[4015] 暑くておいしい天国の街タイ

投稿:  著者:  読了時間:26分(本文:約12,700文字)


《私もいちおう制服っちゃあ制服だし、正装っちゃあ正装なんだが》

■Otakuワールドへようこそ![222]
 暑くておいしい天国の街、タイ
 GrowHair




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■Otakuワールドへようこそ![222]
暑くておいしい天国の街、タイ

GrowHair
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20151113140100.html
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二本の滑走路に挟まれた幅広い帯状のエリアは、芝生になっているだけでなく、松の木がたくさん植わっている。ところどころに砂地があったりもする。

ほぼ無風状態の中、乗ってきた飛行機は安定した姿勢を保って降下し、接地の瞬間にもほとんど衝撃なく美しく着陸した。後ろへびゅんびゅんと流れ去る緑地帯。

人が何十人もいるけど、芝生や植木を手入れする作業員だろうか。それにしては、のんびりとくつろいでいるようにみえる。キャディさんがゴルフバッグを引いて運んでいる。あ、なんだゴルフ場か。滑走路との間に仕切りも何もないけど。

ちょっとしたことで何か起きやしないかと冷や冷やするし、悪だくみを内に秘めた人には「はいどうぞ」と言っているようなもんではないかと心配になるが、今まで危険なことが一度も起きなかったからこそ、こうしてあるのであろう。

10月30日(金)9:15に成田を発ったエアアジアXJ601便は、現地時間14:05にバンコクのドンムアン国際空港に着陸した。バンコクには国際空港がふたつあり、スワンナプームが成田なら、ここは羽田である。

羽田は改築したてでピッカピカだけど、この空港は建物がなんだか古めかしくて、通路にはなんとなく陰気なムードが漂う。老朽化がそこここに現れていて、歴史を感じさせる重厚な味わいがある。

●うっかりして冬服で

この前、タイに行ったのは6月のことである。あのときは、朝っぱらから成田空港で赤ワインをグラスに二杯あおって搭乗し、酔っぱらってたせいか、機内にパソコンを置き忘れたのであった。ホテルに着いてから気がついたもんで、電車を乗り継いで、空港まで取りに戻った。

おかげで、タイの道路の大混雑と電車の遅さとをたっぷり味わわされたけど、道でも駅でも空港でも写真を撮られまくって、タイでの知られっぷりと、人々の気さくさがよく分かり、それはそれでおもしろい経験であった。

今回も成田空港で小さなボトルの赤ワインを飲みほしてから搭乗したが、そこは気をつけていた。うっかりしていたのは、その前からで、タイに着いてから「うわっ、暑い!」ってなった。冬服で行ってしまったのである。タイには、暑い季節とものすごく暑い季節しかない。

スイカやパイナップルやメロンが一年中食べられる国である。人々は半袖のシャツを着て歩いている。そんな中を、厚手の長袖で歩くのは、いかにもやらかしちゃった感がバレバレで恥かしい。

そもそもセーラー服を着て歩くのは恥ずかしくないのか、ってツッコミはごもっともだが、最初っから分かってやってるのと、うっかりやらかしちゃったのは違うのである。

●偵察よろしく、ではない

バンコクで爆弾テロ事件が起きたのは、2015年8月17日(月)の夕刻である。スクンビット通り(「スクムウィット通り」などの表記もある)は、BTS(スカイトレイン)スクンビット線チットロム駅の100メートルほど西にあるラチャプラソン交差点においてである。放置されたバックパックが爆発し、20人が死亡している。

スクンビット通りは、バンコクの中心を東西に走る道路で、東のほうは徐々に右へ湾曲して南下していく。バンコクにはBTSが二本走っており、それぞれの路線に、この通りの上の高架線を走る区間がある。

うんと大雑把に言えば、バンコクにおいて、たいていのものはこの通り沿いにある。銀座と新宿と渋谷と恵比寿と六本木と新橋とをつないだような道である。

事件から三日後の8月20日(木)、会社帰りに、駅から自宅に帰る道の途中からちょこっと横に入ったところにある行きつけの居酒屋に立ち寄ると、常連のG氏とMさんは悩んでいた。この二人は、ここのお客さんどうしとして知り合って、結婚に至っている。

