わが逃走[174]腰痛デビュー の巻/齋藤 浩

投稿:  著者:  読了時間:5分(本文:約2,100文字)



その日の朝、目がさめたが起き上がれない。なんか腰がヘンだ。気のせいだと思い放置していると、ほんとに立てなくなった。

思わず笑ってしまった。笑うと腰が痛い。くしゃみするともっと痛い。これはいかん。寝ていると天井の模様がうごめく虫に見えてくる。

いま赤紙が届いたら兵役免除されるかな、とかわけわからんことを考える。

動かないと痛くないので、好きなモノのことを考える。好きなモノといえばライカのレンズだ。エルマリート135mmという不人気レンズが妙に欲しい。これで全国の構造美を撮影したら楽しいだろう。しかしこのレンズは重い。重いレンズは腰にくるなあ……。

そんなことを考えつつ一日が終わる(ちゃんと仕事もしてる)。

翌日になったら治っているかと思ったが、前の日とぜんぜんかわらない。むしろ悪化している。どうやら気のせいではなかったようだ。




30分くらいかけて起き上がる。実際は10分くらいだったと思うが、そのくらいゆっくりなイメージ。すり足歩行で移動。顔を洗えない。歯みがきはできるけど、うがいができない。

ちなみに一度立つと座れない。ズボンも靴下も靴も、履くのにものすごく時間を要する。

これが腰痛というやつか! 噂には聞いていたが、耳で聞いたり本で読んだりしたところで、経験を伴わない知識など全く役に立たんということがわかった。

部屋にあったカメラ用の一脚を杖がわりにしてみた。なかなかイイ。耐加重性能はイマイチだけど、足腰にかかる力を少し分散させるだけでも絶大な効果がある。うーん、杖ってすごい。

そして、手すりのありがたみを身にしみて感じている。旅先で出会う渋いお寺や神社の階段に設置された、ピカピカのステンレス製の手すり。

かつて何度も、場違いだろ! とツッコミを入れた私であるが、この場を借りて謝ります。設置していただくだけで嬉しいです。ありがとう。

と、起きてからここまでに3時間くらいを要している。これは医者に行かねば。というわけで、通常よりも6倍遅い歩行速度で某整形外科に向かった。

ゆっくり歩くのも危険だ。たとえば時速120キロで流れている高速道路を20キロで運転するようなもので、普通に歩いている老人や、猛スピードで歩道を飛ばしてくる自転車にどつかれそうになる。コワイ!

普段は5分の距離を30分かけて、午前中の診療時間ギリギリに到着した。保険証と診察券を出すと「おかけになってお待ちください」という。お気持ちは嬉しいのですが、座れません!

診察室に入るとベッドに横になるよう指示される。こっけいなスローモーションで仰向けになると、まず左足を徐々に持ち上げられた。

「痛いですか?」
「いいえ」

次に右足を持ち上げられると、背骨と尻の間に「うぐごっ!!」激痛が走った。

「うーん、ヘルニアかなあ……」

あ、先生それ知ってます。名前だけ。以前は古代生物っぽい名前だなーと思っていたけど、最近はトクホのお茶みたいだなーって思っています。とか言ったところで何も解決しないので、あえて語らず。

レントゲン撮影の後、とりあえず痛みをとりましょう、ということになった。背骨のホネとホネの間にぶっとい注射をするという。こ、こわい。

しかしこの痛みから解放されるなら、ということで打ってもらった。おかげで痛みは7割減。結局病名も確定されず、“ようす見”ということになった。

帰りの歩行速度は通常の3倍の遅さとなり、視界にいくぶんか余裕が出てきた。とはいえ、ちょっとした段差が命取りとなるので、足元をよく見ながら慎重に歩を進める。

そこで気づいたことがふたつ。

・犬の糞が減ったこと。
・ボタンがやたら落ちていること。

犬の散歩のときに糞を持ち帰るよう徹底されてきたのは、30年くらい前だったかな。確か中1のときの英語の教科書の挿絵で、Mike君が公園で犬を散歩させているものがあるのだが、2年生になったとき後輩の教科書を見せてもらったところ、そのカットが修正されているのを発見したのだ!

なんと、彼の左手にはスコップと袋が描き加えられていた! いま思い出したぞ! 誠にもってどうでもいい話だが。

確かにその頃までは曲がり角ごとに犬の糞があり、当時の少年達は爆竹を使ってそれらを爆破するという無意味な遊びに熱狂したものだった。S玉県ではね。

そしてボタン! 世の中にこんなにも多くの種類のボタンが落ちているとは!さまざまな色と形、大きさのボタンがそこここに落ちていたのだ。

これらを拾って撮影し、一冊にまとめたら面白い本ができるのではないか。と思い立ち、手を伸ばすも、拾えない。そりゃそうだ。腰が治ってくると落ちてるボタンに対する興味も薄れるのだろうか。

いずれにせよ、下を向いて歩くと新しい発見、見えなかった世界が見えてくる。

そして見えなかった世界といえば!!!「バリアフリー」である!!!とにかくひどい。あまりにもひどい。

次回、実体験に基づく『日本のバリアフリーはなっとらん』の巻をお楽しみに。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。