[4102] 気がつけば人工知能

投稿:  著者:  読了時間:22分(本文:約10,600文字)


《もうほとんどライフワークになってるかも》

■ユーレカの日々[51]
 気がつけば人工知能
 まつむらまきお

■グラフィック薄氷大魔王[471]
 「板タブ水平置き」など、ペンタブ関連小ネタ集
 吉井 宏



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■ユーレカの日々[51]
気がつけば人工知能

まつむらまきお
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160406140200.html
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最近、iPhoneのsiriをよく使うようになった。登場当初は「使えないなぁ」と思っていたのだが、コツがわかってくるとかなり使える子だ。

一番使うのは、アラームの解除。

朝、起きるのがとても苦手なので、iPhoneのアラームを時間差で4〜5個セットする。ところが起きてから、これを解除するのがとても面倒なのだ。

時計アプリを起動し、アラームタブをタップ、スクロールしてONになっている設定を全部オフにしなくてはならない。

あるとき、ふと気がついて「すべてのアラームを解除して」とsiriに頼むと、全部まとめて解除してくれた。なるほど、これは使える。電話も便利。

「○○の携帯に電話」と頼むと、一発でかけてくれる。これも当初、複数番号がある人にかけるのがどうすればいいのかわからなかったのだが、「携帯に」「自宅に」など、連絡先での設定を言えばいいとわかると、歩きながらでも簡単に電話ができるようになった。

Appleが「あなたの望み、かなえます。何でも話しかけて下さい」などと言うから、惑わされる。siriが出来ることは、基本的にiPhoneの「操作のアシスト」。だからwifiの設定など、何度もメニューをたどらないとならない画面を出すのは得意。

わかってしまえばなんのことはない、キーボードショートカットみたいなもんだ。便利便利。

●なぜか出来ないアプリの操作

ここまで出来ていて、なぜ出来ない? と思うのが、アプリ内での操作だ。

Appleの純正ソフトでは多少できるが、ほぼ全滅状態。自動操作となると、セキュリティの問題もあるだろうが、そもそも使い方として想定されていない感じだ。

たとえば、メーラーにOutlookを使っているが、これの操作ができない。iPad Proとなると、ますますアプリ内の操作がしたくなる。

スケッチアプリで「消しゴム」とか「さっき使ったオレンジ色」とか音声で指示できれば、キーボードショートカットがないiPadでの操作は、かなりはかどるはず。

次のMacOSにはsiriが搭載されるというウワサがあるが、標準アプリだけだと、ありがたみが薄い。

IllustratorやPhotoshopでこそ、音声操作が欲しい。「レイヤーをオフ」、とか「背面に送る」とか「選択領域を反転」とか「スタイルパネル開いて」とか。

よく使うのならキーボードショートカットの方が便利だが、たまに使う、しかもメニュー階層が深いコマンドは、音声が圧倒的に便利だろう。今すぐ欲しい。

●家電製品にこそ欲しい

こういった操作の音声アシストは、一般の家電にこそ有効だ。たとえば電子レンジ。お弁当を3分30秒あたためるのに、うちのレンジでは「加熱」「1分」を3回、「10秒」を3回と、ボタンを7回も押さなくてはならない。

ビデオで録画予約をするときも、何度も何度もリモコンのボタンを操作させられる。特に機械の操作が苦手な高齢者向き製品には、さっさと搭載すべきだ。

「音声で使い方を教えてくれる」「ボタンが光って教えてくれる」というのはよく見かけるが、いや、年寄りは操作が苦手なんだって。

しかし、もしそれらが製品ごとに音声アシストが搭載されると、今度は別のイライラが生じそうだ。

「冷凍チャーハン一人分、暖めて」
「私には暖め機能はありません」
「いや冷蔵庫君、君には言ってないし」

という、コントのような状況が発生する。家電それぞれのAIアシストが仲が悪くてケンカし出して、というSF小説があったような気がする。

実際、iPhoneとiPad両方ある状態で、siriに話しかけてみたら、両方が反応した。「どっちがsiri?」と聞いてみたら「決めるのはあなたです」とのたまった。やれやれ。