約10日後、新婚旅行でタイに行くことにしている。行くべきか、中止すべきか。8月28日(金)〜30日(日)にバンコクで『ジャパンエキスポ・タイランド2015』というイベントが開催される予定で、その最終日に開かれる『でんぱ組.inc』の公演を見にいく予定だった。

ところが、会場である「セントラルワールドスクエア」は、まさに事件の起きた交差点の北西の角に位置している。事件の翌日、イベントが丸ごと延期されるとアナウンスされた。これにともなって、AKB48やでんぱ組.incのライブも吹っ飛んでいる。

ライブ会場から近いところに、ってことで、宿泊予定のホテルは、その交差点から300メートル南下したところに位置する。

バンコクだけでなく、サムイ島にも行く予定だという。タイの暑さにひっかけてシャレを言おうとすると、たいへんサムいことになるので注意が要る島である。昔、英会話のNovaの先生たちが、バケーションの行先として、なぜかこぞって絶賛していた。

私の返事には一瞬の迷いもなかった。「そりゃあんた、行くべきでしょう」。後で自分も行くから偵察してきてちょうだいって魂胆ではない。他人事だからけしかけてるってわけでもない。もし自分がその立場だったとしても、迷わず行くでしょう。

事件があったからって、社会全体が物騒なムードになっているというものではなく、現地の人たちの生活はふつうに続いていく。案外と、どうってことはないのだ。

帰ってから話を聞くと、非常によかったそうで、私が背中を押したことを大いに感謝してくれた。いや、ちょっとは心配したけどね。

滞在期間中、8月29日(土)に逮捕者第一号が出た。その関連で後に拘束された容疑者が実行犯であったと、9月26日(土)に警察が発表した。証拠の保全のためか、ガラスが割れたまま修復されてないところがあり、立ち入り禁止になっていた。

デパートはほとんどの出入口が封鎖され、三か所ほどの出入口では荷物チェックが実施されていたので、入っちゃえば安心だったという。交差点では、慰霊モニュメントが完成したとかで、式典が開催されていた。なぜか、バットマンのコスプレした人がいたりして、なんだかお祭りムードだったという。

日本だったら、被害者の知り合いでもなんでもない無関係の人から不謹慎だのなんだのってネットで叩かれそうな浮かれっぷりではある。けど、ちょっとやそっとのことで気持ちが萎縮したりしない、底抜けの明るさがタイの強みだったりする。

天は、乗り越えられない試練を人に与えない、と言われているが、クーデターだの洪水だの、いろいろ見舞われる国である。

●イベントは内容もりだくさん

今回呼ばれたイベントは『OISHICOSPLAY8』というコスプレイベントである。主催するのはOISHIという名の会社だ。名称は「おいしい」から来ているけどタイの会社で、日本食レストランを経営したり、飲料を製造したりしている。

コンビニでは、この会社の製造したペットボトル入りの飲料が大きな場所を占める。目玉商品である緑茶は予想にたがわず、ほんのり甘い。けど、イタリアのが論外だったのを思い起こせば、甘みは薄いし、お茶の香りはするし、これならイケる。

スクンビット通りから北東にはずれたところにバンカピという地区があり、そこに「ザ・モール」という大きなデパートがあり、そこの四階のがらんと広いイベントホールが会場である。

10月31日(土)、11:00amにホテルのロビーに集合すると、ベトナムから招待されたコスプレイヤーのMIUさんは『アイドルマスターシンデレラガールズ』の渋谷凛に扮しており、日本からの五木あきらさんは『ラブライブ』の東條希(のぞみ)に扮している。タクシーに乗り、まずはOISHI本社を訪問。

爆弾テロ現場からスクンビット通りを東へ1km行くと、BTSスクンビット線のプロンチット駅がある。南側に隣接してパーク・ベンチャーズと称するオフィスビルがあり、その19階にOISHI本社がある。各部屋に日本の地名が割り当てられたりしていて、日本が大好きなんだな、ということがよく分かる。

居室に隣接して防音スタジオが設けられ、そこからラジオ放送している。生放送中の音楽番組に15分ほどの時間を割り当ててもらい、紹介してもらった。同時に、ネットの動画配信サイトで、映像も生配信されている。

