ユーレカの日々[48]デジタルペイント4.0 〈Apple Pencilレビュー〉/まつむらまきお

投稿:  著者:  読了時間:18分(本文:約8,500文字)



iPad ProとApple Pencilが発表されたのが昨年の9月9日。デジタルで絵を描く人なら、興味を持つなという方が無理な製品だ。

発表された時「よっしゃ、試用してみて問題なければ買うぞ!」と思ったのに、11月の発売日が来てみるとまさかのPencilが超品薄状態。デモ機すらアップルストアにしかないということで、しょうがないからPencilだけ先行してオーダーして、年末にようやく購入できた。

ところが今度は年末商戦だったからか、iPad Proの方も品薄で、またまたしばらく待たされ、年明けにようやく、iPad ProとApple Pencilが揃った。

能書きは後回しにして、先に結果から述べよう。まだ一週間も使っていない状態だが、iPad Pro + Apple Pencilは予想を大きく上回る、極上のソリューションだった。





●文句なしの描写性能

まず、描画のフィーリング。詳しいスペックなどは公開されていないが、反応速度、感度とも申し分ない。ワコムのCintiqと比べても、iPad Pro + Apple Pencilに軍配があがる、と言ってもいい程だ。

それは、ペンの性能というよりも、ガラスの表面とディスプレイの表面の距離感の問題が大きい。

Cintiqは現行モデルの最小の13インチと最大の27インチを以前、試用したことがあるが、どちらもガラス面と画面との距離感が明確に存在する。

ペンで書いているというより、ペン先でポインタを操る感じがどうしても払拭できない、これに対しiPad Proは、ほとんど距離を感じないほど近接している。

さらに描写ポイントとペン先のずれがない。Cintiqでは、先に述べた画面と描写面との距離があり、場所によって視差が生じる。画面とペンのいち合わせを調整するのだが、画面の位置によってどうしてもずれてしまう。

ワコムのシステムを搭載しているSurfacePro2では、ガラスの距離感はほとんど感じられず、ディスプレイの高密度とあいまって、素晴らしい描写感覚が得られる。

しかし、そのSurfaceでも、Cintiqと同様、位置によってペン先とポインタがずれてしまうのだ。慣れてしまえばペン先ではなくポインタを凝視するので、描写が苦というほどではないのだが、不自然であることに変わりはない。

それに対し、ApplePencilでは、そういったズレが感じられない。ペン先を置いた場所でしっかりと描写される。ポインタがないiOSにとって、これはとても重要なことだ。

かなり細い線で描写してみたが、気持よく線の先端が決まる。iPadの電磁式スタイラスでよく言われる、線のビビリ現象も試した限りでは確認できなかった。

第三にペンの傾き。Intuos、Cintiqでも、ペンの傾きを検知し、Photoshopなど対応アプリではそれを描写に反映できる。ところが、ペンのデザイン上、ペンを傾けられるのがせいぜい45度程度。

これに対し、ApplePencilは20度程度まで傾けることができる。鉛筆デッサンで、鉛筆を寝かせて広い面積を塗るという技法があるのだが、それと同様にスタイラスを寝かせて描くことがごく自然にできてしまう(対応しているかどうかはアプリによる)。筆圧をかけなくても自然に広い面積を塗れるので、とても使いやすい。Cintiqに慣れている人でも新鮮なんじゃないかと思う。

第四に発熱。Cintiqでは盤面の熱が気になる場合があるのだが、iPad ProはゲームなどCPUを使うアプリではかなり熱くなるが、お絵かきアプリではほとんど気にならない。もっとも、この冬の時期での感想なので、夏になったら投げ出したくなっているかもしれないが……。

ということで、基本性能は申し分がない。

●iPadがMacの液タブに? Astropadがすごい

iPadには、すでに魅力的な描画アプリが数多くある(後述)。しかし、所詮はiOS。仕事で必須のPhotoshopもIllustratorも走らない。Flashもないし、CLIP STUDIO PAINT(クリスタ)もない。

iPad3を4年ほど使い、仕事のラフなども多くこなしてきたが、フィニッシュワークに使うまで至らなかったのは、僕の絵のスタイルにあったアプリがiOSでは提供されていないからだ。

ところが、一年ほど前にAstropadというアプリがリリースされた。これを使うと、iPadがMac用の液晶タブレットになってしまうというのだ(Windowsは非対応)。

Wi-Fiもしくはケーブルで繋がったMacとiPadの双方でアプリを走らせることで、画像とペン入力を双方でやりとりするというシロモノなのだが、当初、そんなものが実用になるとは思っていなかった。

