[4093] 招かれて花見に行った女の話

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《楽しいけどしんどい。しんどいけど楽しい。》

■ショート・ストーリーのKUNI[191]
 招かれて花見に行った女の話
 ヤマシタクニコ

■3Dプリンター奮闘記[75]
 バーチャルから模型へと現実に……
 織田隆治




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■ショート・ストーリーのKUNI[191]
招かれて花見に行った女の話

ヤマシタクニコ
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160324140200.html
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吹く風がすっかりやさしくなり、窓から見える空も春の色になった。

それで彼女は部屋の片付けをすることにした。というと変だ。部屋の片付けなどというものはお天気に関係なくできるものだ。だけど、何かにつけ大切なものは「気分」である。

彼女の夫なる人が天国に行ってからもう3年になろうとしているが、残されたものの片付けは全然進んでいない。

そもそも夫なる人は整理整頓とか片付けなどをまったくしない人だった。子供のころの工作や高校生の時の参考書も捨てずに持っていた。

つまり、家には夫が生きた50数年分のなんだかんだがほぼそのまま残っているわけで、それを整理するとしたら図書館司書や博物館学芸員が何人も必要であろう。

実際には潔く処分するかほっておくしかなく、目下のところは後者に傾いているのだが、時折そんなふうに気まぐれで、ごそごそと片付けのようなことをしてはふうっとため息が出て、またそのままほったらかしになるのだ。

さて、何本かある本棚のうちのひとつを探っていると、小さなガラス瓶を見つけた。本棚には手前と奥との二層に本が詰め込まれ、その奥のほうにあったので気がつかなかったのだ。

ラベルは剥がしてあるものの、風邪薬の空き瓶のようだ。そこにねじが入っている。蓋を外し、紙の上に中身をあけてみると、ねじは全部で7本あった。

何のねじかはわからない。ただ、夫であった人はパソコンでもなんでもよく分解していた。ねじが残っているのは不思議でもなんでもない。山ほど溜めていたケーブル類に比べたら、少なすぎるのが不思議なくらいだ。

ぼんやり見ていると、ねじといっても形も色合いもさまざまである。赤みを帯びてずんぐりしたのがあるかと思えば、真っ黒ですらりとしたもの、金色がいい具合に古びたもの、ぎらぎらしているもの。

「ふうん。ねじもよく見たらかわいいかもしれないね」

彼女はふわあっとあくびをした。それから仰向けに寝転んで、しばらくそのままでいたら、なんだか眠くなった。

──花見に行きましょう。

という声で、彼女は目覚めた。

目を開けると見たこともない男が自分を見下ろしている。普通なら驚いて腰を抜かすところだが、不思議とそんな気持ちにはならなかった。

「花見に?」

──そうです。みんな待ってます。

男はにっこりと笑い、先に立って歩き出した。男が行く先は彼女もよく知っている公園のようだ。いつもは散歩する人達がそこここに見られるが、今日はなぜかだれもいない。

公園の一角、池を見下ろすところに行った。大きな桜の木の下にはすでに美しい花茣蓙が敷かれ、何人かの男たちが座っている。男と彼女がちかづいていくと、やあ、というようにみんな会釈する。

彼女は男達を見渡した。赤ら顔の小太りの男。色黒でやせた男。帽子をかぶって、ちょっとすかした男。眼鏡をかけた教師風の男。丸顔で見るからに愛想の良さそうな男。

そして彼女を連れてきた男は首に薄いチーフを巻き、穏やかな笑みを浮かべている。全部で7人。あ、と彼女は思った。

「みなさんは、ねじなのね」

そう言うと男達はうん、うんとうなずいた。別に男達はねじのような顔をしていたわけでも、首に溝が彫れていたわけでもなかったが。

──私たちを見つけてくださってありがとうございます。

──今日は楽しくやりましょう。

──さあ遠慮なく。

そうしてよく見ると男達の前にはもう杯と酒肴が並んでいる。彼女の前の小さなグラスにも、透き通った薄青い酒らしき液体が満たされている。

──乾杯!

