わが逃走[175]日本のバリアフリーの巻
── 齋藤 浩 ──

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みなさんこんにちは。腰痛持ちの齋藤です。

腰痛とは腰が痛いと書きますが、腰が痛いとホントに何もできません。ひどいときには1メートル歩くのに1分、階段を1段下りるのに5分。朝起きて服を着替えるだけで1時間かかります。

で、先日何度目かの診断を受けた際、病名はヘルニアと断定されました。先生いわくヘルニアとはイカの刺身のようなものだそうで、

「そいつがひからびてスルメになれば痛みも治まっちまう。なあに、たいしたことない」とのこと。

先日も背中に注射。この注射を打ってもらうと妙にハイになってしまい、なんでもないことが妙に面白く感じ、思わず笑ってしまう。アハハハハ。

長野電鉄2500系によく似た、ほっぺの赤い看護士さんに聞いてみるも、「そのような症例は報告されていません」とのことだ。

ホントか? これって清原っぽい犬神製薬的な薬だったりしないのか??




「注射がコワイと思うと極度に緊張して、なんでもないことが面白く感じることはあります」。

そーなんだよね、私は子供の頃注射がコワかったが、今でもコワイ。

さて、今回はこの腰痛をきっかけに見えてきたものについて語ろうと思う。

結論から言えば、「日本のバリアフリーはなっとらん!」のである。そんなこたあ百も承知と思っていたが、思っているのと体験するのとでは、雲泥の差だった。

渋谷駅の改札でのことだ。東急田園都市線のホームに到着し、エスカレーターを上って改札(地下2階)を抜ける。

PASMOをタッチする際、自動改札機に前の人の切符が残っていたのだが、何事もなく出られたのでとくに気にしなかった。

そこからさらにエスカレーターで地下1階まで上る。しかし、ここから先は階段だったので、エスカレーターかエレベーターのサインを探す。

だが見つからず。仕方がないので、駅直結の東急東横店に入る。通常よりもはるかに遅い歩行速度ゆえ、混雑した店内を人とぶつからないよう注意深く歩き、上りエスカレーターに乗り、ようやく1階へ到着した。

なんとかここまで来られたけど、デパート閉店後はどのようにすればいいのか、不安になる。

で、ここから山手線に乗り換えたかったのだ。

しかしこの近くのJR中央改札に行くには階段を上らねばならなかったので、ずっっと遠くの南改札まで歩き、自動改札機にタッチ。

しかし、「係員にお知らせください」との無機的な音声とともに、エラー表示が出てしまう。

では、係員がどこかと探すとふたつある大きな改札レーンの奥、柱の向こうのいちばん東側らしい。この人ごみの中をあんなところまで行くのか!

まあ、いつもならものの数十秒で移動できる距離なのだが、ここまで混んでいて、しかも腰が痛くて普通よりもゆっくりでないと歩けない場合、目的地は遥か彼方のイスカンダルくらい遠くに思えてくる。

しかも、よりによって床がゆるい下り坂になっている。

そう! 意外なことに、都市部における駅や通路の床面は起伏だらけなのだ。

そして、スロープならバリアフリーだろうというのも大きな誤解で、とくに下り坂は非常〜に腰に負担がかかる。

ものすごい形相で苦痛に耐えながらようやく有人改札にたどり着き、列に並ぶ。やっと順番が来た。

PASMOで入場できないと伝えると、出札の記録がありませんという。どうやら田園都市線の改札に残されていた、前の人の切符が原因らしい。

JRの駅員は「東急の改札まで戻って処理してもらってください」と言う。ありえねえ。ここまでの苦難の道のりを、たかが機械のためにまた戻れというのか!

オレ「急いでいるのです。なんとかここでできませんか」

駅員「本来は田園都市線の改札で処理しなければいけないのですが…。まあいいです。次からは気をつけてください」

オレ「はい。すみません…」

って、なんでオレが謝らなくちゃいかんのだ?

取り忘れたヒトだって、乗り継ぎをしないなら切符が戻ってくるなんて意識しないだろうし、切符が残っているのにその後からくる人がその改札を抜けられるなら、設計自体に問題があるということだ。

そんでもって、切符が残った状態で放置しているのは、東急電鉄の管理の問題だろ??

といった具合に、普段なら「しょーがねえな」くらいで済むことも、腰痛だとより一層腹が立ってくる。

さらには腹が立つを通り過ぎ、すべて腰痛である私が悪いのです、というような寂しい気持ちになってきて、しまいには、これ以上世間様に迷惑をかける訳にはいかないので、公共機関など利用せず外出もせず家でじっとしていようかな、と考えている自分に気づき、コワくなった。

これって日本人のDNAがそうさせるのか?

よい社会ってのは健康な人も、たまたまそうじゃない人も分け隔てなく、そういうことを気にすることなく、公平に暮らせる世の中のはずだ。

このままじゃイカンです。ものすごくイカン。

恥ずかしいことに、実際に体験するまではここまでヒドイとは思っていなかった。もちろん、自分がこうも簡単に弱気になるとも思っていなかった。

バリアフリーのバリアとは、目に見える構造としての障壁を指すわけではないね。利用者を意識しない気持ち、運営側の論理だけですべてを管理しようとする意識。むしろこれこそが真の障壁と言えましょう。

そして数日後。東京メトロ表参道駅のエレベーターに乗ったところ、扉が開いた先はなんと階段だった! 冗談みたいだが事実である。

責任者が人としての心を持っていれば、今すぐ対処し設計ミスを恥じるはずだ。

そうしないということは、即ち「われわれは利用者のことを考えていません」という姿勢を世界にアピールしていることと同じである。

運営側はそのことに早く気づくべきだと思う。

オリンピックまであと4年ある。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。