ユーレカの日々[50]ある街角の物語/まつむらまきお

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少し前の話になるが、大阪心斎橋のランドマークビル、大丸百貨店心斎橋店が建替えになるということで、昨年の年末に、見納めに行った。

心斎橋交差点というのは、東京で言えば銀座の和光前のような場所、と言えば知らない人でもなんとなくわかってもらえるだろうか。

大丸の横には旧そごう百貨店(現大丸新館)、ヴィトン、カルティエそしてアップルストアなど有名ブランドが軒を並べる、さまに目抜き通りである。

その中でも、大丸心斎橋店は、この地区で現存する最も古いビルの一つ。銀座和光ビルより7年古い1925年に建てられ、実に90年という歴史を誇る。

地上8階建てで、その外観はアールデコ&ネオゴシックスタイルの重厚な装飾が施されている。設計者はウィリアム・メレル・ヴォーリズという人だ。




●ヴォーリーズの代表作

ヴォーリズという名前は知らなくても、彼が日本にもたらしたものを知らない日本人はいないだろう。

独学で建築を勉強し、1905年(明治38年)に英語教師としてアメリカから来日、日本で建築事務所を開いてたくさんの建物を設計し、あの塗り薬「メンソレータム」を日本で製造販売し、初期の電子オルガン「ハモンドオルガン」を日本に紹介し、学校を作り、日本に帰化して日本で死んだ人だ。

なんだか脈絡のない人のように思えるが、彼は熱心なプロテスタントであり、メンソレも建築(教会や学校)も、その信仰として一貫した行動だった。日本にキリスト教の思想と様々なアメリカ文化を紹介し、日本の西欧化に力を注いだ人である。

彼の設計した建物はどれもキュートで、昔の少女マンガに出てきそうな、絵に描いたような、クラッシックな教会や洋館ばかりだ。それが彼の持ち味なのか、それとも当時の日本がそれを望んだのか、おそらくその両方だったのだろう。

そんな彼の代表作のひとつが、この大丸心斎橋店。地上8階建て(元は7階で、あとから増築されたようだ)で、アールデコ様式の装飾がびっしりとほどこされた、とてもキュートなビル。

アールデコ様式の建築物は、東京だと庭園美術館とか、マンハッタンのクライスラービルが有名だが、大丸はもうちょいクラシカル(ネオゴシック)で、外装は幾何学的なテラコッタ、マンハッタンの摩天楼のミニチュアのような可愛らしい塔屋、多角形のステンシル窓、ブラウンとホワイトのツートーンカラーと、まるでケーキのように愛らしい。

内装はイスラム風といってもいいだろう。多角形をモチーフにした文様がぎっしりとほどこされ、ステンシルの照明、モザイクの壁面、中二階のテラスなど、ミュージカル映画でもはじまるんじゃないかというような、豪華な空間だ。

●レトロビル

このビルを訪れるのは何年ぶりだろうか。年末で賑わう店内では、あちこちでカメラやスマホで店内を撮影する人たちでいっぱいだ。外観、ホールはもちろん、階段室の装飾を堪能したり、屋上に上がってみたりと、短い時間だが楽しんだ。

こういった明治〜大正期のビルは、どんどん失われつつある。たしかに90年も経つ建物だ。あちこち老朽化しているのは隠せないし、目に見えない構造体も今の基準ではそうとうきついだろう。天井も低く、後から設備を追加したための電気配管が見えたりもしている。

商空間というのは生き物だ。常に生活の最先端と共にある。90年前と今の生活は、生活習慣も文化も、別世界のように異なるのだから、経営者側としてはさぞかし使いにくい建物だっただろう。

しかし、ヨーロッパでは、これより古い建物がゴロゴロしている。そこに住む人々は、その景観を誇りに思い、不便だろうがなんだろうが、それを守ることに個人も行政も最大限の努力を惜しまないという。

日本でもレトロビルに事務所を構えたり、住む人たちがいる。日本でなぜ、そういうことができないのは、色々理由がありそうだ。

ひとつは高温多湿多雨で地震や台風という自然災害も多い、過酷な(あるいは恵まれた)自然環境。そもそもが、建物が保たないのだ。

だから日本建築は地震に強く建替や補修、増築がしやすい、実にシステマチックな木造軸組構法が発達した。どうせ壊れて建て替えるのだから、火に弱いのもあまり気にしない。焼けたらまた建てればいいということだ。

大丸より10年ほど先に建った東京駅が、復元まで含めて見事に再生したのだか
ら、大丸だってお金をかければ不可能ではないだろう。

その東京駅も、JR単体での復元は無理で、丸の内の再開発というレベルで考えられて、費用が捻出できたそうで、一民間企業の大丸では、その費用を捻出することは難しいのだろう。

ぼく自身、築30年以上たつ公団住宅に住んでいたことがある。レトロモダンな風情や、コミュニティ思想に基づいた地域計画は居心地のいい空間だったが、阪神大震災の後、怖くなって引っ越した。設計が古く、避難経路が確保されていなかったからだ。

結局、古い建築物をずっと使い続けるのは、この国では無理な話なのかもしれない。

●レトロビルもまた革新的であり破壊者であった

催事場では「大丸心斎橋店の歩み」という、小規模な展示会が行われていた。大丸の歴史を紹介するもので、昔のポスター、建物の設計図など珍しいものが多く展示されている。

その中で、先代の大丸心斎橋店を紹介する展示があった。そこで初めて知ったのだが、このビルが建つ前、同じヴォーリズ設計で、デザインの異なるビルが建っていたそうだ。

この先代のビルは、できて一年半後、火災で焼失してしまったのだという。その前は江戸時代の呉服屋であり、こちらは創業の1726年にまで遡る。こちらの模型も展示されていたが、立派なお屋敷だ。

