Otakuワールドへようこそ![221]カッコよさは心意気にあった、新宿ジゴロ/GrowHair

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「女の部屋の合鍵を50本持ってた」。新宿の「クラブ愛本店」でナンバーワンの座に君臨し、女に億の金を貢がせたこのホスト。高価なスーツやアクセサリーを身にまとい、高級外車を乗り回す。新宿ジゴロ、伏見直樹。

侮蔑と嫌悪の目で見られることも、少なからずあったという。そりゃそうだ。庶民の多くはこつこつこつこつ仕事して、それでも生活はいっこうに楽にならず、じっと手を見たりしてるんだよ。女から楽々巻き上げたうなるほどの金で、ギンギラギンの贅沢ざんまいだぁ?

中身もないくせにうわべばっかり飾り立てて、キザったらしさの鼻につく、チャラいやつ。なんでこんな社会のゴミクズに女はなびくかなあ? まあ、どうせ長くは続くまい。いまに地獄に落ちるぜよ。そんなイメージをもたれがちなホスト業。

でも、ちょっと待ってください山本さん。そうなんですよ川崎さん。って、思わず言っちゃったけど、漫才コンビ「ザ・ぼんち」の定番ネタですね。1980年代の。

ホストをチャラいのキザのってあげつらう謹厳実直な面々といえども、女から「もらってもらってー」と差し出された金を、条理に反するもんなど受け取れるか、と固辞してるってわけでもなかろう。

実のところ、そんなに甘っちょろい世界ではないようである。女から金を貢いでもらえる男というのは、やっぱ、そんじょそこらの男が備えていない何かを持った、特別な存在なのではなかろうか。それってなんだろう?





●夜の世界で40年

伏見直樹。1955年10月16日生まれ。天秤座。B型。中学卒業まで、北海道久遠郡せたな町で暮らす。知られた町ではないが、奥尻島へのフェリーが発着する瀬棚港があると言えば、どのへんか想像できようか。かつて、国鉄瀬棚線が走っていたが、1987年に廃止された。

小学校へは徒歩で片道一時間以上かかり、クラスは男子六人と女子一人だった。ゴリラ岩、窓岩、亀岩と呼ばれる三つのパワースポットの中心に家があった。ある夏の夜、日本海に浮かぶ小さな岩山である亀山に泳いで渡り、天界と交感しているような感覚を得た。

初めて女の子の手を握ったのは、小学校三年のとき。学校内で開かれた腕相撲大会の対戦相手として。腕力自慢の伏見を、ひとつ年上の千寿子が負かした。くやしさが恋心に変わっていった。真剣に思いつめた。直接言う度胸のない伏見は思いを手紙で伝えた。結婚すると決めていた。が、それまでは指一本触れてはならないと、ストイックなまでの純愛を貫いた。

中学を卒業した15歳の春、一家で東京に移り住んだ。千寿子と離ればなれになるのがいちばんつらかったが、東京で一旗あげたら必ず迎えに行こうと決意していた。結局、それは果たされることはなかった。

高校進学をあきらめ、父親と同じ建設現場で働いた。栄養士になるために専門学校に通いたいと言うと父親から烈火のごとく激怒され、家を飛び出した。

新宿のビルとビルとの隙間で寝るフーテン生活で虎の子も底をつくと、新宿の「聚楽」でウェイターの仕事を得た。待遇に不満で、仲間と結託してストライキを決行したら全員クビになった。有楽町の「有楽」に移った。

常連客の美沙子は上野の「キャバレーハワイ」のホステスで、来るたびに高額のチップをくれた。誘われて行った初デートで、上野から浅草と回り、浅草寺の裏手のホテルで童貞を喪失した。16歳だった。

美沙子は千駄木に木造アパートを借り、伏見と同棲を始める。有楽を辞めて六本木の「マイアミ」に移ったが、店員惨殺事件が起きて辞めた。

聚楽時代からの仲間だったタンジが、スナックを共同経営しようと持ち掛けてきた。300万円の資金を折半しようと。無一文の伏見は一年ぶりに家に帰って両親に相談すると、父親は激怒したが、母親が工面してくれた。

池袋の西口、トキワ通りに出したスナック「ロマン」は、カウンター席とテーブル四つからなり、20人ほど入れるが、開店から連日超満員だった。経営は順風満帆で、笑いが止まらなかった。商売ってこんなに簡単にできるものなの?

