私症説[77]核融合があれば何でもできる
── 永吉克之 ──

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万物を存在せしめている究極の物質、それはゼニ。原子核を構成する素粒子は陽子と中性子。さらにそれらを構成しているのが、つまりゼニだ。

物々交換の時代、素粒子を構成していたのは、魚や野菜だったが、人類が貨幣経済を採用するようになり、買う、という行為がゼニなしには成り立たなくなって以来、究極の物質はゼニに統一されている(統一場理論)。

ゼニが潤沢にあれば何でも買える。豚肉もタマネギも洗濯バサミもメンソレータムも。何であろうが三千世界に買えないものはひとつとしてない。

反対に、ゼニがなければ、シャネルの財布もランボルギーニ・カウンタックも買えない。ビバリーヒルズにも住めない。フリーメイソンにも入会できない。

ゼニがあるかないかで、桃源郷に遊ぶか、苦海を果てしなく漂うかが決まってしまうのである。

それらの事実を目の当たりにすると、究極の物質がゼニであるという結論が必然的に導き出されたことは何人たりとも認めざるを得ないだろう。




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ところが、あちこちで、闘魂を注入するためと言っては無辜の民を張り倒しているアントニオ猪木が所属する政治団体「日本を元気にする会」のなかにおいては、究極の物質は「元気があれば何でもできる!」なのである。

その一方で、アントニオ猪木を会長とする、IGFプロレスリングのなかでは、究極の物質は「イノキボンバイエ」ということになっている。

究極の物質がゼニだったり、元気があれば何でもできる!だったり、イノキボンバイエだったり、いろいろあっていい。究極の物質の自由は大宝律令(701年制定)で保障されている。

「みんなちがって、みんないい」(金子みすゞ)

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論理的には、「最強」が複数存在することは不可能である。しかし現実世界では共存している。たとえば最強であるはずのプロボクシングの世界チャンピオンが、フライ級では、現在のところ四人もいる。これは、世界王座認定団体が四つ(WBA, WBC, IBF, WBO)もあるからだ。

最強、つまり一番なのだから、チャンピオンはひとりでなくてはならないところだ。しかし、四人の《一番》を核融合させると、《一一一一番番番番》という素粒子構成による原子核をもった物質が発生し、四人の一番の共存を可能にしているのである。

それと同じ状態で、共存し得ないはずの、たとえばキリスト教やイスラム教といった一神教がのうのうと共存している。論理は人間の脳味噌のなかでこねくり回したものだが、現実は峻厳な自然の法則によって、製造から出荷まで一元的に管理されているのだ。

宇宙を構成する究極の物質が、人や団体によって異なっていても、それら相矛盾する《真理》を包容するだけの広大無辺な器をもった自然の摂理に、最終的判断を委ねるのが賢明というものであるが、これは本論とはまったく関係がないので、すっかり忘れていただいて結構である。

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Money Makes The World Go Round

これはメリケンだかエゲレスだかの諺で、直訳すると、カネが世界を回す。日本の諺でこれに相当するのは「地獄のサタンも金次第」ということになろうか。

サタン。しかも巷で見かける、ちょいと小粋系のサタンではなく、地獄に棲んでいる系のサタンとあれば、その無慈悲なること極まりなし。そんなサタンでもゼニには心を動かし、亡者への責め苦にも手心を加えるというのだから、原子物理学の観点からは、やはりゼニが究極の物質であるとしか考えようがない。

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ザ・ビートルズ Money(邦題「ゼニ」)
ピンクフロイド Money(邦題「ゼニ」)
アバ Money, Money, Money(邦題「ゼニゼニゼニ」)
リトル・リチャード Jenny, Jenny(邦題「ジェニジェニ」)

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「金儲けは悪いことなのですか?」

正確な文言は忘れたが(だったらググれよ)、村上ファンドの創設者である村上世彰が、かつて記者会見でそう言って記者に問い返した。

ゼニのおかげで生きていられるくせに、1円でも多くゼニを欲しがる人間を浅ましいと思うのは、生殖行為によって生を授かっておきがら、セックスの話をする人を軽蔑するようなものである。

個人的に貸した金を、返してくれ、とはどこか言いにくい。さっさと返せよコノヤローと呪いつつ、他人の耳のないところでも小声で、

「この間、ご用立てした分ですが、あれはどうなってますでしょうか?」と、申し訳なさそうに尋ねる。

なんで、金を貸してやった、いわば助けてやった方が下手に出なきゃならんのか? それは、日本的な奥床しさと、ゼニは卑しいものという観念との核融合によって生じた物質が、返済を求める意思表示に必要な物質を中和してしまうからなのである。

お金が欲しい(惜しい)と思う気持ちは健全な物質である。明日までにゼニ返せなんだら、あんたの娘にウチの店で働いてもらうで! と笑顔で恫喝できる社会。それこそが、凋落の一途にある日本経済を再生させるために、なくてはならない物質なのだ。

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そんな社会を実現させるためには、まず、お金にまつわるネガティブな慣用語を、ポジティブで建設的な意味を持った言葉に誤変換することから始めなければならない。

・守銭奴 → 腫鮮度……悪性腫瘍の鮮度を保つこと。

・金権政治 → 近県政治……近県の政治のこと。

・拝金主義 → 背筋主義……男性の胸筋よりも背筋に惹かれる女性のこと。

・金の切れ目が縁の切れ目 → 金の切れ目が円の切れ目……日本では、金がなくなれば円もなくなるという自明の理を再認識させてくれる警句。

・銭ゲバ → 銭ゲイバー……ゼニを出さなければ飲み食いすらもさせない悪質なゲイバーのこと。

・金に目が眩む → 金に目がクラムチャウダー(意味は適当に考えてください)


【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp

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・ブログ『無名藝人』
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・小説非小説サイト『徒労捜査官』
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