羽化の作法[08]ラブホテルに絵を描く仕事が来た/武 盾一郎

投稿:  著者:  読了時間:6分(本文:約2,500文字)



1995年9月の末か10月の最初のことだったと思う。「君たちおもしろいねえ!」といった調子でいきなり声をかけられた。

振り返ると、30歳代の男性が立っていた。小柄だけどガタイがよくて、パンチパーマがしっかりキマっていた。光沢のある高そうなシャツ、小脇にはブランドものの小さなセカンドバッグを抱えている。どう見ても夜の商売かやくざさんに見えた。

彼は僕たちの絵についてをいくつか質問すると、夜の雑踏に消えていった。ここは新宿、夜になると「その世界の人たち」は街には沢山いるだろう。だけど、そういう雰囲気の人たちから話しかけられたことはなかったので驚いた。

数日後、またその小柄な男の人がやってきた。しばらく話をしていると、どうやらその人たちが経営しているラブホテルに絵を描いてくれないか、という内容だった。





平静を装いながらも頭の中では「ラブホテルの会社? 新宿で? これはもしや、やくざさん……?」と巡っていた。差し出された名刺には「有限会社○○○○○」と書かれてあった。可愛らしい会社名が裏の業界っぽさを醸し出していた。

ここはひとつ勇気を出して僕が「ジムショ」に出向くしかない。ここは僕がカッコつけなければならない。ヤマネとタケヲの二人に「ま、まず、ボ、ボクがジムショに行って話しをつけてくるよ、よ」と精一杯兄貴ぶった。

内心はかなりビビっていたけど、同時にとても嬉しかった。自分たちの制作が
初めて「仕事」に結びつく。しかも描きはじめてからわずか一か月。こんな反響はまったく期待していなかった。

後日、僕はひとりで名刺にある住所を訪ねた。江戸川橋駅の近くのマンションにそのジムショはあった。ピンポン鳴らしてドアを開けると、女性の事務らしき人がでてきた。

そこは従業員の事務所らしく、「社長はとなりの部屋です」と教えられ、案内された。事務所がふたつもあるのか! と驚き「う、あ、はい…」と、曖昧な返答をし、マンションの隣の部屋のドアを開けてもらった。

ドアを開けると、玄関左には立派な陶磁器の鉢に植えられた南の方に生えてそうな観葉植物があり、その向こうには南洋諸島のどこかの王室にありそうな感じのパーテーションが立っていた。

しばらくすると奥から、肩までかかるロングヘアーで白髪の、高級そうな背広を着た、背は低いけどやたらガタイのいい初老の男性がやってきた。「ああ、これはプロだ」と僕は思い、肚をくくった。

そこは飲み屋やスナックなどの水商売と、ラブホテルをいくつか経営している会社だった、いわゆる「暴力団」ではなさそうだった。いろいろあるんだなあと思った。

ともかく、ラブホテルに絵を描く仕事は引き受けることにした。帰りに「お車代」と筆で書かれた封筒を渡された。中身を見ると5000円入っていた。訪ねて行っただけでお金を渡すなんて、やっぱり少し恐い世界なのかも知れないと思った。

最初に声をかけてくれた小柄な男性は「□□」と名乗っていた。ラブホテルに絵を描きはじめるまでの間、□□さんに会社が経営している呑み屋に何度か連れていってもらった。いわしの専門店だ。

なぜいわしなのかよく分からなかったが、飲み放題、食べ放題で僕らは狂喜乱舞した。○○○○○が経営する居酒屋を出ると、□□さん行きつけの新宿二丁目のゲイバーにも連れていってくれた。

「女の子の店に行っても結局、気を使うでしょ。もう今はゲイバーしか行かないんだよね」と□□さんは嬉しそうに話してくれた。

ヤマネはゲイバーが初めてだった。僕は昔、何度か誰かに連れてってもらったことがあった。バーのママがちょっとオッサンっぽくなってるくらいの感じで、取り立てて変わったバーではなかったが、ゲイバーとはおおよそそういうものらしかった。

僕らが連れて行って貰ったゲイバーは「◇◇◇」という名前だった。実際、男女の見分けがつかないような綺麗なニューハーフというよりも、れっきとした「オカマさん」という感じのママさんたちが働いていて、みな服がひらひらと綺麗だった。

なんとなく「◇◇◇」という店の名前に納得した。店内はテーブル席が三つくらいだったのだろうか、それとカウンター席。暗くて遠くはよく見えない感じだったけど、壁やテーブルに光沢があって黒くてキラキラのボンテージな雰囲気だった。

店に入るとヤマネはともかくモテモテだった。餌に群がる色とりどりの金魚のように、ヤマネの周りにはママさんたちが集まってくる。ヤマネは抱きつかれたり股間をまさぐられたりして、ママさんたちに終始弄ばれていた。ゲイバー初体験のインパクトが僕よりも明らかに高そうで、すごく羨ましかった。

テーブル席からふと見やると、カウンター席の端っこの暗がりで□□さんがママさんとキスをしていた。ともかく、僕らはラブホテルに絵を描く仕事を引き受けることになったのだ。(つづく)


【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/アーティスト歴20周年】

アーティスト歴20周年の2015年も最後のデジクリテキストとなりました。アーティスト歴20年ようやくぼちぼち作品も売れていくようになりました。どうも有り難うございます! これからもよろしくお願いします!

[トンドの夢想家達展 vol.3]
2015年最後の展示は残り二日間です! ぜひお立ち寄りください!
12/18(金)・19(土)13:00〜19:00(最終日は18:00閉廊)
ギャラリー オル・テール
http://d.hatena.ne.jp/Take_J/20151203/1449140324

[One Wall One Art Project 〜produced by TeamUttoco〜]
岩槻の食堂カフェ・ラパンで来年1〜2月展示します
https://www.facebook.com/cafelapinyuko/
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