[4017] もやしの恩恵〈ブロッコリースプラウト〉

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《あなたの感情には、賞味期限がありますか?》

■装飾山イバラ道[166]
 もやしの恩恵〈ブロッコリースプラウト〉
 武田瑛夢

■メグマガ[02]
 生ものですので、お早めにお召し上がりください
 こいぬまめぐみ





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■装飾山イバラ道[166]
もやしの恩恵〈ブロッコリースプラウト〉

武田瑛夢
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20151117140200.html
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ブロッコリースプラウトを育て始めた。家で栽培できる野菜としては最も単純で、手軽に水耕栽培のできる野菜だ。見た目はかいわれ大根のようなものでブロッコリーの新芽だそう。

スプラウトがいわゆる「もやし」のことで、発芽した芽と茎の部分を食すものをさすらしい。あらゆる新芽は見た目がとても似ていて、ブロッコリーなのかルッコラなのかシソなのか、一目でわかる人は少ないと思う。

小学校の理科で種を植えて出て来たかわいい二葉のようなもの。ワサワサ生えてきたのを食べてしまうのだから、ちょっと残酷な気もするけれど。楽天で栽培キットが視野に入ってしまったので、見ていたら簡単そうで買ってしまったのだ。

私の今の段階はまだ一度も食べておらず、種から芽と根が出て来たぐらいだ。ブロッコリースプラウトの種と専用のキットを買ったので、失敗はしにくいらしいけれど、食べてもいないのにコラムを書き始めるのは少々早かったかな。

スーパーで買うと1パックが100円〜200円程度のものらしいけれど、キットを2セットとスプラウトの種を数種類買ったら2000円を越えてしまった。10回以上成功させないと元すら取れない計算だ。

容器は上下で二段になっていて下の段には水を入れて、上の段は均等な感覚で穴があいたスノコのようなトレイだ。上に種を撒いて水を種が水没しないスレスレに保つと良いらしい。キリフキを上からかけて水分を与える。

茶色い種から芽が出て、ある程度の長さに成長するまでは、光をあてないようにアルミ箔や箱の中にいれておく。最後の数日は日に当てて緑化するそうだ。

種の発芽率は高いらしく8割以上のようだ。実際に私の家のものでも、ほとんど芽か根が出ているみたい。

穴空きトレイの穴より種が小さい場合は、キッチンペーパーをしいた方が良いというネットの情報で、最初はしいていたのだけれど、どう考えても根が下に出て行かないと気がついたので、トレイにバラバラと置き換えた。

まだ芽が出たばっかりの種ちゃんたちを、プラスチックトレイにばらばらと落とすのはとても罪悪感があった。次回は、最初からトレイにダイレクトに種を撒こうと思う。

・ブロッコリースプラウト3日目
http://eimu.com/dgcol/broko.jpg

上の写真は種を撒いて3日目の状態を上から見たところ。水をキリフキでかける時はアルミ箔をはずす。黄色い二葉が出て白い綿毛の根もある。

下の段は写真では見えていないけれど、半分ほどの穴から下に根がのびていていい感じだ。下の穴に向かわなかった根は上でくるんくるんしているけれど、これでいいのかどうかはわからない。雑菌がつくのを防ぐために手では触らない方がいいらしい。

●なぜブロッコリースプラウトか

家で料理をするようになって、食べるならなるべく体に良い野菜がいいなとは思っていた。中でもアブラナ科の野菜はとても良いらしく、がん予防効果でも有名で医者でも食べるようにしている人が多いと聞く。高血圧が心配の夫にも
良いらしい。アブラナ科ですぐ思いつくのは菜の花だ。春に鰹節をかけた菜花のおひたしは最高。

そしてブロッコリーもアブラナ科の野菜。茎ブロッコリーと呼ばれる長いブロッコリーが「スティックセニョール」などと呼ばれて売られていたので買ったことがあるけれど、これを見れば確かに菜の花の仲間だと感じることができる。

歯ごたえのある菜の花のようで、ブロッコリーのコリコリ感もあって美味しかった。アブラナ科の野菜は火の通し加減がうまくいくとすごく美味しいけれど、茹ですぎたりするととても残念だ。私は少し芯を感じる程度の固めが好きだ。

ブロッコリーを白くしただけのようなカリフラワーもアブラナ科の野菜。昔ためしてガッテンでいろいろと生で食べる方法が出ていたのでやってみたけれど、カリフラワーはやっぱり素直にカレー炒めが美味しいと思う。