●すべて面倒みてくれ

すべての家電をiPhoneのsiriで操作する、というのはどうだろう? 電子レンジにではなく、iPhoneのsiriに「レンジをあたため3分半にセットして」と命令すれば、そういった混乱はなくなる。

iPadとiPhoneのsiriは別人格では困る。つまり、siriはデバイスに付くのではなく、個人に付いた方がいい。

となってくると、映画アイアンマンに出てくるコンピューター「ジャーヴィス」が、かなり理想型だ。主人公トニー・スタークが世界中どこにいようが、しゃべりかけるだけで様々なことをやってくれるコンピューターだ。

最初のアイアンマンでは、ジャーヴィスは、アイアンマンスーツのインターフェイスとして登場した。スーツの状況を逐一報告し、武器などの操作をアシストしてくれる。

3ではより活躍の場が増え、主人公が世界中どこにいても、トニーの行動をアシストしてくれる、有能な、そして人間くさい魅力的なキャラとして描かれている。

調べてみると、原作では、ジャーヴィスはコンピューターではなく、主人公の家に代々仕える人間の「バトラー(執事)」だそうだ。映画でコンピューターとして翻案されたらしい。

なるほど、バトラーか。アシスタントと執事は随分違う。

●アシスタントよりバトラーがいい

アシスタントは、いちいち仕事のしかたから教えないと使えない。だからこちらが知っていること、できること以上のことは基本的にやってくれない。

イギリスのバトラーは本来、給仕と、酒・食器の管理が仕事だそうだが、サンダーバードのパーカー、バットマンのアルフレッドなど、映画やマンガで描かれるバトラーは皆、主人の仕事・生活全体をサポートする、頼りになる存在として描かれる。

特殊技能を持ち、時にはアドバイスをしてくれ、でもでしゃばらない。

もし、siriがあらゆる家電もコントロールしてくれるようになった時、主人が電子レンジに猫を入れて「温めろ」と言ったら、siriはどうするだろうか?

今のsiriなら、チンしてしまうだろうが、アイアンマンのジャーヴィスなら「わたしをからかっているんですね」と、そういう対応をしてくれるはずだ。

アシスタントとバトラーの違い。この差は何だろうか?

●EQ(Emotional Quotient)とはなにか

最近知ったのだが、心理学でEQ(Emotional Quotient)というモノがあるそうだ。IQが知能指数であることに対し、EQは心の知能指数と言われ、個人の心理、行動を測るモノサシらしい。

相手の意図を読み取れるのか。行動の先読みや波及効果をどこまで予測できるのか。それに加え、自分の状態の客観視、感情のコントロールなどをまとめて、指数化するということらしい。

ネット上にいくつも、EQテストがあるのだが、それを見てると、EQが高いキャラクター像は、相手の意図や立場、気持ちを察して行動できる、ということのようだ。

なるほど。たとえば、役人は堅物で融通が効かないイメージがある。

「税金の□□控除はどうしたらいいんですか」というような質問に対し「どこどこの部署で聞いてください」「こちらに書いてあります」とたらい回しにされるイメージがある。

こういう反応をする人はEQが低い。答えは間違いではないが、相手の立場をまったく考慮していない。

これに対し、デパートの案内などの対応はEQが高いということになる。

相手の様子を見ながら「なぜそうしたいのですか?」と、行動の前提を確認し、「それならこういう方法がありますよ」と複数の可能性を提示、さらに「ここが判断のポイント」と判断のアドバイスまで行う対応が、EQが高いということになるだろう。

ぼく自身、大学の教員を長年やっていて、経験上、学生の質問の90%は、質問そのものが間違っているということを知った。

「Illustratorでトンボをつけるのはどうするんですか?」というような質問に「こうすればいいよ」と答えるのは、教員として未熟である。

「こういう場合にはこう、こういうやり方もある」と機能を片っ端から説明するのもダメ。

「なぜそうしたいの?」と聞いてみると、そもそもトンボを付けることが、その学生が抱えている問題解決にはならない、間違った判断であることがほとんどなのだ。

学生は知っている知識の幅が狭い、経験が薄い、質問の仕方に慣れていない、自分はその学生のことをよく知らない、という前提に立てば、より的確なアドバイスができる。

どうやらEQとは、そういうことを数値化するものらしい。

だから優秀な営業マン、店員は、EQが高い、ということになる。バトラーはその代表格だ。siriのようなデジタルアシスタントが、ジャーヴィスのようなデジタルバトラーになるためには、人と接するためのEQの獲得が必要、ということになる。

今現在でも、AppleWatchのように持ち主の代謝をモニタする技術や、笑顔を認識するカメラがある。デジタルアシスタントがEQを持ち始めるのに、それほど時間はかからないだろう。