DJ氏から通訳を介して聞かれた質問に答えていった。もふもふしたばかでかいマイクを前に、それなりに緊張したが、かといって萎縮することもなく、けっこうしゃべれた気がする。何を言ったかぜんぜん覚えてないけど。

タクシーでイベント会場に移動すると、前夜祭みたいな位置づけで、ステージが進行していた。出演者たちが持ち寄ったグッズがチャリティ・オークションにかけられている。私が用意した自分が被写体のポスターが1,600バーツ(1バーツは3.42円)で競り落とされ、ステージに上げられた落札者に思わず土下座しちゃったよ。

それから、ファンミーティング。あらかじめ抽選で選ばれた30人ほどが参加し、OISHIの経営するラーメンショップで夕食がふるまわれた。みんな私と一緒の写真を撮っていき、たいへんにぎやかだった。

11月1日(日)のイベントでは、数百人がひしめく中、前日の三人、プラス中国から招待されたコスプレイヤーであるLALAさんとAHOさんの五人のゲストがステージに上がり、紹介された。

タイの人たちは、熱い情熱とあたたかい心をもっている。みんな明るく気さくで、たいへん親切である。そこがすばらしいと言うと、大きな拍手と歓声があがった。

写真はこちら。
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Event151101

●天国の街デュシタニ

タイでの任務は11月1日(日)までなので、ゲストたちは月曜の便で帰っていったのだが、日本は火曜が祝日なので、私はもう一泊することに。延泊分は自費で。月曜は丸々観光に使える。

コスプレ雑誌『COSPLAY MODE』のタイ版の編集長である滋野真琴氏が、観光案内してくださるとのこと。ガイドブックに載っているような観光は比較的どうでもいいという私のわがままを聞いてくれて、デュシタニカレッジを見学させてくれることになった。

デュシットインターナショナルは、1949年にタイ国内で創業したホテル経営の会社で、爆弾テロ現場から2kmほど南下したシーロムにある五つ星ホテル「デュシタニバンコク」をはじめ、国内に13、中国やフィリピンなども含めて20以上のリゾートホテルを経営する。タイ語で「デュシ」は天国、「タニ」は街という意味である。

デュシタニカレッジはデュシットインターナショナルが経営するホスピタリティ教育の単科大学で、ホテル学部と調理学部とからなる。1993年に開校した。カリキュラムをこなせば、学士号や修士号を取得することも可能である。

滋野氏は、デュシタニカレッジの偉い方であるK氏とお知り合いとのことで、アポを取っておいてくれた。1:00pm過ぎごろ到着すると、大勢の学生たちが出入りする門の脇でK氏が出迎えてくれた。タイの大学は制服があるほうが一般的とのことだが、ここのは紺のブレザーにえんじ色のネクタイで、さすがはホテルマンの卵たちって感じでびしっとキマっている。

私もいちおう制服っちゃあ制服だし、正装っちゃあ正装なんだが、何をどう間違えてこうなった、っていう場違い感がハンパない。学生たちはみんな礼儀正しいので、こっちをちらちら見たりせず、それぞれに快活に談笑しているけど。

学生たちは、親もホテル経営に従事しているようなお金持ちのご子息、ご令嬢が多いという。キャンパス内にカウンターや客室などが設けられていて、ひととおりのホテル業務を疑似体験することができるが、一般の従業員を育てることが目的ではなく、経営層に就ける人材を育てることを狙いとする。

学生食堂では、調理学部の学生の手によるランチメニューがあったりする。学生とは言え、一流ホテルの調理の教育を受けてきているので腕に不安はなく、お得感が非常に高い。実際、美味かったし。

学生は3,000人いて、一日あたり2,000人が登校するようカリキュラムが配分されているという。クラブ活動が非常に盛んで、ダンスやチアリーディングやジャグリングといった、エンターテインメント系が多い。

学校側には青田買いの狙いも多少はあるようだが、学生の側も、若くして決めた進路を迷いなく突き進み、日々、明るく元気にスキルの取得に励んでいる。日本によくいがちな、特に何をしたいわけでもなく、とりあえず学術系の総合大学に進んだけど受験疲れで息切れしているモラトリアムなタイプとは異なり、生気がみなぎってはつらつとしている。

教室や実習室のある棟を一階から四階まで一通り歩き、ドアのガラス窓ごしに授業風景も見せていただけた。最上階には和室も設けられていて、床の間があり、掛け軸がかかっている。