今回、ああそういうのもあったなぁと思い、購入してみたところ、これが想像をはるかに上回るシロモノだったのだ。

iPad Proが届く前に、まずはiPad3にJotTouch4という、けっこうレトロな環境で使ってみた。ところがこの環境でも、予想に反して実用になったのだ。

一体、どういう仕組みなのだろうか、iPad側での筆圧がきっちり、Macのアプリに伝わる。Photoshop、Flash、クリップスタジオ、ArtRage、どれもこれといったタイムラグも生じず、サクサクと描ける。

サクサク、と言ったが、描写が書き変わるのに一瞬、その部分が低解像度になり、その後、通常の表示になる。このリライトがちょっと気になるが、かなり早いタッチでブラシをすべらせても、描写が追いつかない、ということはない。十分、実用に耐えるのだ。

iPad Proの画素数は2,732×2,048、ぼくが仕事で使っている古いiMac27インチは2,560×1,440だから、フルスクリーンをピクセルできっちり表示できてしまう。ちなみにワコムのCintiqは、27が2,560×1,440、24が1,920×1,200、それ以外のモデルは1,920×1,080。画素数だけならなんとiPad Proの方が上だ。

もちろん、12.9インチにそんだけ表示したところで、文字など細かすぎて判読できない。しかしAstropadでは、画面のマッピング、つまり拡大率や位置を画面タッチで素早く変更できる機能がある。なのですばやく画面を拡大し、細かい部分を描写できるのだ。よく考えられているなぁと感心する。

Photoshopなどでは、ピンチズームというタッチ操作も可能だ。ぼくが愛用しているFlashでは、残念ながらタッチ操作はうまく働いてくれないのだが、自分で設定できるファンクションボタンがあるので、ある程度は操作性を補うことができる。

Cintiqと比較して、アドバンテージを感じるのは接続だ。Cintiqはかなり太い特殊なケーブルを使って、MacやPCと接続するので取り回しが困難。

それに対しiPadは細いライトニングケーブル一本、もしくはWi-Fi接続だ。Wi-Fiだと画面のリロードのタイムラグが気になるので、実用上はケーブルだが、線が細いので取り回しがとても楽。膝の上で気軽に使える。

しばらく使ってみて、ちょっと不便と思ったのは、ポインタの移動。Cintiqではペンを浮かした状態でもポインタが動いてくれるが、Pencilは0.5mm程度以上浮かすと反応が切れる。

ブラシで絵を描いている時は何の問題もないのだが、バケツツールで色を塗ったり、パスをコントロールしようとすると、ポインタが動かないのでどうもやりにくい。

Astropadは2,400円。たった2,400円でiPadが実用になる液タブになっちゃうのだから、これはもう、キラーアプリといっていいんじゃないだろうか。iPhoneでお試しできる無料のAstropad miniもある。

https://itunes.apple.com/jp/app/astropad-graphics-tablet/id934510730?mt=8

●パームリジェクション

画面でタッチができ、ペンでも入力ができるとなると、ペンで描きたいのに手を画面につけてしまって、そこに描写されちゃう問題というのが出てくる。

CintiqやIntuosでは、ペンが画面から離れていても反応するのを利用して、ペンが近い時にはタッチ機能がオフになるようになっているし、タッチ機能とペン入力は明確に分けられている(タッチ機能で描写はできない)。

これに対し、iPad+Pencilは近接の感知ができない。そこでタッチしているのが広い面積なら、それは手のひら、面積が小さいならブラシ、という判断をするなど、各アプリが試行錯誤している状態。まだアプリごとでマチマチだが、純正Pencilの登場で、今後、こなれていくんじゃないかと思う。

●Pencilをカスタマイズ

さて、ここからは細かいマニアックな部分を見ていく。

まずPencil本体。凹凸もない、シンプルなデザインで、まさに鉛筆っぽい。手元の色鉛筆とサイズを比較してみたところ、色鉛筆は直径が7.5mm、ApplePencilは8mmだった。

気になるのはまず長さ。鉛筆と同じ175mmなのだが、鉛筆と比べて重いため、長さが気になる(尻が振れる感じがする)。

この長さは、ペンを寝かせて描く時や、油彩の筆のように持って描くときには重宝するが、普段使いにはちょっと長く、ポケットにも収まりが悪い。

Intuosペンで15cm、一般的なボールペンは14cmということで、もうちょっと短くてもよかった。

長時間Pencilを使っていると、表面が滑りやすいことに気がつく。完全な円形でつるつるなので、つい、指に力が入ってしまうのだ。特に汗をかく夏場はきつそうだ。

そういえば昔、ワコムのアートPAD(Intuosの先祖)のペンは、今のIntuosペンのような人間工学デザインでもなく、ゴムのグリップもついておらず、シンプルな鉛筆状だったのだが、ペンだこ出来てしまい、ペンを握るのが苦痛になったものだ。