食感や甘さが活かされるし、色の白さのおかげでカレーらしい黄色の料理になる。昔からある料理にはそれなりの理由があるのだ。

野菜の王様のキャベツもアブラナ科だ。そう考えると、あえて意識せずともアブラナ科の野菜はけっこう食べられているのかもしれない。

どのアブラナ科の野菜にも合うと思える調理方法は、レンチン&マヨネーズだけれど、それでは調理とも言えないので私はペペロンチーノ炒めをお勧めする。

ニンニクととうがらしと塩があれば、あとはお好きな油で炒めるだけだ。アンチョビやしらすなどの旨味要素もちょっと入れれば最高。

ブロッコリーもやしであるブロッコリースプラウトは、生で食べた方がいいらしい。普通のブロッコリーにも含まれている「スルフォラファン」という体にいい成分がブロッコリーの20倍も含まれているんだそう。

でも、ぶつ切りをばくばく食べられるブロッコリーに比べて、小さな新芽を食べるブロッコリースプラウトは、そんなにグラム量を食べられないような気もする。でもまぁ生で食べられて20倍ならお得かな(と思うことにする)。

●命の数え方

家の植物は他に鉢から水栽培に切り替えたモンステラと、鉢に残ったまま生き続けているモンステラがいる。元はひとつだったのを切り分けたのだから兄弟と言えるのだろうか。植物の家族構成ってちょっとよくわからない。

モンステラの新葉が出るたびに、新しい弟や妹だと思って可愛く眺めているけれど、下の方の半分茶色くなった古びた葉っぱは別れを告げて切らせてもらう。

私の中では葉っぱ一枚がひとりぶんの扱いなのだ。そのまま水入りのコップにさしておけば生きているのだから一単位だと思える。それは正しいのだろうか。

ブロッコリーは種一個がひとりかな。そうするとこれだけの量をイッキに頂くのが申し訳なくなる。いくら丼を普通に食べているくせにだ。スプラウトの栽培をしていると、引っこ抜かれて食べられるって何かのゲームのキャラクターみたいでけなげに思える。

種という状態は考えるととても不思議だ。紙袋の中の茶色い種は一見ドライに見えるけれどしっかり生きていて、私が水を与えたきっかけで成長が始まる。

一度成長が始まるとその流れは止められない。スプラウトは芽の状態で食べてしまうので、その後を見ることはないけれど他の人のブログではそのまま育て続けた人もいる。

結局、もやしの状態で食べることに調整されている種は、そのまま育ててもあまり大きく育たないらしいのだ。なるほどー。とにかく後数日間育てて食べてみなければと思う。


【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
http://www.eimu.com/

10月に夫の母が亡くなった。前回のコラムは母のいない夫の実家に写真を頂きに行った時のものだ。今年は病院へお見舞いに通う日々が続き、それまでお正月やお墓参りぐらいでしか長く話すことがなかった母と話す時間を多く持てた。

ここでコラムを書くようになったおかげで、文字にしておくことの価値はわかっていたので、自分のための日記としてたくさん記してきた。しかし、やはりまだ記事に書くような時間は経っておらず、書く技量も足りているのかわからない。時間が経って誰かのためにも、自分のためにもなりそうだと感じられたら書きたいと思う。


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■メグマガ[02]
生ものですので、お早めにお召し上がりください

こいぬまめぐみ
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20151117140100.html
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終電間際の改札、別れ際の彼の一言は私を嬉しくさせた。彼に手を振った私は改札を抜け、電光掲示板の最終電車の発車時刻に目線を移す。

──あと1分。

少しだけサイズの大きいパンプスが踵から抜けないように気遣いながら、ホームへ向かう階段を駆け下りる。電車のまもなくの発車を告げるメロディーが耳に入る。階段からいちばん近いところで開くドアに駆け込む。

──間に合った。

私をその日最後の乗客にした電車は、終点へ向けて出発した。一番端の座席に座り、乱れた息を整える。ふと向かいの窓に映る自分と目が合った瞬間、頭の中で何かが引っかかる。