●人のEQは上がるのか

気の利いたデジタルバトラーがだれにでも手に入る。生活は便利になるかもしれないが、これはとても危険なことのように思える。

EQについて調べてみると、本来の心理学以外では案の定、企業の研修や就職支援、自己啓発というジャンルでよく使われている。

企業の採用担当者は、言われたことしか出来ない社員より、相手の立場にたって考えることができる社員を採用したいと思うのは当然だろう。

その時、EQというのはとても便利そうだ。しかし、もし、EQが就職採用の指標となってくれば、アスペルガーと言われる人はどうなるのだろう。

アスペルガー症候群は、「言葉通りに受け取る、あいまいな言い回しが苦手」「他人との距離をうまく保てない」などがよく言われるが、実際は幅が広く、また軽度〜重度まで様々らしい。

アスペルガーとか、発達障害という言葉は、大学にいると、とてもよく耳にする。学生本人や親がそれで悩んでいるというケースも多い。

実際、そういわれる人と接してみると、片寄りはあるが「多少、変わった人」程度のことで、ごく普通のことのように思える。そんなことよりも、ずるさや、悪意を持った人の方が、よほど組織や仕事において、悪影響を及ぼす。

「プロチチ」(逢坂みえこ)というマンガでは、アスペルガーの男性が仕事をクビになって、専業主夫とパート仕事の現場で悪戦苦闘する様子がコメディタッチで描かれる。

そして、彼を周りが理解していくことで、主人公も精神的に自立していく様子が描かれている。

主人公は自分が社会でうまくやっていけなかった理由を知り、知識と理屈で対処していく。まわりの人間は、彼が言葉の裏を読めないことを、個性と認識し、受け入れていく。

実際、EQというものを後天的に高めることができるのかどうか、ぼくにはわからない。先の学生への対応のように、限定した仕事であれば、トレーニングである程度「応対スキル」を向上させることはできるだろう。

しかし、アスペルガーのように、後天的に高めることができない人がいるのは事実だ。

今だって企業は「明るくほがらかな人を求めます」になっている。みんな、就職したいからそれに合わせようと、少しでも印象をよくしようとする。美術大学に来る学生の半数は内向的だから、みんな苦労する。

EQという指標は、人によって違うということを知るのにはとてもよい考え方だが、それを高めようとか、他人を判断する基準にしようとするのは、とても危険なことに思える。

プロチチで描かれているように、それは個性であって、EQが高いなら接客業、EQが低いなら他の能力を活かせる仕事、と適性を考える指標にするべきだ。

限定された業務であれば、プロチチで描かれているように、対処できることも多い。企業や職場が「できるのが当たり前」から「できない人もいるのが当たり前」に考えをシフトし、組織や仕事を見直すべきだ。

●機械のEQの方が人より高い世界

デジタルバトラーをだれもが持てる時代は、いつでも傍らにEQが異常に高いバトラーが居る状態だ。なんでもわかってくれるデジタルバトラー。それは本人には心地良く、持ち主の苦手をフォローしながら、能力を高めてくれる。

しかし、その時、人は、自分以外の人間をどう捉えるのだろう?

気が利くバトラーとばかり付き合っていると、生身の人間の話が通じなさ、気が利かなさがより、際立ってくる。そこで他人とのコミュニケーションもバトラーを通して、となってくる。

お店で店員が、利益率の高い赤い服を売りつけようとする。店員のバトラーは「この赤がとてもお似合いですよ」と相手の立場に立って、セールストークをしてくる。客のバトラーは「この店員は自分のノルマ優先で考えています」と客にアドバイスする。

うーむ、まわりまわって、なんだか、何も変わらないような気がする。本人の対人スキル、EQはどんどん下がりそうだ。

しかしまぁ、そういう時代では、社交性、社会性を求められる、今のホワイトカラーの仕事のほとんどは、存在する意味がなくなっているはずだ。

ブルーカラーの仕事が機械化により減ったのと同じように、デジタルバトラーが一般化すれば、ホワイトカラーの仕事も激減するだろう。

いやがおうにも、AIとどうつき合っていくのかという時代にすでに突入している。そして、それはデジタルゆえに、今までの産業革命などよりずっとはやく、社会を変えていくことになるだろう。