その時、愛用していたのが「ソフトグリップ(ナカトシ産業)」という製品。発泡ゴムでできた、鉛筆用のグリップで、それの買い置きを探しだして付けてみたところ、ぴったりだった。この製品、今でもAmazonや東急ハンズで購入できる。

http://www.amazon.co.jp/dp/B005LAE0O6/ref=cm_sw_r_tw_dp_MyPKwb03SZCQD

Pencilはシンプルな形状なので、こういった鉛筆用グリップ以外にも、クリップなどをつけるなど、色々カスタマイズができそうだ。

不満は電源だ。なんせ、ワコムのペンで慣れているので、いきなり「電池が残りが少ないです」とメッセージが出たのには面食らった。

Pencilには充電用にメス/メスのライトニングコネクタ・アダプタが付属しているのだが、これ、小さくてツルツルしていて、ストラップホールもない。絶対なくす。なくす自信がありすぎ。

それから、Pencilのお尻、ライトニングコネクタ部分にはカバーがついているのだが、これも小さくてスベスベ。なくす。絶対なくす。外で充電なんかできないぞ。

また、iPad Proは充電に時間がかかる。フル充電だと6〜7時間。なので寝ている時に充電することになるのだが、そうすると、別の充電器、ケーブルを用意しないとPencilに充電できない。

さらに、充電中はPencilを使うことができない。一切反応しなくなるのだ。うーむ。いっそ、メス/メスアダプタをPencilにつけっぱなしにする、という手もあるのだが、それもますます、外出時になくしそう。

電池切れの場合は、15秒の充電で30分使えるとはいえ、フル充電するのがえらく煩雑だ。ネットで見てみると、サードパーティがペン立てタイプの充電スタンドを販売している。

http://www.moxiware.com/collections/apple-pencil-accessories/products/apple-pencil-dock

市販のケーブルとアダプタを使って、自作もできそうだ。

●盤面カスタマイズ

iPadの表面はノングレア処理がなされているが、Pencilを使っている限り、アイススケート並によく滑る。カラーの絵を描くのにはよいのだが、摩擦がないと線画や文字を書くのはちょっと疲れる。

また、ペン先が硬質なのでコツコツと音がするのだが、これがけっこうイライラする。図書館での使用ははばかられる感じ。

ためしに、マット加工されたクリアファイルを貼り付けてみたところ、いい感じですべり止めになった(画面がちょっと曇るけど、線画ならあまり問題ない)。持ち歩かないデスクワーク用ならこれでも実用になる感じ。

市販のフィルムも色々出ているようだが、ペン先の摩耗がはげしいとか、描画に影響が出るというレビューもあり、しばし検証が必要。Pencilのペン先は交換可能なので、滑らないペン先が純正で出てくれるのが一番。どこかサードパーティが出してくれないかな。

●Pencil対応のアプリたち

PencilはiOSレベルで対応しているので、どんなアプリであってもスタイラスとしてはストレスなく使えるが、筆圧や傾きとなると、アプリが対応している必要がある。

また、筆圧の調整などはOS側ではまったく設定できず、アプリが対応しているかどうかによる。ここではいくつか、Pencil対応のオススメのアプリを紹介してみる。

・メモ

iOS標準のメモ帳。以前はシンプルにテキストしか扱えなかったが、Pencil登場にあわせて、手書きメモが可能となった。

マーカー、鉛筆などが使えるのだが、この鉛筆が超リアル。普通に鉛筆デッサンできちゃう。El Capitan以降のMacのメモ帳と勝手にシンクロしてくれるのも楽。iPad Proの巨大な画面であれば、マンガの見開きネームも可能な快適さ。

ただ、複数の手書きメモを切り替えるのに、一旦、上の階層に上がらなくてはいけないのが煩雑。また、選択、移動といった編集が一切できないのがツライ。

・Adobe Illustrator draw

前回さんざん悪口を書いたが、Pencilのおかげで、細かいところまでストレスなく筆を入れられるようになった。もうちょっと編集の自由度があればありがたいのだが。

ApplePencilでは筆圧に対応してくれ、細いペン先で描写の精度も高まった感じだ。IllustratorやPhotoshopにサクっとイメージを送信できるのもいい。次期FlashであるAdobe Animateに直接イメージを送信できれば、ぼくはもう大満足だ。

https://itunes.apple.com/jp/app/adobe-illustrator-draw-reiyawo/id911156590?mt=8

・Procreate

数あるペイント系ソフトの中で、最も気に入っているのがこれ。シンプルかつ高機能で、とても使いやすい。

Pencil対応も完璧で、ブラシ毎で筆圧、傾きを太さや透明度、アプリレベルで筆圧曲線まで細かく調整できる。パームリジェクションは手のひら検知はしてくれるが、不用意な指のタッチでは描写されてしまうのが残念。