それらの展示を見ながら、ふむ、と考えこんでしまった。

今のキュートなビルを壊してしまうのはとても惜しい。暴力的とすら思うのだが、このビルは、その前のビルが焼失した上に建っているのだ。そしてその先代のビルはもうひとつ前の呉服屋を壊したあとに建てたのだ。

ふと想像してみる。見慣れた呉服屋が取り壊され、ビルが建った時、人々はどう考えたのだろうか。多くの人はその洋風のビルに驚き、そして近代化に夢中になったのだと思う。

しかし、その当時でも「そんなケバケバしい西洋かぶれの建物なんぞ建てず、前の屋敷を残せばいいのに」と言っていた人は少なからずいたのではないか。

そう考えると、この古いビルを残して欲しいと思うことが、正しいことなのかどうか、わからなくなってくる。

さらに妄想は続く。もし、江戸時代の巨大な呉服屋の日本家屋と、明治時代のアールデコのビル、この二つが現存していて、そのどちらかを壊さなくてはならないとしたら、どうだろうか。どちらが文化財として、建築として、残すべきだろうか? だれがそれを判断できるのだろう?

大丸心斎橋店だって、今度建て替わるものと、今のものと、どちらがいいかなんて決めるのは、100年も先の人々だろう。

今のものを保存することは、未来を破壊することでもある。そう考えると、古くて貴重なものだから壊すな!……とは言えない。

●移築保存や仮想保存

写真などの複製技術が発達し、多くのものの保存がたやすくなった。古書はもちろん、絵画も、とりあえずは写真なりスキャンなりで保存できる。

もちろん現物でしかわからないこともあるが、情報の90%以上は複製でも伝わる。芝居や音楽といった芸術も、映像や録音によって保存できるし、そもそもが「何度も再演する」前提の表現なので、シナリオや楽譜があれば、いつでも再現ができる。

ところが建築というのは、表現、芸術としてはなかなかやっかいなものだ。その場所に身をおかなければ、理解できない。

テレビや映画で見慣れた海外の場所でも、実際に行ってみてはじめて、いかにその空間を理解していなかったのかを思い知る。写真、映像、模型。様々な方法を総動員しても、実際の建築のもつ情報の十分の一も伝えられないだろう。

ふと、絵本「ちいさいおうち」を思い出す。あの絵本では、周辺の開発が進み、廃屋になっていた「おうち」が、持ち主の子孫に発見され、環境のよい田舎に移築される。

日本でも明治村のように、建物を移築保存する例もあるが、8階建てのビルとなってくると、移築も大変だろうか。そういえば「サンダーバード」でエンパイアステートビルを移築するという、とんでもない話があった(見事に失敗し、ビルは崩れ落ちるのだが)。

そういった物理的な保存が無理なら、デジタルによるVR空間としての保存はどうだろう。FPSゲームで見事に作りこまれた空間を歩きまわることができるのだから、名建築などをソフトとしてリリースしてくれれば、楽しいだろう。

●そして新しい様式

大丸心斎橋店は建替え後は高層化され、現在の意匠を活かした外装、インテリアになるという。外壁やインテリアの一部を残すというのは、よく行われる方法だ。

同じ大阪の百貨店、阪急うめだ店の建替えでは、新しい高層ビルは中層までは、元の建物の外装をかなり忠実に再現し、その上に高層ビルがドカンと乗っかっている。

大丸心斎橋店もこれと同じく、低層部分は前の建物を忠実に再現し、やはり上にドカンと高層ビルを乗っける形式だ。

この方法、都市の景観という視点から言えば、もとのイメージを復元するので、良いといえば良いのだが、建築として見れば、なんとも奇妙なものだ。

上がスーツで下が袴のような、妙な感じ。テーマパーク的といおうか。ぱっと見た印象はよく作りこまれているのだが、やはりウソっぽい感じがしてしまう。

テーマパークであれば、そのセット感、ニセモノ感も楽しさのうちだが、現実の都市の建築となると、ニセモノっぽさがマイナスの印象になってしまう。

しかし、歴史を振り返ってみれば、様式なんていうのはそういうモノなのかもしれない。古いものを残すとか、新しい革新性をとるとかいうことよりも、古いスタイルをその時々で解釈しながら進んでいく。

レトロビルの上に高層ビルが乗っかっているスタイルも、100年後の人たちにとっては、この時代の建築様式として懐かしがられ、保存運動が起きるかもしれない。建て替わっても、そういう、人々に愛されるビルになってほしい。


●【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura
http://www.makion.net/ mailto:makio@makion.net

ディアゴスティーニのファルコン、3号をまだ買っていないのだが、今度はバンダイからビーグルコレクションと銘打って、小スケールのスター・ウォーズメカシリーズが出るという話が飛び出した。

1/72のクラッシックシリーズも再開するようで、Aウィングが出るのか。つーことは、Bウィングもデストロイヤーも出るよな? ドラゴンモデルは1/35(でかっ)でAT-AT出すちゅーし……買うのはいいとして置き場所どうすんだよっ(続く)