上京当初から歌手の世界に憧れていて、コロムビアレコードの専属ボイストレーナー、富士一郎のもとで発声を基礎から習い、数か月後、念願の歌手デビューを果たす。

コロムビアの自費出版レーベルからレコードを出した。タイトルは『恋はあやつり人形』。芸名は瞳アリス。200万円の制作費用を捻出して500枚プレスしたが、ヒットしなかった。

母親は外に男をつくり、8歳の妹を残して家を出てしまった。ロマンの常連客に、池袋のソープランドで働くジュリという女性がいて、ぜったいにナンバーワンになれるからと、行きつけのホストクラブに案内された。

「梅宮」という店で、俳優の梅宮辰夫がオーナーを務めていた。本物の品格やカッコよさを備えたホストは誰一人おらず、勝てると確信した。三日後に入店した。

美沙子と破局した。早く結婚したくてしょうがない20代後半の美沙子は、そんな気のまるでない10代の伏見に業を煮やして千駄木のアパートを出ていった。そこを引き払い、スナックロマンも閉めた。

それからはホスト街道まっしぐら。無遅刻無欠勤で、一年365日、店に出た。大きな店へとステップアップしていき、ついには新宿一大きな「クラブ愛」でナンバーワンになった。

石坂まさをの主宰する歌謡教室に八年通った。1979年、ファニーキャットから、『女になりたい』をリリースし、5000枚売れた。

1981年10月、ベストブックから自伝『ザ・ジゴロ』を出版、30万部売り上げた。

1982年、ディスコメイトから、『愛の方程式』をリリースした。にっかつロマンポルノのひとつとして映画化された、『実録色事師ザ・ジゴロ』の主題歌である。

伏見が有名になると、美沙子が連絡してきた。喫茶店で隣りの人が伏見のことを話しているのが聞こえてきて、また会いたくなったのだという。最初に出会った銀座で待合せましょう、と。しかし、現れなかった。伏見は5時間待った。

●パワースポットと戦うために全国行脚

2012年8月19日(日)、六本木「SuperDeluxe」にて、イベント『伏見直樹芸能界40周年記念〜最後の晩餐会〜』が開催されている。司会は「ポルノの帝王」と呼ばれる久保新二。850本以上の映画に出演した男優である。

イベントで伏見は旅に出ると宣言した。人生に区切りをつける、と。芸能活動から降りる。女たちとも切れる。一度、リセットしてゼロになる。旅はそれなりの覚悟で臨む。寝袋持参で行く。最悪、倒れて帰って来れないかもしれない。今生の別れになるかも。すべてを清算して出かけるぞ。男の言葉は契約書よりも重いと伏見は言う。言ったからには必ずやれ、と。

この旅にはもうひとつの目的がある。それは「白い悪魔」と戦うこと。白い悪魔とは何か。たとえば麻薬、放射能、エイズ、タバコ、豪雪など。どす黒い本性をカモフラージュして人類を襲う目に見えない恐怖の元凶。一目で分かる黒い悪魔よりもやっかいな存在である。

今の世の中、白い悪魔の蔓延によって、人類が病んでいる、世界が病んでいる、地球も病んでいる。ではどうすればよいか? 宗教にすがるか、パワースポットにすがるか。そうじゃないんだという。

拝みに行くんじゃないんだ、力を借りに行くんじゃないんだ。戦いに行く。命懸けで。がむしゃらにやればできるってことを実証してみせたかった、と。

約二か月後の10月8日(月)、伏見は全国47都道府県の代表的なパワースポットを巡る旅に出る。羽田発千歳行のスカイマークが滑走を始める。伏見の旅は、みずから撮ったり、十勇士と呼ぶ協力者たちに撮ってもらったりした映像として形になっている。