とりあえず、Photoshopのコマンドを実行してくれるまではさっさと実現してほしいが、中途半端な知識でデッサンが狂ってるだの、配色が悪いだの言うのは、当分は勘弁してほしい。


●【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学教授】
twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura
http://www.makion.net/
mail:makio@makion.net

iMac(27-inch, Mid 2011)が、かなり辛い今日この頃。買い換えを検討するも、昔と違ってspecを見ても、性能がさっぱりわからない。4kとか5kは必要ないのだけど、miniで間に合うのかなぁ? iMacレベルのminiがあればいいのに。


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■グラフィック薄氷大魔王[471]
「板タブ水平置き」など、ペンタブ関連小ネタ集

吉井 宏
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160406140100.html
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僕の連載の内容の何分の一かがペンタブレット関連。「苦手な板タブをどうにかしたい」について書くことが、もうほとんどライフワークになってるかも。最近いくつか進展というか、新しく試みたことがあるので書きます。

●板タブ水平置き

板タブ(ペンタブレット)も液晶タブレットも、紙も絵具で描いてた時も、傾けて描くのがずーっと当たり前。

基本的に絵は立てて描くもの。机と同じ水平状態で描くなんて考えられない。水平だと紙を斜めから見て描くことになるし、そもそも姿勢がキツいじゃん、と思ってた。

でも、誰かが板タブを使ってるところの写真なんかよく見るけど、たいていの人が水平のまま使ってる。おかしいな。自己流でやってきたけどいっこうに描きにくいまま。それなら、いっそみんながやってる方法でやってみたらどうか?

で、最近試みていたのが、紙もペンタブも水平状態で描くこと。びっくりした。場合によっては、とても描きやすい。

斜めで描くのとどう違うかっていうと、「手の動きが重力の影響を受けないこと」! なるべく下方に垂直に手を垂らす感覚。

クルッと丸を描くとき、ちゃんと丸が描ける。傾けてるとストロークの上向きと下向きで力の加減を変えなきゃいけないのだが、水平だとそれなしでも描ける。そうなのか、なるほど!

液タブや紙の場合、水平で描くのは姿勢がキツいし歪んで見えるけど、板タブなら顔は正面に向けたまま立てた絵を見ながら描けるからマシ。配置の都合上、キーボードが遠くなるのが難点だけど、ちょっと慣れてみよう。

●カッティングマットなしで描く

ペンがツルツルすべるのがイヤで、摩擦調整用にカッティングマットを敷いてる。Mac導入と同時にペンタブを使い始めて以来敷いてるから、24年。もちろんいろんな素材を試したけど、カッティングマット以上にしっくり来るものは見つからなかった。

カッティングマットなしで直接描くと、やはりツルツルでペンの位置が定まらないのは同じなんだけど、クルクルッと描きやすい。

カッティングマットありだと、摩擦に逆らって描いてるから形が描きにくかったのかもしれない。あと、intuosの描画面って、筆圧をかけて描くと摩擦が多少出るんだよね。

●intuosグリップペン

intuosのグリップペンが太くて苦手なので、グリップをはずして細い状態にしたものや、クラシックペンをずっと使ってる。

これまた大半の人がグリップペンを使ってるのを見習ってみようってことで、最も標準的な「水平置き+摩擦調整無し+グリップペン」で描いてみたところ、意外にいい。水平だと握ったペンがいい角度で描画面に接する感じ。

苦手なグリップペンだけど、一点だけ認めてた点がある。クルッと丸の下半分を描くとき、歪まない。グリップ先端が太くなってるせいだと思う。グリップをはずしたペンやクラシックペンではそうならない。

本気ガシガシのラフ清書には向かないとは思うけど、サラサラッとドローイングするには良い! しばらくやってみる。

ついでにintuos Lサイズではなく、ポピュラーなMサイズのほうがやってみたけど、やっぱちょっと無理だった。小さすぎる。プレシジョンモードを使えば悪くないんだけど。

●やはり毎度のスマホネックと斜め置き併用

紙の水平置きが描きやすいからと、調子に乗って数日間やってみたところ、やっぱ首がひどい肩こりに似た感じに。やっぱ姿勢に無理があるじゃないかー! と確認。水平置きの板タブだけで全部できればなあ。

・薬剤師ネット公式ブログ「急増! ストレートネック予備軍! その頭痛や肩こりの原因はスマホかも!?」
http://bit.ly/1ds6AqB

ほんと、マジこれ。数日間、紙や液タブで作業してると、首が痛いのと肩こりと、頭痛。ただ、ストレートネックって呼び方がどうにも馴染まない。首を曲げた結果が真っ直ぐって変でしょ?