──あれ、私さっき何が嬉しかったんだっけ。

私の感情には、賞味期限がある。

ずっと誰かに、聞いてみたかったことがある。

「あなたの感情には、賞味期限がありますか?」

いや、これでは私にしか理解できないような気がするので、もっとわかりやすく質問を変えよう。

「楽しかった、嬉しかった、悔しかった、悲しかった、などとという感情を、時間が経っても感じたそのときと同じくらいの鮮度で思い出せますか?」

これから書くことを読まれてしまうと、私と関係性の深い人ほど傷つけてしまうのではないかという想像が働く。しかし、これを読んだ人の中に私と同じ悩みを抱える人がいるのではないか、もしくはその解決策を知る人がいるのではないかという、この現状が変わるかもしれない未来への期待が上回ったことが、これを言葉にすることを決意させた。

冒頭のような出来事が、頻繁に起こる。感情を揺さぶられる出来事が起こって、その後それとは関係のない何か別の行為や出来事が挟まると、それまでに抱いていた感情を忘れてしまう。忘れてしまうというより、リセットされてしまうと言った方が適切だろうか。

一昨日の朝、玄関で消臭剤を落として床に散乱した大量のつぶつぶのジェルを見て絶望したことも、一週間前に雨の日のミスタードーナッツで、母との関係がうまくいかなくてふと涙をこぼしてしまったことも、夏休みに広告会社の二次インターンへ進めなくて悔しかったことも、高校時代にとある人に抱いていたあの特別な感情も、今はもう思い出せない。

いや、そういうことがあったという事実としては覚えているのである。冒頭の嬉しかった理由は、冷静に脈絡を辿れば彼のあの一言であったことを思い出す。消臭剤が落ちた原因もどのようにして片付けたかということも、ミスタードーナッツで泣いた理由も順を追って説明できるし、広告会社のインターンから得た教訓も、高校時代のあの人の名前もメールのやりとりも覚えている。

しかしそれは、「感情の記憶」としてではなく、「事実としての記憶」としてインプットされているのだ。こういう感情を抱いたという「事実」は思い出すことができても、抱いたそのときと同じくらいの鮮度で「感情」を思い出すことはできない。

「楽しかったと思った」ということは思い出せても、そのときに「楽しかったな」という感情は湧き上がって来ない。何の感情も湧いてこない。感情を伴わない、単なる事実としての記憶という形で積み重なっていくのだ。

そしてそのスピードは恐ろしく速く、鮮度を落とさずに思い出せるのは長くて二日、短いと数分から数時間ほどで色褪せていってしまう。

これを自覚したきっかけとなった出来事がある。

予備校でひとつ年上の男性と仲良くなった。年が近いこともあって、授業内容の話や就職活動の体験談で盛り上がり、何度か授業終わりに食事に行ったり、途中までいっしょに帰ったりもした。

そして何度目かに会ったとき、想いを告げられた。ハッとした。それは彼が私に想いを寄せていたからではなかった。自分の何かしらの言動は彼の感情を揺さぶり、彼は私といっしょに過ごす時間の中で、少しずつ私に対する好意的な感情を積み重ねていたんだ。その結果が今、この状況なんだ。

膨大な時間が絶えず流れる記憶の河の中で、その流れをせき止め、水流を変えてしまうように横たわる大きな石、これが感情なんだ、頭の中にそのイメージを浮かべたら、めまいがした。

みんなは、楽しかった記憶を思い出すとき「楽しかったな」という感情もセットで思い出せるのだろうか。嬉しかった言葉を思い出すと、今でも心が躍るのだろうか。悔しかった出来事を、今でも飛躍のバネにできているのだろうか。

どうしてもこれを知りたかったことが、意を決した冒頭の質問の理由である。

ある人はこう話していた。「毎日書いている日記には、事実だけしか書かないようにしている。だって感情は思い出せるじゃん」この発言には大層驚いた(と記憶している)が、しかし私はその真逆の方法をとっている。

(私に限ってかもしれないが)感情は生ものである。おいしく思い出せるうちに、その日に感情を揺さぶられた出来事や、誰かとの会話を文字に残す。楽しかった(はず)、嬉しかった(はず)、感銘を受けた(はず)のことを、少しでも忘れないようにするために。思い出すヒントにするために。

言うなれば、感情の冷凍保存である。再びそのページをめくったとき、鮮度を保った感情が解凍される未来に期待して。これは、感情の賞味期限を少しでも延ばすための、私なりの愛しいひと手間である。