札幌を最初の地に選んだのは、小学生時代の恩師の高橋先生と会うため。無口なほうだが、いけないことはいけないと厳しく叱ってくれた。伏見の生き方の原点となった人。

映像では黙々とラーメンを食べていて、伏見から「昔の僕は先生からみてどんなでした?」などと促されても、何も言ってくれない。伏見の歩んだ道に失望しているようにも見えるが、そうではない。すでに敷かれた道を行くのではなく、何もないところを開拓していく伏見の精神を大いにほめてくれたのだそうだ。でも、映像では言ってくれない。

大通り公園近くの路上に店を広げて、書籍『ジゴロ聖訓』やCD『悪魔のデート/恐山』を売る。もともと所持金は多くなく、CDと本を売らないと、次のところに行けない。移動はなるべくバスで。時間かかってもいいから、安く。食費は一日1000円。昼はかけそば、夜は牛丼。たばこ「わかば」が250円。

10月16日(火)、57歳の誕生日を故郷せたな町で迎える。映像には出てこないが、初恋の人に会っている。すでに旦那も子供もいる。「どうも」も「久しぶり」もなく、お互い黙ったまま。本とCDを渡した。それだけ。

10月24日(水)、新潟。セクシーなランジェリーが日本で一番売れているのが、この地、新潟なのだそうである。世の中に見えないものが三つあり、人の心と、財布の中身と、女の下着なのだとか。最後のは、私も嫌いではない。

2,980円で購入したというピンクのブラとパンティーを着用して踊るが、脇から玉袋がはみ出している。伏見、いったい何と戦っているのだ?

11月1日(木)、鳥取県境港。水木しげるの像にブチューっと。「舌を入れてやったぜ」。伏見、いったい何と戦っているのだ?

11月7日(水)、鹿児島。公園で柿の種と缶ビールの夕食。そこで寝たら、出入口の鍵を掛けられ、閉じ込められた。翌朝、木製の杭に板を打ちつけた囲いの隙間から脱獄。塀から釘を引っこ抜き、ライターの炎であぶってベルトに穴を開ける。やせたため、ズボンがずり落ちて困っていたのだと。

11月16日(金)、長野県姨捨。唯一、戦えないよ、と涙を流したスポット。おばあちゃんの背中におぶさって育った伏見。おばあちゃんを捨てちゃだめだよ。たいせつにしなきゃ。生んでくれたんだもの。

11月18日(日)、福島県相馬。あえて放射能を浴びようと外で寝る。雨と風。寒い寒い寒い。孤独孤独孤独。

最後の地は沖縄。行程中、伏見は三回裸になっている。10月18日(木)、恐山。10月28日(日)、京都の貴船神社。2013年1月13日(日)、沖縄の玉泉洞内にある地煙の滝。15kgやせたという。沖縄では、腹のぼってりが完全に消えて、やけにスリムになっている。

1月14日(月)、那覇発羽田行のANA126便に搭乗するも、東京が雪で着陸できないため出発できないと、いったん降ろされる。搭乗ゲート前で待ちぼうけ。東京は積雪10センチ以上だという。最後の最後に白い悪魔が待ち受けていた。12:30発が17:20発に変更。

撮り集めてきた映像は、東京キララ社の中村保夫が1年かけて編集した。2014年4月27日(日)、渋谷の「アップリンク」で上映され、二回とも立ち見が出る大盛況であった。12月10日(水)、DVD付きの書籍『ジゴロvs.パワースポット』が東京キララ社から発売された。

●三本杉と三本杉

2014年7月、ドラムを叩く演歌歌手の岡村奈奈がホリデージャパンからCD『三本杉』をリリースしている。作詞を伏見が手掛けている。ジャケットデザインは、特殊漫画家を自称する根本敬。