さて、この後、どうしよう。イベントで売れ残ったポスターが重いので、もうちょっと売って軽くできないだろうか。前回ここに書いたけど、新宿ジゴロの伏見直樹氏が、路上にむしろを敷いてCDや書籍を売って得たお金で次の場所へ行くことで、全国47都道府県をめぐる低予算の旅をしてきたことに感銘を受けていた私は、バンコクの路上で店を広げたらどうなるか、聞いてみた。

いや、まずかろう、と。おそらく警察に追い払われるか、もっと悪ければ地元のやくざに凄まれてショバ代を巻き上げられるだろう、と。変な事件に巻き込まれたりして、日本のメディアから天下の大馬鹿者扱いで大々的に報道されたりしちゃかなわない。「うーん、それなら」と、K氏がすごくいいことを思いついてくれた。

爆弾テロ現場からスクンビット通りを西へ1.2km行くと、BTSシーロム線の端点のナショナルスタジアム駅がある。直結して南側に「マーブンクロン(MBK)センター」という大きなデパートがあり、さらに南側に直結して「パトゥムワン・プリンセス・ホテル」がある。どちらもデュシットインターナショナルが経営する。

MBKセンターの7階にメイド喫茶「めいどりーみんタイランドMBK店」が入っている。「めいどりーみん」は秋葉原の7店舗をはじめとして、池袋、新宿、渋谷、中野、名古屋、大阪など、国内に15店舗を構える。海外はタイに2店舗あり、その2号店がMBK店である。

K氏は「めいどりーみんタイランド」の代表取締役社長である上田好伸氏に電話してくれた。「OKだそうです!」。お店でポスターを売っていい、と。うっほ、すごーい!

めいどりーみん自体は「株式会社ネオディライトインターナショナル」が経営するが、2012年10月、バンコクで日本食レストランなどを展開する「ACRE8(エークリエイト)CO.,Ltd.」との合弁会社として、「MaidreaminThailand CO.,Ltd.(めいどりーみんタイランド)」を設立した。

半年後の2013年4月12日(金)、タイで一号店をオープンしている。爆弾テロ現場からスクンビット通りを東へ9kmほど行ったところにBTSスクンビット線エカマイ駅があり、南側に直結して「ゲートウェイ」という大きなデパートがある。その中に「めいどりーみんタイランドGatewayEKAMAI店」がある。二年後の2015年6月26日(金)に2号店がオープンしている。

「今からどうでしょうか」という問い合わせに、即OKの返事がもらえる、この動きの素早さはすごくないか。日本の一般的な風習だと、たとえものごとを決める権限をもった組織の長であっても、一存で決めて失敗したときに責任を取らされるのを恐れ、みんなで決めたことにしたがる。

まず企画書を提出してくださいって話になって、提出すると検討会議にかけられ、捺印回覧され、一週間ぐらいかかって許可が降り、それから日程決めだの、具体案の詰めだの、ウェブサイトで告知だのとなって、手続きの煩雑さにうんざりしそうなところではあるまいか。

話が決まると、「めいどりーみんタイランド」のfacebookページでさっそく告知してくれた。6月のイベントのときにセーラー服ふうの制服姿で来てくれて、私との2ショ写真を撮っていったKokoPandaさんは、実はめいどりーみんで働くメイドさんで、そのときの写真を載せてくれた。現在までに、664人が「いいね!」ボタンを押してくれている。
http://www.facebook.com/MaidreaminThailand/photos/a.112083028953171.19008.112074978953976/494798937348243/

●通行人が手を振りかえしてくれる

到着すると、上田氏とKokoさんが出迎えてくれた。上田氏は、入口にいちばん近い席をポスター販売用スペースにどうぞと言ってくれた。さらに、外からよく見えるようにと、窓ガラスに貼ってあった店のポスターをはがしてくれた。

メイドさんは働いている姿がいちばん美しい。Kokoさんは、ほんとうによく働く。常に何かしていて、ちょっとでも手が空くと、店の前に立って、通行人に呼びかけている。

他のメイドさんたちは、もっとヒマそうなのに、店の前に立ちに行こうとしない。Kokoさんはそれを見つけると、ちゃんと指示して、呼びかけの要領を指導している。

めいどりーみんには、一号店の開店からいるという。中国語、タイ語、英語、日本語ができる。そうとうな努力家だ。メイド喫茶のメイドさんにはオーバースペックなんじゃないかとも思えるが、お店のお客さんは人種多様なので、全部が役に立つという。