青い酒は思いのほか強く、ひとくち、またひとくちと飲むにつれ彼女はどんどん酔っ払った。

「ああいい気持ち。私、酔っ払いたいと思ってた。前から」

またみんなうなずき、ほほえむ。彼女が酔うのは喜ばしいことであるようだ。

桜のつぼみがひとつ、またひとつと開いていく。あっという間に三分咲きから五分咲き、七分咲きになった。グラスの水面に花が映る。その花を飲む。

「すごくばかばかしい話をしたい気分だけど、思いつかないわ」

──思いつかないなら。

──無理することはありません。

またみんなうなずき、酒を飲む。花がまた開く。

──あなたのご主人は変わった人でした。

だれかが言うと

──まったくです。しかし、私たちをしまっておくような人だったから、あなたとこのようなひとときが持てた。

別のだれかが言う。

──よく机に向かったままで眠っておられました。

──ひとりごともよく言ってた。

──ひとりで笑ったり、かんかんになって怒ったりしてた。

みんな笑い、彼女も笑った。

──そうそう。私たちが置かれていた棚の本たちも、機会があればあなたにお会いしたいと言っておりました。

「そうなの?」

──そう言ったのは『偏微分方程式論』かね?

──その隣の『台数函数論 増補版』さ。『位相解析の基礎』や『最適過程の数学的理論』も前からそう言ってる。

──それを言うと『スミルノフ高等数学教程』も行きたいと言うはずだ。ご主人について話したいことがいっぱいあるらしい。

──なんと。それは大人数になる。

──君たち、それを言うと隣の棚のActionScriptの本達も黙っていませんぞ。

──まさしく。

──これは楽しいことになりそうだ。他にも誘ってみようか。

──おお、これはどうだ。いま思ったのだがね。われわれはねじじゃないか。ねじといえば何かと何かを結びつけたりくっつけたりするものだ。こういうことをするのは元々われわれの役目なのかもしれないね。つまり、だれかとだれかを……

──それはあまりにも理に落ちた説明ですな。

──まったくです。簡単に説明できることほどつまらないものはありません。

──なにごとにも意味を見いだそうとすることを無意味というのです。

言い出した小太りの男はしゅんとした。

「なんでもいいわよ。楽しいことなら」

彼女はほほえんだ。

──花を愛で、友と語り合い、酒を飲む。これ以上何が必要でしょう。

──良き日ですな。

みんなうなずきあう。酒は、男達がいくら飲んでも杯にあとからあとから湧いてくるらしい。彼女のグラスにも常になみなみと酒が満たされている。ほんのりと甘く、強く、体が芯からほぐれていく。もうどれほど飲んだだろう。

桜はほぼ満開だ。あるかなしかの風が吹く。

もう散りそうだ……。

そう思っていると少し離れたところで誰かがこちらを見ているのに気がついた。

「あれは……」

彼女の声にみんながそのほうを見た。小柄で華奢な体格の少年が池にかかった橋の上にいる。

──ああ。

──そうだ。あの子を早くあなたの元へと思っていたのです。

「私の?」

──おおい、こっちだ。早く来い。

丸顔の男がそう言い、少年に向かって手招きをした。少年は、困ったようにその場に立ちつくした。

──ああ、やっぱりそうなんだ。

──そうなんです。

──あなたが見つけてくれないとだめなのです。

みんながうなずいて、彼女を見た。

そこで目が覚めた。

目が覚めてからも彼女はしばらくぼんやりしていた。それからゆっくりと起き上がると、本棚の、ねじの入った瓶が見つかったあたりを探した。

本を何冊かずつ棚から取り出してはその奥をのぞきこんだ。その段にないと別の段を探した。そして、彼女はついに見つけた。一番下の段の奥に入り込み、忘れられた小さな銀色のねじを。

彼女は机の引き出しを開けた。そこには夫の使っていた眼鏡が入っている。ねじがゆるんでどこかにいってしまったとかで、右のつるがはずれたままだ。それをそのまま器用にかけていた姿を思い出す。

「眼鏡屋に行って修理してもらえばいいのに」と言っても「いいんだ」と言ってたっけ。

──あなたのご主人は変わった人でした。

ほんとに、と彼女は思った。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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最近Facebookでツクシの話題が出ていたので、「そういえば以前は近くにツクシがいっぱい生えてるところがあったんだけど……」と思った。子供のころは大阪市内のごちゃごちゃしたところに住んでいてツクシとは縁がなく、今住んでいるニュータウン(オールドタウンと言われるが)に越してきて、あちこちでツクシの群落を発見したときは感動した。

しかし、それから約20年。ニュータウン内でも引っ越したし、今の団地の付近では見かけないよな……ごく近くに数十本程度生えていたりはするが……と思いながら歩いていると、ぎっしり生えた法面発見! しかも図書館のそばの、しょっちゅう通るところじゃないか。またしても「見ようと思わなければ見えない」という例だ。ほんとに、もー。