これがご縁で伏見と岡村は知り合い、というか、伏見が猛攻をかけたらしい。2015年4月18日(土)、二人は中板橋にレトロ酒場「三本杉」をオープンした。トイレのドアに絵を描いたのは根本敬。

8月2日(日)、三本杉の店内のテレビには、日テレ『行列のできる法律相談所』が映し出されていた。私が出演した回である。伏見は、その前から私のことを知っていたという。

ここからは私のお知り合いの話になるので、敬称をつけます。お客さんの中には、本宮映画劇場の田村U子さんがいる。久保新二氏を通じて伏見氏と知り合ったのだという。

私はお台場で開催された『東京アイドルフェスティバル2015』の帰り道、新宿通りに停めたO友氏の車の中で番組を見ている。U子さんからメールで、三本杉に来ませんかとのお誘いが来た。伏見氏が会いたがってると。

しかし、今から行っていると、閉店時間までに間に合わない。O友氏のケータイを借りて、U子さんのケータイにかけ、電話で伏見氏とごあいさつした。閉店後、U子さんは三本杉にいたお知り合い二人を連れて高田馬場に来てくれて、朝までやっている私の行きつけの居酒屋で、一緒に飲んだ。しゃべりが暴走した私にみんながつきあわされて、3:00amごろまでいたかな。

伏見氏が還暦を迎えた翌日の10月17日(土)、新宿の「ロフトプラスワン」で記念イベントが開催された。主催もMCもスポンサーも本人で。『第一回新宿サブカルチャー祭り』。
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/36421

MCのアシスタントは姫乃たまさんが務める。地下アイドル歴7年の姫乃さんは、2015年9月22日(火)にサイゾーから『潜行〜地下アイドルの人に言えない生活』を上梓したばかりで、いま、勢いのある人である。

150人入る会場が、ぎっしりの超満員となった。いつものロフトプラスワンよりは、年齢層高めかも。男性が多かった。男性からも女性からも人望の厚い伏見氏である。

イベントは、プロ・アマ対抗歌合戦。ド派手な衣装で登場した伏見氏は、まず3曲歌って、場の空気を熱くする。その後も二回ほど「お色直し」して再登場するサービスっぷりである。

第一部は「アマカラ(カラオケ・アマチュア部門)」。10人ほどがエントリーし、歌で競い合う。審査員は5人で、審査委員長は根本敬氏である。5人それぞれからトロフィーと賞金が贈られる。

みんなプロはだしの歌のうまさで、ものすごく聞きごたえがあった。衣装にも凝り、立ち方や動作も美しいので、見ごたえもあった。

私が伏見氏の姿を実際に拝見するのは、このときが初めてである。中ジョッキで生ビールを飲みながらの観戦をきめこんでいたが、いきなりステージに引っ張り上げられて紹介されてしまった。

ロフトは危険だ。2013年6月11日(火)に一度だけ出演したことがあるが、ツイッターに上がったコメントに「パンツ丸見えだった」というのがあった。今回、不覚にも、その教訓がまったく生かされなかった。

というか、伏見氏からどんなパンツを穿いているかと質問が来て、紺のオーバーパンツの下に穿いてるのまで見せちゃったのであった。U子さんの手がスカートをめくるのを手伝っているのが、後から写真で確認されている。

第二部は「プロカラ(カラオケ・プロ部門)」。6組が登場した。岡村奈々さんはドラムを叩きながらの『三本杉』。ものすごいパワフルさ。姫乃たまさんは、新曲『おんぶにダッコちゃん』を振りつきで歌う。川原ひろし氏はラーメンの「なんでんかんでん」の社長。いつの間にプロ歌手に?