そこまで優秀なら、将来は自分でお店を経営できちゃったりするんじゃないかとも思うが、メイドは向いているので、もし可能だったら一生でも続けたいという。

8:00pmの閉店まで、私は三時間ぐらいいた。月曜はお客さんが少ないという逆風はあったが、10枚ほど売れた。facebookを見て来てくれた人もいた。地下アイドルがライブをやってチェキが10枚売れたと思えば上出来である。

手持ち無沙汰にただ座っているのもアレなので、通行人に手を振ってみた。気がつく人は少ないが、気がつくとたいていの人が手を振り返してくれた。タイは気候も暑いけど、人の心も熱い。

気がついた人のうち、ごく一部が、どういうことだ、と店に近寄ってくれる。そこで、店の前に立っているメイドさんがすかさず説明してくれる。お店でオーダーしなくても、ポスターだけ買って帰るのもアリにしてくれた。

さらにごく一部が入ってきてくれる。連携プレイがありがたかった。オーダーもして、ポスターも買ってくれた人も何人かいたから、ほんのちょっとだけお店にも貢献できたかもしれない。

「アニメイト」がバンコクに出店する計画を立てている。2015年9月1日(火)、アニメイト、KADOKAWA、講談社、集英社、小学館の5社が、合弁会社「株式会社ジャパンマンガアライアンス」を設立した。

海外において日本のマンガやアニメのファンが爆発的に広まるインフラ作りを行うのが狙いという。最初の取り組みとして、2016年春までにバンコクにマンガ・アニメショップを出店すると発表している。

11月9日(月)、その場所がアナウンスされた。MBKセンターの7階。つまりはめいどりーみん2号店と同じフロアーということだ。相乗効果でこのお店もますます繁盛するんじゃないかな。スクンビット通りのBTSナショナルスタジアム駅周辺は、バンコクの秋葉原として機能しはじめるかもしれない。

写真はこちら。
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/Event151102


【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
http://www.growhair-jk.com/

今年六回目の海外旅行だったが、海外に出ていつも気になるのは、現地の人々が明るくはつらつとして将来に希望をもっていて、人と人とのつながりが親密で心があたたかいのに対比して、日本はどうも沈滞ムードで生気が乏しいんじゃないかっていう点だ。

シンガポールの繁栄ぶりを一度でも見ちゃうと、相対的に日本がドロ舟に見えてきて、絶望的な気分になってくる。6月に行ってきた後、そう思った。同じことを思っている人に、チームラボ株式会社の高須正和氏がいる。

4月25日(土)の夜に海浜幕張駅近くのお店で開催された「外のニコニコ学会β」において、高須氏が「シンガポールでニコニコ学会βをやってみた」と題する講演をし、かの国における、先見性の高さと技術革新への意欲からもたらされる経済発展のすさまじさについて語ってくれた。

同じことを思っている日本人はあまり多くないのだろうか、というのが不思議な感じがして、探してみた。いました、いました。元参議院議員の田村耕太郎氏。現在はシンガポール在住。

「シンガポール発アジアを知れば未来が開ける!」と題する有料メルマガを発行しているのを知り、即、ポチった。10本ほど読んだが、毎回毎回、ものすごいことが書いてある。

一言で要約すると「シンガポールの繁栄ぶりを見ちゃうと、日本がドロ舟に見えてくる」ってことで、私と寸分違わないのだけど。この人が言うと、私よりもほんのちょこっとだけ説得力が増す。

この人が総理大臣になればいいのにと思う。たぶん、日本でいちばん賢い人。多面的な視点と論理的な思考から、ものごとを遠くまでよく見通せてるという点において。ひょっとすると、預言者とか救世主とか、そういったたぐいの人なのかもしれない。

来週、フィリピンでAPECマニラ大会が開催される。世界最大の貿易投資フレームワークであり、オバマ大統領、習近平主席、プーチン大統領、安倍首相など、千両役者がそろうことになっている。

