ローマでMANGA[92]MANGAとマンガの融合/midori

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●鳩のパルンボ

90年代に講談社のモーニングが、海外の作家に書き下ろしてもらった作品をのせるという前代未聞の企画を遂行していたときに、ローマで「海外支局ローマ支部」を請け負って、そのときのことを当時のファックスをスキャンしつつ、それをもとに書いているシリーズです。

ここ二回ほど交互に番外編を入れてしまい、ちょっと話がわかりにくくなっているので、もう一度整理してみる。

南イタリア出身の忍耐強いパルンボ、最初の提案から二年を経て、パルンボのユーモアが大好きという三人目の編集者さんと巡りあって、やっと現実に掲載につながる作業を開始した。





ちなみに、パルンボという名前(苗字)で「ンボ」つながりでコロンボを思い出す人もいるかもしれない。それは実は正しいのだ。

コロンボは鳩の意味で、ラテン語で鳩を意味するPLUMBUSから派生したということで、どちらも語源は同じ。むしろパルンボのほうが語源をよく伝えている。

どちらもイタリアで苗字としてよく使われて、コロンボはかのコロンブスのイタリア読み。というか、コロンブスはジェノバの人だから、コロンボがオリジナル。コロンブスはスペイン語読みだ。

パルンボは南イタリアに多く見られる苗字。方言の中に語源が残っていたりする現象を思い起こす。

鳩といえば平和の象徴と言われて、パルンボの温和な性格にあっている名前だ。でも、実は鳩は攻撃的な鳥だということも聞いている。パルンボの何が何でも掲載させてみせるぞ! という闘志をも象徴した名前だなと感心してみたりするけど、パルンボのMANGAとは別の話だ。

パルンボが講談社モーニング誌用に描いたのは、「CUT」という名のもしゃもしゃの長髪にヒゲモジャのおっさん。三人目でやっとパルンボと息の合う編集者に巡り合い、毎回「CUT vs 誰か」で、CUTの復讐ドタバタをパルンボのリアルな作画でやるということに決まった。

雑誌と、当時はまだ珍しかったウェブ雑誌に掲載。月一で8ページから16ページの読み切り連載ということになった。

●メリハリ:イタリアにない概念

モーニング編集部ローマ支局を請け負って一番楽しかったというか、醍醐味を味わったのは、漫画家がネーム(ストーリーボード)を提出して、その後に来る担当編集者の意見を読む時だ。

私は字を読むことを覚えて以来、ジャンルを問わずにMANGAをたくさん読んできたし、自分でもちょこっと描いてきた。

当時はMANGAを教える学校はなかったし、モーニングに載せてもらった時も、2ページのエッセイMANGAで、特に直しをもらったことがなかった。

要するに、「演出」という考え方を持たないまま読者と作家をしていた。10年の海外支局で演出ということを習ったわけだ。

この企画に参加したイタリア人作家は、皆、プロだった。それでも日本のプロMANGA編集者の演出の目は、このプロたちも納得するものだったわけだ。

例えば、「路上サッカー」。CUTと背広姿の男性がバスを待っている時に、後ろの練習場からサッカーボールが飛んできて、二人で火花を散らせながらボールを蹴り合ってしまう、という話のネームについて、新さんはこう書いている。

「コマ割りが大変楽しく、また1ページ大のCUTのパイスクル・キックの絵や、最後のCUTが嬉々として逃げる絵など、面白い絵があっていいですね。笑えます。さすがにサッカーの強豪国の漫画家ですね。ちょっとだけ、作品のリズムという点から感想を申し上げます。

1)最初にサッカープレイが始まる瞬間の、一瞬、静止した感じのコマが、大きく欲しいところです。本物で言えば『笛が鳴る瞬間』でしょうか。具体的には、3ページ目上の3コマ目ですね。

私が思うに、この3ページ目の上3コマのうち、最初の2つはいらない気がします。3コマ目の、ピキピキっと火花が散る二人を、精一杯使って大きく描いてはいかがでしょう?