アマチュア部門の総合優勝は『三本杉』をカバーしたケロ山氏が獲得した。トロフィーと賞金を渡され、ステージ上でボロ泣きしてた。なんか、すごーくいい人。

出演者たちがみんな真剣で、終始、熱気と緊張感が維持されたイベントで、なんかものすごいものを見たという、くらくらする感覚であった。

写真:
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Event151017

●サービス精神あふれる三本杉

10月24日(土)、U子さんと中板橋駅で待合せて「三本杉」に行った。事前にU子さんが電話を入れておいてくれた。行ってみると、店先に「セーラー服おじさん今日8:00三本杉に来ます」とマジックで手書きされた黄色い紙がべたべたべたべたっと4枚も貼り出されていた。伏見氏、動きが素早い!

店内にはすでにお客さんがいっぱいいて、われわれが入ると完全に満杯になった。「狭くてびっくりしたでしょう」と伏見氏。いやいやいやいや、にぎわってて手狭なことにびっくりしました。

写真やらポスターやら、いろんなものが壁を埋め尽くしている。「金鳥蚊取り線香」、「大塚ボンカレー」、「強力殺虫剤ハイアース」。

お通しとして出てきたのは、でっかいサザエの壺焼きと、ホタテと、数の子。この日の食事はシーフードカレー。「売り切れ完売!」と鍋の底を見せて喜ぶ伏見氏。

早稲田大学の学生を目当てにして、大隈通りにすき焼き屋を出してたことがあるという。吉野家の牛丼に対抗して、すき焼き定食が500円。屋号は「ふしみや」。カウンターだけのお店。学生たちの人生相談に乗ってやり、DJでアドバイスを流していたという。

けど、大学は夏休みがやたらと長かったりして一年の半分くらいは休んでるので、商売はうまくいかず、長続きしなかったという。しまいにゃ肉が豚になった。量があれば喜ばれるからと。

パワースポットと戦う全国行脚の旅では、寝袋で寝ること8回に及んだが、いちばんつらいのはそこではなかったという。ひとつは、孤独。食べるもの、泊まるとこ、女の不自由は関係なかった。もうひとつは、仕事をしてないこと。社会から遊離している感覚。

初めてホストクラブに入って「勝てる」と直感したのは、顔がいいからとかではない。魂だ。人間、形じゃない。おもてなしの心だ。中学までしか出てないけど、唯一の教師は「女性」。エネルギーを与えてくれる。

いま気づいたってわけでもないけど、私とはかけ離れた生き方をしていらっしゃる。もし複数の女性と同時進行でつきあっていいのだとしたら、理想の数は何人くらいだろう。私の場合、0人と一人の中間くらいだ。一人だと重過ぎる。

相手から二股かけられてるくらいがちょうどよい。だって、こっちが忙しすぎて、なかなか会えなかったとしても、もうひとりいるからいいじゃん、と自分に対して言い訳が立ちそうではないか。そうこうするうちに忘れ去られて、限りなく0に収束していきそうだけど。

伏見氏は、一晩に晩メシを三回食い、風呂に三回入るのがたいへんだったという。っちゅうことは、アッチの営みなども三回?

男は生涯に飲める酒の量と発射できる回数が決まっているという。伝説に聞く、打ち止めの赤い玉が最後に出るってやつだ。とりわけ回数の多いジゴロ氏は、発射したふりができるという。女がイッたふりをするというのはよく聞くけど、男がというのは初耳だ。

伏見氏は絵を描く。経血と精液を混ぜて描いたことがあるという。愛情を絵に残したかったから。普通の油絵の具では混ざらないので、アクリル絵の具を使った。最高の作品だと思っているとのこと。

男の言葉は契約書より重い。やると言ったらやれよ。それがやっぱり義だから。見た目じゃない。芯に何があるか。地位とか名誉じゃない。親に対して、仕事に対して、義を尽くせ。義は日本の文化だから。義が欠けていると、親殺し、子殺し、わけのわからないことが起きる。

日本におけるモラル意識の低下を嘆く声は、ついこの間も聞いたような覚えが...。そうだ! 奈良県吉野のお寺のご住職からだった。アイドル菩薩さんのお父様。徳の高いお坊さんと同じことをジゴロ氏は説く。

岡村奈奈さんは、サイズが小さめの電子ドラムセットを出してきて、『三本杉』を歌ってくれた。やはりパワフルだ。U子さんによると、以前はしょんぼりしてたけど、伏見氏と一緒に店をやるようになって、すごーく元気になったという。伏見氏は人を不幸にしない。

満足いくまで飲み食いして、この日の会計は全員1,500円均一だった。えっ、いいの?

