羽化の作法[13]ラブホテルでの制作・ヤマネ失踪事件/武 盾一郎

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新宿西口地下道の段ボールハウスに描き始めてから三か月目、タケヲ、ヤマネ、イチコ(僕)の三人は、平日は千葉のラブホテルに寝泊まりしながら長さ40メートルにもなる駐車場の壁に壁画を描き、週末は新宿西口地下道の段ボールハウス長屋に絵を描く生活をしていた。

ラブホテルでの制作生活はどのようなものであったのか、10月31日の制作日記に一日のスケジュールが記してある。




6:00 起床
6:30〜12:00 制作
12:00〜13:00 昼
13:00〜17:30 制作

午前5時間半、午後4時間半。一日10時間を制作にあてていた。

京葉道路脇のラブホテルなので、お客さんはほぼ車で入場する。一番初めに目に飛び込んでくる壁に、分かりやすいモチーフを描くことにした。

段ボール箱を横長になるように切ったキャンバスに描いた下書きでは「太陽が三日月を抱きかかえている」メインだったのだが、実際の壁に太陽と月のあたりをつけたら、ちょっと間が空く感じなのだ。

なんかこう、もっと雑多で無国籍な感じを出したいと三人で話し合った。

「雑多で無国籍感ってどういうんだろう?」

「ブレードランナー、みたいな」

参照:ブレードランナー


「おお、いいね!」

「で、太陽が三日月を抱いてるこの絵からどうすればブレードランナー感出せるかね?」

「言葉を書くとか。それも英語ではない」

「○好(ニーハオ)だ!」 ※○は中国語なのでメルマガでは表示できない

「○好」という文字を書くことで全員の意見が一致した。

メインのモチーフが決まって描き始めた。三日月をお姫様抱っこしてる太陽。両側には開いた扉。下には「スターウォーズ」のオープニングクロールのようにパースを付けた文字で「○好」。

参照:スターウォーズのオープニングクロール


僕らは興奮しながらメインのモチーフを描いていった。

メインのモチーフ制作と格闘して数日の夕方、見覚えのある超高級外車がラブホテルに入ってきて、作業している僕らに横付けした。左側のドアからパンチパーマの「□□」さんが飛び出してきた。

「おお! お前ら、最高だよ!」と、メインの太陽と三日月のモチーフを指差しながら、壁画の前を小躍りするように横切りながら大声を上げた。

パンチパーマの「□□」さんは続けて、「週末いわしに来な! おごるから!」と言って上機嫌で去っていった。僕たちの描いた絵はクライアントに気に入って貰えたようだった。

「いわし」とは「有限会社○○○○○」グループが経営しているいわし専門の居酒屋のことで、週末に連れて行って貰えることになったのだ。

ただ、ブレードランナー感もスターウォーズ感もまったく出ていなかったけど。

●タコ部屋暮らしの三食事情

ラブホテルでの制作生活は、タコ部屋暮らしのせいもあってか非常にストレスフルだった。

朝食は市販のレーズンパンとラブホテルに置いてあるインスタントコーヒー、昼は弁当業者の弁当、夜はラブホテルから注文できるテンヤものだった。

業者弁当はお世辞にも美味しくはなかった。ラブホテルから注文できるテンヤものは、最初だけちょっとテンションがあがったけど、すぐ飽きるのだった。

それでもまだ若いせいなのか、残すことはなく若干不味いと感じつつもガツガツと食べていた。

10月下旬からラブホテル制作を初めて二週間あたりの11月7日、制作を終えるとヤマネがいなくなっていた。

きっと近所の居酒屋にでも呑みに行ったのだろう。違う食べ物欲しいよなあ。まあ、仕方がないと思った。

それだけなら別に何の問題もないのだが、いくら待っても帰ってこない。そのうち僕は寝てしまった。

どうやらヤマネは、呑んでラブホテルに戻って来たのはいいが、駐車場で大声を張り上げて叫んでいたらしかった。

それを聞きつけたタケヲは駐車場に出て行き、泥酔して駐車場でひっくり返って叫んでいるヤマネを抱きかかえて、部屋まで引きずって戻ってきたみたいだった。

翌朝、ネゲロにまみれてるヤマネがいた。

参照:制作日記より、イラストはタケヲ
https://www.facebook.com/junichiro.take/photos/a.1053736031337950.1073741847.206228169422078/1148107898567429/?type=3&theater

とは言っても制作は順調で、11月9日の制作日記にはこう記してある。

イチコ:手がかじかむ。足先がしびれる。しかし制作はなかなかの状態になってきた。

タケヲ:きょうは疲れた。いい進み具合なのでこのまま突撃だ。あさっては新宿へ!

ヤマネ:昨日は昨日。

ヤマネが酔っ払ってひどい状態になっていたことに関して、とりたてて責めたてることはなかった。なぜならヤマネ自身、記憶がないからである。(つづく)


【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/極貧から貧乏暇なしにupgrade】

京都にある出版社人文書院から小説家・星野智幸さんの全集四巻が出版されます。装画を僕が担当することになりました。乞うご期待!
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