あの日あの時のあの感情は、何W(ワット)で何分温めたらいいのだろうか。


【こいぬまめぐみ】
Facebook: こいぬまめぐみ
Twitter: @curewakame
BLOG: http://koinuma-megumi.hateblo.jp/

武蔵大学社会学部メディア社会学科在学中。宣伝会議コピーライター養成講座108期。現在、はてなブログ「インターフォンショッキング」にて、「おもしろい人に自分よりおもしろいと思う友だちを紹介してもらったら、13人目には誰に会えるのか」を検証中。


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編集後記(11/17)

●(続き)あの手というのは「朝日新聞はなんと言っているか」である。あるテーマにおいてイエスかノーか判断に迷ったときは、朝日の社説を読んでその反対が正しいという法則(というかもはや公式)を用いればいい。「今の時代にそぐわないのは明らかだ」「結婚で配偶者と姓が一緒になることに喜びを感じる人もいる一方で、『自分が自分でなくなる』と喪失感を抱く人もいる。姓をどこまで自分の証しと考えるかは人それぞれだろう」「実質的に女性が姓の変更を強いられており、正当化できない」という。つまり、「最高裁は違憲判決を出すべきだ」という論調だ。ということは、合憲判決が望ましい、以上。

そういえば、民主党政権のとき「人権侵害救済法」「夫婦別姓法」「外国人参政権」という、日本を修復不可能なかたちに変えてしまう超絶の悪法が用意されていたのだった。「夫婦別姓法」も日本の根幹を壊すための武器のひとつだったことを忘れてはならない。今回は、女性にだけ半年の再婚禁止期間を課すこともテーマだが、それは措く(男女平等に反しないかと朝日は書く。コレ別の機会に)。「今の時代にそぐわないのは明らかだ」って? 何を根拠にそんな断言ができるのだ。自分たちの考えと違うからけしからんってことに過ぎない。今の時代にそぐわないのが明らかなのは、君らが後生大事な憲法だよ。

憲法理念の下の民法で「法律婚」という決まりがあり、それに従いたくないという人は「法律婚にはこだわらず愛を貫く」というのが道理だろう。「自分たちが従いたくないから法律を変えろ」というのは通らない話だ。個人の尊厳ではなくワガママだろう。「姓をどこまで自分の証しと考えるかは人それぞれだろう」という。人それぞれだよ。法律の問題ではない。「『自分が自分でなくなる』と喪失感を抱く」って、心理学の問題ではないのか。「実質的に女性が姓の変更を強いられており、正当化できない」って、本当に調査したのか。祝福されて結婚した二人の、妻が改姓を「強いられた」大きな数字があるのか。

「『みんなで決めよう』が民主主義だとすれば、『みんなで決めてしまってはいけないことがある』という考えのうえに成り立っているのが、人権」である、と。みんな=多数で決めた法律が、少数派の個人の権利を侵していないか。厳しくチェックするのは、最高裁の役割だ」と、憲法学者の樋口陽一が唱えていると書く。民主主義の否定なのかな。朝日じゃなくて学者が言ってるんだって。家族の絆を破壊し、共同体としての家族まで崩壊を狙うのが夫婦別姓である。そんな朝日新聞も、川柳のコーナーではイカした作品を掲載している。〈夫婦別姓 夫婦同性(兵庫県 河村基史)〉うまいねーやだねー。(柴田)


●Ingress続き。思っていた以上に、小さな公園が存在していることを知った。そこにはお母さんと子供のいるコミュニティと、おじいさんたちのコミュニティがある。おばあさんたちはどこにいるんだろう? 彼女らのコミュニティは?

自分の住んでいるところ、その近辺を知ることができたのが収穫。やってなかったら駅やお店との往復だけだった。毎日できたら痩せるんだけど、そうはいかない(笑)。

近所の地図だけでなく、世界地図もよく眺める。後記を書きながら、ふとパリの地図を見た。まったく活動がないわけではなさそうだ。テロに負けない、普段通りの生活をするんだということなんだろう。 (hammer.mule)

https://www.ingress.com/intel?ll=48.865682,2.382061&z=15
パリ

http://m2college.net/fes4/
まにまにフェスティバル(まにフェス)P4

伯母が大阪豊中のお伽工房で3人展。陶、ジュエリー、革カバン。11/22〜29。
https://www.facebook.com/pages/%E3%81%8A%E4%BC%BD%E5%B7%A5%E6%88%BF/423506204441926