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■3Dプリンター奮闘記[75]
バーチャルから模型へと現実に……

織田隆治
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ここのところ、猛烈に忙しいです。景気が良くなってる気がしているんですけど、どうなんでしょうね。

ずっと工房事務所に引きこもって、3Dモデリング、研磨、組み込み作業、塗装の日々。

「楽しいけどしんどい。しんどいけど楽しい。」

これって幸せなんなんやなぁ、と思います。

今やってるお仕事のほとんどが3Dプリンターを使った立体造形。もしくは、手作業による造形と小規模量産。

ここ一〜二年で、そういった立体制作物のお仕事がどんどん増えていってます。

これは、3DCGなどのインタラクティブの展示から、実際目の前にある立体物にニーズが移行しているということなのかな〜、なんて勝手に思ってます。

最近では、医療に関するお仕事のご依頼もぼちぼち増えてきていて、なんか、僕の仕事が誰かの役に立っているんだなぁ……と嬉しくもあります。

おかげで、人体の仕組みとかもなんとなく分かってきました。勉強しないと作れないですから。

自分の知らない分野のお仕事って楽しいですね。へ〜! そうなんだ!ってことが多いです。この探究心が学校に行ってた時にあったらなぁ……なんて思います(笑)

模型とは別に、バーチャルの方では、また色々な見せ方が出て来てますね。

やっぱり、SFなんかに良く出て来る、立体的なバーチャルリアリティを裸眼で体験できるようなものが出て来て欲しいよなぁ……なんて妄想してますけど、そういったものも色々と研究されているようですね。

最近では触感まで体験できるような技術も開発されているとか……凄いなぁ。

バーチャルと言えば、懐かしいところでは、QuickTime3D、web3Dから始まった、そういった立体的に見せる技術ってのは、バーコードを読み込んでモニターに立体等を映してみるようなものに変わり、プロジェクションマッピングなんかも色々出て来ました。

そういった技術で作られたコンテンツって、結局どんどん進化していって、少し時代遅れのものは、もう見向きもされないコンテンツになってしまいます。

ところが、この「模型」っていうのは、作る技術は変わって来ているけど、立体物っていうのは、永遠に心揺さぶるものなんじゃないでしょうかね?

ミニチュアとか、プラモデルなんかもそうなんですよね。これって、古代から現在まで全く変わらない。

「模型の魅力」……これに尽きるよなぁ、なんて思います。

いくらCGやバーチャルで立体的に見せたとしても、目の前にある存在感、手で触れる存在感には、まだまだ勝てないんでしょうね。

原点回帰じゃないですけど、作る方法や素材、道具が変わっても、出来上がる立体物ってのは、出来ちゃったらおんなじなんですよね。

そこに、立体物の魅力があるんだと思います。

完成した時、その立体物を愛でながらニヤニヤしているのは言うまでもありません(笑)。これって、趣味でプラモデルやフィギュアを作っている人にも言えますよね。

技術の進化、進歩に伴い、最近では3DCGや3Dデータから、3Dプリンターを使って、実際に手にとれる物にしていくことが出来るようになりました。

ホンマにいい時代になりましたねぇ!

元々手作りで模型製作のお仕事をしていましたが、最近では半分以上が3Dプリンターによって制作する物に変わって来ました。

それでも、まだ手作りでの模型、造形製作が半分近くあります。

そういった技術は、もうかれこれ20年前からお仕事としてやってたんですが、独立して7〜8年は、ほとんど3DCGでした。

僕がそういった手作りでの模型製作ってのを、アピールしていなかったこともありますが、4年前に3Dプリンターを導入してから、段々と立体制作のお仕事が増えて来ています。

これって、立体制作の需要が増えてきたこともあるかもしれませんけど、3Dプリンターが良いPRになったんだな〜と思います。

「あ、この人そう言えば立体制作してたよね?」と思い出していただけたようです。

ところで、立体制作ってのは、とっても楽しい反面、素材や工具、機材の購入など、色々と仕入れが必要です。

3Dプリンターで物を作るにも、当然フィラメントや樹脂を購入しておかないといけない訳です。僕の場合、その後の工程もありますので、ヤスリやパテ、塗料等、様々な材料が必要になります。

3DCGだけをやっていた時は、ソフトウェアをPCを1〜2年に数回買い替えるくらいで、この持ち出しがほとんどなかったんですけど、立体制作をやり出したら、この素材等の購入費がバカにならない(笑)ことに、改めて気がつきます。