田村氏は、オバマ、習、プーチンとの対話集会から、全首脳が揃う公式晩餐会まで、アキノ首相に招待されている。この人物のスゴさが世界的に認められていることには心強く思うが、日本での取り上げられかたがさほど大きくないように感じるのは、若干心配である。あ、鎖国中だからしかたないのか。

この人は、日本に希望の灯をもたらしてくれるかもしれない。ドロ舟にろうそく。私なんぞは、もう、とっくにあきらめムードで、日本はイタリヤやスペインをお手本にしたらいいんじゃないかとさえ思っている。

人口構成が高齢化しているってことではなく、国そのものを人にたとえるとき、メンタリティがもはやよぼよぼの老人なんじゃないか、って思う。発展とか成長とかを目指すよりも、貧しいながらも美味いもんを食って、のんびりと余生を送ったほうがいいのではあるまいか。

ご参考までに、ちょこっと抜き出してみましょう。

(日本)

・いまどきアジアと絡まずに日本企業が成長などできるはずもない

・日本そのものが「アベノミクス」含めてもうセクシーでない

・日本は社会の閉塞感というか余裕のなさというか、とても悪い方向に行っている

・日本は社会として自殺をしようとしているように見える

・日本の課題は深刻で、取りうるオプションももう少ない

・日本はズレています。どんどん世界に出て、日本をそして自らを相対化する感覚を養ってください

・イノベーションとかスタートアップとか、日本は二ケタくらいアメリカに引き離されている

・日本で革新的とか言われているほとんどのことは世界ではとっくの昔に議論が終わっているか、意味がなさ過ぎてそもそも議論にもなっていない

・海外と戦うためには日本人ネットワークで完結しようとするな

・今の官僚に日本の国家戦略作らせるとか無理

・世界で何が起こっていて、日本が相対的にどんなポジションかわかっていないから

・日本の官僚は多分世界一世界のことを知らない

(世界事情)

・毎日これだけとてつもない人々に囲まれるのは、世界でもシンガポールくらいでしょう

・日本国内では「中国はだめだ」論が幅を利かせているようですが、世界の関心は圧倒的に中国です

・フィリピンも少子化になってきたというが、聞けば出生率はいまだに3.04

・ASEANは本当に日本が好きな人ばかり

・日本の芸能人で新しいテクノロジーに投資している人とか知らない。ハリウッドでは当たり前

(日本のリーダー)

・日本は大国だが、信じられないくらい上の層が薄い。もっと野心を持ってください

・リーダーのポジションで英語で登壇できる日本人が少なすぎる

・日本のリーダーは日本のポジショニングを客観的にとらえ、正確な危機感を持てていないのではないか

・リーダーとは希望と同じ意味だ。危機を希望に変えるのがリーダーだ

・正直、絶望に近いところまでの気持ちはあるが、まだ希望は捨てていません

(テクノロジー)

・われわれの人生の残りの時間で確実に不老不死に近いことが成し遂げられるようになる

・一つの脳で実際の肉体とVRな肉体と二つ持てるようになる

(英語)

・日本の中で、日本人ばかり集まって、日本語でごちゃごちゃやっててもイノベーションもアイデアもくそもない

・まともな連中で集まる機会で英語以外で話したことなんかないよ。英語で話すのが普通だよ。そういう場に日本人はほとんどいない

・普通に思っていることが英語でほぼ完ぺきに伝えられないようでは何をやっても厳しいだろう

・日本の大学生。英語しゃべれよ。英語でやれよ。伝わらないよ。付き合いも広がらないよ。刺激も少ないよ。もったいないよ

・希少生物になりつつある均質的な日本人ばかりで集まって、日本語でやるのも楽だけど、面白味はないよね

(教育)

・お子さんのことを思えば日本で教育しないほうが21世紀対応にはいい

・小さいころから世界クラスの「本物」に触れることが大事

・本物に直接触れられるには子供が英語がわからないとね

・大学の世界ランキングのベスト200に、日本から二校、シンガポールからも二校。ところでシンガポールに大学は三校しかない。さようなら日本


11月23日(月・祝)、私はさいたまスーパーアリーナのステージに立ちます。今年の1月10日(土)、11日(日)のときは、アリーナを縮めたときにできる、三日月型の隙間アリーナのステージだったけど、今度はほんとのアリーナです。