写真:
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Town151024

●地下アイドル評論の決定版! よくある暴露本ではない!

姫乃たま『潜行〜地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー、2015/9/22)。

この本のことは知っていたが、女子中学生アイドルグループを卒業して久しい私は、そのジャンルから距離ができてしまっており、あわてて読まなくてもいいか、と放置していた。

10月17日(土)に行ったロフトプラスワンのイベントで姫乃さんが司会を務めていたという偶然の機会から、物販で入手してきた。サイン入り、2ショ写真サービスつき(←オレ様限定)で。

社会評論を読み込んでいる人の文章だ。論理的で、一般化・抽象化の視点をもっていて、比喩が利いている。

どうやら大学時代は文学部でメディア論を研究していたとか。[さとり世代の地下アイドルステップアップ論]の章は、卒論の要約らしい。どうりで。

私は、アイドルの本質は、自己実現の委託代行業ではなかろうかと前々から言ってきていた。勤め人としての平凡な生活を営むボク、仕事を通じての自己実現なんて、可能性皆無の世界。こつこつ貯めたこのお金を託すからさぁ、ボクの代わりに自己実現してきてよ、と。

姫乃氏は、承認欲求に着眼する。マズローの欲求5階層では、ひとつ下だ。地下アイドルとファンの承認欲求の相互満足が本質とみる。

地下アイドルは、数十人ばかりのファンから注目を受けることで承認欲求の満足を果たし、ファンは、アイドル本人から認知されたり、ステージ上から視線を投げかけられたりすることで承認欲求がやはり満たされる、と。合わせ鏡みたいなもん。

複数の人たちから関心対象として共有されることによって「ふつうの子」から「ふつうっぽい子」へと価値が昇格する構造について、「のぞき部屋」や「オタサーの姫」にたとえて考察している。

もっとも、のぞき部屋について言えば、初期のころは、お客どうしの競争心をあおる仕組みは存在せず、アイドル商法を見てからパクったのではなかろうかという疑いはなきにしもあらずだが。

イベントでは、非常にいい司会ぶりだった。役割を心得てしゃしゃり出ないけど、いい感じに随所で主役にツッコミを入れたりして、聡明さがにじみ出て、いい味だった。伏見氏とは前々から知り合いだったという。

あのルックスで、あの聡明さと、機転があれば、今後もあっちこっちからお呼びがかかるのではあるまいか。

今もすでにブレイクしているとも言えるけど、今後はもっとブレイクするのではあるまいか。「テレビでよく見る地下アイドル」という定義矛盾みたいな存在の第一人者になっていったりして。楽しみだ。


【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
http://www.growhair-jk.com/

10月23日(金)、渋谷の「clubasia」で開催されたイベントに出演してきた。『CYCLEvol.10』というイベントで、演じる側も見る側もほとんどがティーンエイジャー。読者モデルによるファッションショーとか、歌とか。

ティーンっぽいってことで、私もどさくさまぎれに出演。ファッションショーの列に紛れ込んで歩いた後、再登場して司会の二人とトーク。まるでジャンル違いのイベントだったけど、アクセントとしてびっくりさせる効果はあったんじゃないかな?
https://picasaweb.google.com/Kebayashi/Event151023

これが配信される10月30日(金)、私はエアアジアの機上の人になる。タイへ。台湾、中国、シンガポール、タイ、中国と来て、今年6回目の海外となる。仕事の出張ではなく、ぜんぶプライベートで。

サラリーマンの身でありながら、これってどうなんでしょ? いやいや、もう知らん。毒を食ったら皿まで食おう。