Field150922


【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
http://www.growhair-jk.com/

9月22日(火)、青山墓地の後、秋葉原へ行き、成田童夢氏の三十歳誕生パーティーに出席した。ニコニコ超会議の『戦国炎夢』ブースでご一緒したご縁でお招きいただいた。写真はこちら。
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Town150922

9月27日(日)は、渋谷の「TSUTAYAO-EAST」にて「さくら学院」のライブがあったので見てきた。女子小中学生からなるこのアイドルグループは、ファンのことを「父兄」と呼ぶ。本人よりも若い父兄もいる。その日の写真はこちら。
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Town150927

わりとばたばたした日々を過ごしている。

これが配信される予定の10月2日(金)は、会社を休んで中国行きの機上の人になる。中国は国慶節で丸々一週間休みで、各地で漫画・アニメ関係のイベントが催される。飛行機で移動しながら、南昌、重慶、広州と回り、一日ずつイベント出演してくる予定。

中国在住の日本人二人がスパイ容疑で当局に拘束されたとか? 私も時として怪しい人みたくみられがちなので、あらぬ嫌疑をかけられないよう、気をつけなくては。セーラー服おじさんに身をやつす日本人が、その実、スパイだった、なんて、大事件になっちゃうよね。

天変地異や政変で流れたりしなければ、10月4日(日)放送の日テレ『行列のできる法律相談所』に映る予定。4番組対抗の4時間スペシャル版。けど、私は中国に行ってるので、見られない。代わりに見といていただけると。


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編集後記(10/02)

●次の日本語、あなたはちゃんと使えていますか? [つかぬこと、折り紙付き、めっそうもない、確信犯、気がおけない] 当たり前です。常識です。編集屋だから当然分ってます。「もう一度学ぶ日本語」(アスコム、2015)のカバー折り込みにあった質問。しかし! 「確信犯」で間違えた。「多くの人が『法律に違反しているとわかっていながら、悪いことをしてしまう』と思っている」。わたしも同様の解釈だ。ところが、本当の意味は「本人が悪いことではないと確信してなされる犯罪」のことだった。言葉は時代の流れで大きく影響され、意味が揺れている。「確信犯」の意味は間違った方に定着するかも。

著者は二人いて、長尾昭子は長い間外国人に日本語を教えてきた日本語講師、デイビッド・セインは30年前に日本にやってきてからずっと東京に住む英会話講師。二人が40個の日本語についておしゃべりする構成で、非常に読みやすい。あいさつに込められた日本の心、日本人だからこそあらためて学びたい日本語、もっと使いたい「日本らしさ」溢れる日本語、知っておくと賢く見られる奥深い日本語、という構成でなかなかいいテンポ。ほとんど意味を知っていたが、語源をふくめて、正確に分かっていたわけではなかった日本語が意外に多いことが判明した。それにしても、なんと日本語を深く理解している外人さんだ。

日本語で一番便利な言葉はなにか。それは「どうも」である。何を伝えているかはっきりせず、中途半端に思えるが、外国人の生徒が「こんな便利な言葉はほかにない」と講師に教えてくれたそうだ。そして、外国人が素敵だと思う日本語を、日本人自身がよく知らなくて、使えていないことが多いと実感するという。たしかに、この本に出てくる素敵な日本語を使いこなす人に会ったことがない。ら抜き言葉は批判されたが、「大丈夫と思う」のようなだ抜き言葉は蔓延している。ファミレスやコンビニの店員が使う言葉「よろしかったですか」「一万円からお預かりします」、これらはバカ敬語マニュアルのせいらしい。

正しい意味が殆ど知られていない言葉が「役不足」だ。本来は「本人の力量に対して、与えられた役目が軽過ぎること」を表すのだが、今では多くの人が「与えられた役目に対して、本人の力量が足りない」の意味だと思い込んでいる。「けりをつける」とは「困難な問題をなんとか解決する」というニュアンスなので、努力して良い結果を招いたときには使わない。「さわり」とは「出だしの部分」ではなく「歌のサビの部分、映画や小説ではクライマックスの部分」。誰かが指摘しないと、知らずに使った人が恥をかく。原稿を整理する編集者の任務だが、昔は鬼といわれたわたしもボケてきたから荷が重い。 (柴田)

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「もう一度学ぶ日本語」長尾昭子/デイビッド・セイン


●Ingress続き。武器が枯渇しているので、スーパーへの往復では柔らかいところだけを破壊するか、リンクをはる程度。堅いところは時間が取られるし、武器がないので避けがち。

けれど、ハブになっている重要拠点や、堅ければ堅いポータルほど壊したくなるという猛者がいる。圧倒的に不利なところに特攻する、探検家のような人。堅くしているってことは、敵にとって大切なところで、補給拠点になりがちだから。猛獣がうじゃうじゃいるのにめげないのね。

自宅まわりは、敵さんの職場でもあるようで、ゆるい取り合いをする。良いアイテムを使い捨てるのがもったいないし、取り合いをした方がお互いポイントが稼げる。会話をしたことがないが、真面目にコツコツ、ルート活動する彼には好感を持っている。壊されたらムカつくことはムカつくが、彼ならいいかなぁと思うのだ。

他にも敵ながら天晴れな人たちがいて、好きだけど嫌い(笑。手強いので)。続く。 (hammer.mule)