『第6回ティーンズコレクション』。私の出演は、イベントの公式サイトですでにアナウンスされています。ツッコまれる前に自分で言っちゃいますけど、ワタシって、いつから十代読者モデルになったんでしょ?
http://www.tokyo-collections-party.com/


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編集後記(11/13)

●五木寛之「嫌老社会を超えて」を読む(中央公論社、2015)。戦後70年を生きてきた五木が、この歳になって気になり始めたのが、ちょっとした、しかし拭いがたい、社会に対する「違和感」のようなものだった。その正体は、突然浮かんだひとつの言葉「嫌老」だったという。まいったね、こりゃ。あまりにあからさまな、身も蓋もない表現だ。わたしも前期高齢者、下の世代の人から「嫌老」を言われたらショックだが、わたしより高齢な人が先んじて「嫌老社会」を定義し、危機感を煽るのもなんだかなあと思う。そして、「嫌老が嫌老で終わる保証はない。そのことがとても気になる」って、おいおい。

嫌老意識が育まれる原因は、高齢者と下の世代との間に利害の「対立」があるからだという。今の高齢者にはしかるべき年金がきちんと支給され、高齢者医療や介護制度で守られている。そのシステムを支えているのは勤労者世代である。彼らの負担はますます大きくなっていくにもかかわらず、いざ自分たちが受給するころに、そのシステムがちゃんと機能している保障はない。だから、「豊かで元気な老人たち」を見ている今の勤労者・若者世代が、「嫌老感」や「厭老感」を醸成させているのは間違いないと五木は見立てる。確かにいまのシステムは大きな矛盾を抱えているが、まだ「対立」は顕在していないだろう。

やがて「嫌老」が「世代間の対立」を超越し、一種の「階級闘争」に発展しか
ねないと五木は感じている。「嫌老」感はやがて一種のヘイトスピーチにエカレートしていく危険性がないではない。高齢者は今「豊かで元気な老人階級」としての存在感を急速に高めつつある。21世紀の日本にやがて描き出される予感は「搾取する」老人階級VS「搾り取られる」若者階級・勤労者という構図なのだ……って、なんと陳腐な構図を描いたもんだ。「嫌老」という言葉の発明はいいとしよう(市民権を得て欲しくないが、オルガナイザー・五木によりもう定着してるかも)。しかし、いまどき階級闘争史観かよ、どうかしてる。

「現代日本の国のあり方、経済に根ざした課題である。嫌老社会はその上に咲きかけたあだ花と言っていいのかもしれない」という指摘は間違いないと思うが、ではどうしたらいいのか。五木が思い描くのは「日本の産業意識の転換」である。高齢者にお金を注ぎ込むのではなく、中心となって稼ぎ出してもらうという逆転の発想だというが……。「深刻な嫌老社会を招くか招かないかのカギは、やはり高齢者自身が握っているだろう」という指摘は正しい。「嫌老社会から賢老社会へ」というスローガンまで作ってくれたが、「嫌老」を煽っておいてそう来るか。なんだかマッチポンプみたいな気がするんだが。(柴田)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4120047598/dgcrcom-22/
五木寛之「嫌老社会を超えて」


●Ingress続き。人通りの少ない場所も知った。Ingressのユーザーでさえ、行かない時間帯がある。

警察はユーザーと会合を持ってみたらいいかもしれないと考えたら、パトロール部隊は既にあるみたい。「見回りの警察官と顔見知りになるほど職務質問を受けてしまうのが悩みの種でした。」

防犯意識の強い人たちのいるところも知った。立ち話をしながら普段見かけない人をチェックしている女性、通学路で子供たちの安全を守ろうとしているおじいさんたち、道に迷っているのかと声をかけてくれるおばあさん、幼稚園の前ではママさんたちの目。パトカーの巡回も少なくない。続く。 (hammer.mule)

http://aplista.iza.ne.jp/f-iphone/208879
Ingressで防犯パトロール “不審者扱い”一転、地域見守る存在に

http://m2college.net/fes4/
まにまにフェスティバル(まにフェス)P4

伯母が大阪豊中のお伽工房で3人展。陶、ジュエリー、革カバン。11/22〜29。
https://www.facebook.com/pages/%E3%81%8A%E4%BC%BD%E5%B7%A5%E6%88%BF/423506204441926