大掛かりな模型の制作になると、お仕事がスタートしてから、数か月かけて制作する場合もあり、その間は持ち出しで踏ん張るか、クライアント様にお願いして、素材、材料費を前払いでお願いするかしないといけない訳ですね。

〆とお支払い期間を合わせると、納品してから入金まで数か月かかる事もありますし……。

そういう忍耐力(笑)とか折衝力ってのも必要だよなぁ、なんて思います。


【___FULL_DIMENSIONS_STUDIO_____ 織田隆治】
oda@f-d-studio.jp
http://www.f-d-studio.jp


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編集後記(03/24)

●テレビはニュースと大相撲しか見ないわたしだが、「炎の体育会TV」の一部だけは、妻に呼ばれて見に行く。メンタリストDaiGoが心理戦で圧勝を続けるファイブカードのコーナーは、澤穂希、琴奨菊、高梨沙羅が出演した回を見た。心理学と表情分析学を応用した読心術で、みごとに一枚のカードを言い当てる。澤穂希は両手で顔を被うという反則技を繰り出したが、DaiGoには敵わなかった。自制心で表情を消すアンドロイド沙羅も、目の動きや瞳孔の開き具合を凝視するメンタリストに敗れた。それだけでなく暗示で誘導するテクニックも使っていた。獲物を狙う目つきと怪しげな話術は、なんとなく薄気味悪い。

DaiGo「一瞬でYESを引き出す 心理戦略。」を読んだ(ダイヤモンド社、2013)。4か月で第9刷、売れている。メンタリストとはメンタリズムを行う人である。「メンタリズムとは何か。それは行動や態度、言葉などから相手の心理を読み解き、思うままに誘導する技術のことです」。へえ、そんな分野や称号は知らなかった。心理学やNLP(神経言語プログラミング)と密接な関係のある「科学」であり「技術」であるそうだ。そして、メンタリズムと親和性が高いのがビジネスの現場であるとして、メンタリズムの活用を勧める。簡単なコツさえ覚えれば誰でも容易に使えそうだ。面白い。若い頃に出会いたい本であった。

メンタリズムの基本は、観察する、分析する、信頼される、誘導するの四つである。それぞれに具体的でわかりやすい説明がある。簡単ですぐに身につくものばかりだ。その場の主導権を1.3秒で握れる世界共通の方法があるという。「挨拶は誰よりも早くする。そうすることで、その空間をあなたが支配しているという空気、あなたの優位性を演出することができます」。最初に提示された情報が人の印象形成や判断基準に影響を与えやすいという「初頭効果」だ。昨年この本を読んでおけばよかった。12月から市のある会議に応募市民として出席しているが、スタートで黙っていたため会議をリードできずにいる。

企画書の書き方、プレゼンテーションの仕方など実に役立つ情報もたくさんあって、ビジネスパーソン(って最近言うじゃな〜い)に絶対お薦めの本である。昨日、一人全勝だった稀勢の里が一敗の白鵬に敗れた。今場所は人が変わったかのような落ち着きぶりで、今までスキをみせなかったが、立ち合いで白鵬に突っかけられて集中力が切れたのか、二度目の立ち合いに失敗し、組み止められずに土俵を割った。くやしいけど、さすがは横綱の作戦勝ちであった。少しはメンタル強くなったのかなと思わせる稀勢の里、メンタリズムを学ぶとさらに強くなるぞ。ぜひこの本を読み給え。残り四日は全勝でいこー。 (柴田)

「一瞬でYESを引き出す 心理戦略。」
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●名古屋ウィメンズマラソン続き。去年は何を持って走ったか後記を調べて注文。コールドスプレーは去年と同じく「エアーサロンパスDX」。整列中に食べたのは「スーパーヴァームゼリー」。カロリー補給は、去年元気が出た「スポーツようかんプラス」のみ。

ようかんは甘いので酸っぱいものが欲しくなる。去年は別のサプリメントにその役目をさせたが、開封しづらく手がべたついた。今年は気晴らしと塩分補給を兼ねて「塩飴」と「塩熱飴」。この二つは酸っぱさの度合いが違うので、その時々の気分で選ぶことに。

ええ、行儀の悪いランナーですわよ。おかげで帽子やウェア、顔が塩でザラザラですわよ。飴が口に残ったまま給水に到着した時は、飴+ようかん+スポーツドリンクというわけのわからない口になることも。 (hammer.mule)

エアーサロンパスDX 80mL
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スーパーヴァームゼリー
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スポーツようかんプラス
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塩飴
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塩熱飴
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