https://itunes.apple.com/jp/app/procreate/id425073498?mt=8

・Paper - 53

Jot Touchに対応していなかったので使っていなかったのだが、Pencilには対応。もともと、水彩などの美しさに定評があったが、Pencilで描いてみるととても気持ちがいい。ページ構成なので、マンガのネームにもよさそう。今後積極的に使ってみたい。

https://itunes.apple.com/jp/app/paper-fiftythree-notekisuto/id506003812?mt=8

・MediBangPaint

今回、Pencil対応アプリを色々見ていて、一番衝撃を受けたダークホースがこのマンガ作成アプリである。もともと、フリーのマンガ作成ソフトとしてパソコン用に登場、以前はクラウドアルパカと言ってたもののiPad版だ(Android版もある)。

マンガのパソコン用作成ソフトは、セルシスのCLIP STUDIO PAINT(クリスタ)がシェアを握っている。文化の違いからか、国外のアプリではモノクロペン画に配慮したものがないのだ。

そこに無料で打って出たのが、アルパカだった。フリーだし、聞いたことないメーカーだしで、あまりマークしていなかったのだが、みくびってました、ごめんなさい。

これ、普通にマンガの原稿書ける。ペン画がサクサク書ける。クリスタで作画しているのと、感触的には全く遜色がない。カラーイラスト用のブラシも、かなりいい感じだ。

クリスタのようなベクターペンや、ページ管理機能などハイエンド向けの機能はまだないけど、必要十分な機能が揃っている感じ。トーンや素材もすごい量が無料で提供されている。これで無料というのはちょっと驚くレベルだ。

このメディバンという会社、どういう会社だと思って調べてみたら、GMOクリック証券の創業者で現会長さんが立ち上げた会社らしい。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1501/16/news084.html

セルシスからしてみれば、とんでもないライバルが登場した感じだろうか。これに刺激され、セルシスからもiPad版クリスタが出ればいいなぁ。10年、いや3年後にはマンガもタブレットで描くのが普通になってるんじゃないかな。

https://itunes.apple.com/jp/app/medibanpeinto-wu-liao-man/id1003588804?mt=8

●コストパフォーマンス

iPad Pro(128GBモデル)とPencilまでまとめて、154,248円(税込み)になる。タブレット端末としては相当高価な部類だが、Cintiq13HD touchは149,040円で、WindowsやAndroid OSを搭載したCintiq companionなら20万以上になる。そう考えると、けして高くはない。

またiOS端末の魅力の一つに、アプリが安価というのがある。先に紹介したアプリで最も高価なAstropadで2,400円、Procreateが720円、それ以外は無料なのだから、トータルで考えれば相当コストパフォーマンスが高い。

●デジタル作画4.0か

今回、いろんなアプリを試しながら改めて感じたのは、クラウドのレベルが上がった感じ。Mac、iPhone、iPad Proがシームレスで連携している感じが、かなりいいところまで来ている。とはいえ、ほとんどが一方通行。異なるプラットフォーム、アプリ間で自在に編集できるところまでは行ってない。

これはファイルフォーマットの問題だろう。これまでもPNGやらSVGやらというオープンなフォーマットが提唱されてきたが、結局はPSDなどスタンダードなフォーマットには勝てず、ファイル互換も進んでいない感じがする。クラウド&マルチデバイスをきっかけに、ファイル互換がもっと進めばいいなぁと思う。

Astropadも、これが遠隔地でワイヤレスで使えるようになれば、それこそ革命的だ。どこに居ようが、iPad Proがあれば自宅のMac環境を持ち歩くことができるのだ。技術的にはなんら問題はなさそうなので、早々に実現しそうな気がする。

おそらく今年出るiPhone7や新型iPadは順次、Pencilに対応していくのではないだろうか。と同時に普段メモなどに使える、短めのPencilや、筆圧非対応の廉価版などもあるかもしれない。逆に、iPhone6sに搭載された3DタッチはiPad Proには搭載されていない。いずれ、このふたつの技術は統合されていくような気がする。

デジタル作画は、MacPaintを1.0とすれば、タブレットやPhotoshopが登場した時代が2.0。タブレットによるワイヤレススタンドアロンが3.0で、大型高詳細&クラウド連携が4.0といったところか。

まさにこのデジタル作画4.0が結実してきた観がある。液タブでないペンタブレットが過去のものになる予感がヒシヒシとする。

いやはや、面白いことになってきた。2016年はいい年になりそうだ。


【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura
http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net

SW ep7、予想をはるかに下回る出来でがっかり。物語も絵も退屈。あれが面白いというなら、マッドマックスやキングスマンは興奮しすぎて死んでしまうじゃないか。いずれ機会を見て語りたいと思う。