そのほうが、一瞬の静寂を、効果的に演出できると思います。そして、静から動への変化が楽しめるのではないでしょうか。二人の顔がすごくリアルで大マジメだと、なおバカらしくていいですね」

↓話題の3ページ目のネームはこちら
https://goo.gl/O7NolO

↓そして修正後の下書きがこちら
https://goo.gl/ByD9xs

パルンボが出してきたネームでは、問題の3ページ目に上段は三コマに分かれてオジサンとCUTが足元にあるボールを眺める、ボールのアップ、オジサンとCUTの目が合う、という構成になっている。

この構成で、何が起こっているのかがわかり、欧米方式では全く問題がない。MANGAでは、新さんが言っているように「作品のリズム」というものを大事にするのでよろしくない。

メリハリというやつで、この言葉をイタリア語に訳すことができない。イタリア語にはない言葉だからだ。仕方がないので必要なときは「山と谷」「引っ張ったり放したり(この言い方の成句はある)」と言ってみる。

言葉がない、ということはその概念がない、ということで、ない概念を使うことはできない。でも、人間の脳みそが理解することだから、説明すればわかる。

パルンボのネームで目につくのは、1ページを上中下の三段に分けて、どの段も同じ高さだということ。

これは、欧米で雑誌あるいは本形式でマンガが出版されるようになって以来のコマ割りの仕方だ。一説では最初は新聞に一段づつ掲載される方式で、原稿料も一段づつ支払われていたからということだ。

新さんは無理に日本式に各段の高さを変えろとは言わなかった。ウェブで一コマづつ分解して掲載するのにうってつけの描き方ではあったし、作家のリズムをなるべく尊重したい、という考え方からだった。

でも欧米式では、読みのリズムが一定になってしまう。

新さんのサジェスチョンは続く。

「2)この段階から再構成をするのは難しいかもしれませんが、後半はずっとアクションの激しい場面ですので、途中でCUTとオジサンが、一瞬停止してにらみ合う、大きめの1コマがあると、なおアクションが効果的だと思いました。

二人ともハアハア息を切らしながら、相手を睨んで笑みを浮かべ(きさま、やるな…)(ああ、お互いにな…)という雰囲気の、緊張した見つめ合いです。いれるとすれば、6か7ページあたりでしょうか。動から静、静から動と言う緊張感。」

↓お直し前とお直し後の6ページ目ネーム
https://goo.gl/NN2IN3

↓お直し後の下書き
https://goo.gl/ZMFq5f

こうして、段の高さは変えないで、つまり、今までのやり方を大幅に変えることなく、MANGA式読みのリズム、メリハリを付ける体験をしたパルンボだった。

パルンボの正確な人体描写によるリアルな表現と、ありえない大げさなドタバタが、MANGA・マンガならではの楽しい作品になった。

そして、パルンボが慣れたマンガのやり方にMANGAの読みのリズムを加えた、まさに、MANGAとマンガの融合だった。


【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】midorigo@mac.com

この年になってもアニメは好き。でも息子が高校生になってから、お母さんと映画館になど行ってくれないし、旦那はアニメなどまったく興味がない。というわけで、ここ数年、ピクサーアニメはDVDになってからしか見ることができなかった。全部手に入れるわけでもないし。

ところが、最近、私が講師をする学校関係で30歳代のオトモダチが四人できた。四人とも同棲中のカップルで子供なし。半分独身のような気軽さ。全員マンガ関係で、アニメは子供のものと考えない世界にいる。

この4人が私の訴えを聞いて、アニメ映画鑑賞のオトモダチになってくれることになった。前回書いたように、妙な遠慮はやめることにしたので、旦那と息子にも宣言してこの四人と最新のピクサー映画「アーロと少年」を見に行った。
http://www.fashion-press.net/news/18059

日本では来年3月公開とか。おもしろかった。見に行く方はハンカチと鼻水を拭くティッシュを忘れずに。また彼女らに遊んでもらおう。

MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/18803/

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。