重力の影響を受けずにクルクル描く以外では、傾けて描くほうが自然だし。場合によって切り替えよう。または、机の上に水平に紙を置き、立って腰をかがめて描くと首を曲げなくていいから多少はラク。ただ、腰にクルかも。

板タブを使う姿勢で最もラクなのは、アーロンチェアにふんぞり返った状態で、膝に板タブとキーボードのセットを載せて描くこと。

でも、多少右側に寄せないと感覚的に真ん中にならず、重心が安定しない。膝に板タブを置く場合、Lサイズだとでかすぎるので、Mサイズに慣れなきゃいけないのもハードル。

●おまけ1 iPad Proが描きやすいとき

摩擦用のクリアファイルの選択、Pencilのグリップの位置、使用中のブラシの設定、あと体調、などの全部が絶妙にマッチしてるときのiPad Proの描きやすさって信じられないくらいイイ。

もう紙も板タブも液タブも何もいらんくらい描きやすい。しかし、このイイ感じって数時間と続かないんだよなあ、たぶん。でも今この瞬間は絶好調。首に気をつけなきゃ。

●おまけ2 Surface Pro 4の筆圧調整

Surface Pro 4の筆圧調整が「Surfaceアプリ」でできるのは知ってたけど、位置調整が出来るのは知らんかった! コントロールパネルの「タブレットPC設定」の「調整」でワコムの四隅をクリックするみたいなやつが出る。

裁ち落としトンボみたいな交差部分を16か所もクリックしなきゃならないけど、ちゃんと調整出来たぞ! ガラスツルツル問題を除けば、普通に使えそう。


【吉井 宏/イラストレーター】
HP http://www.yoshii.com
Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/

板タブ水平置きとツルツルとグリップペン、これだけでも今までの環境とずいぶん変わった。その後、ペンの持ち方についてもちょっと画期的なことがあったので、次回に書きます。

・ショップジャパンのキャラクター「WOWくん」
https://shopjapan.com/wow_kun/

・パリの老舗百貨店Printemps 150周年記念マスコット「ROSEちゃん」
http://departmentstoreparis.printemps.com/news/w/150ans-41500

・rinkakインタビュー記事
『キャラクターは、ギリギリの要素で見せたい』吉井宏さん
https://www.rinkak.com/creatorsvoice/hiroshiyoshii

・rinkakの3Dプリント作品ショップ
https://www.rinkak.com/jp/shop/hiroshiyoshii


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編集後記(04/06)

●図書館の棚で見つけた福井雄三「司馬遼太郎と東京裁判」を読む(2006、主婦の友社)。なんとも違和感のある組合せだ。「司馬歴史に潜むあるイデオロギー」という文字も表紙にある。なんと「東京裁判史観とまったく同一、東京裁判で連合国が日本国民の意識の底に刷り込もうとした罪の意識、歴史の断絶を、司馬がそっくりそのまま代弁している」のだという。司馬ファンであり、東京裁判を認めない(といってもごまめの歯ぎしりだが)わたしとしては、これはもう読むしかないだろう。恥ずかしながら、わたしは司馬の歴史認識の背後にひそむ誤謬や落とし穴に気がつかなかった。ただただ面白く読んでいた。

司馬のライフワークは、第一部・幕末「竜馬が行く」、第二部・明治初頭から西南戦争までの10年間「翔ぶが如く」、第三部・西南戦争から日露戦争までの明治時代「坂の上の雲」の三部作である。[幕末の頃から日本の社会に巣くっていた、宗教的な狂信とでもいうべき攘夷思想が、昭和になって息をふきかえし、無智な軍人の頭脳を妄想に駆りたて、ついに大東亜戦争をひきおこして、数百万の国民を死に追いやった]という「竜馬が行く」で現れた司馬のつぶやきは、その後呪詛のようにくり返し現れ続ける。司馬は第四部・ノモンハンでその総仕上げ「昭和の日本=悪玉」を書く予定だったが果たせず亡くなった。

「司馬史観が戦後の自虐史観から日本国民が脱却するのに非常に大きな役割を果たしたといわれているが、実は東京裁判史観と根底のところでつながっている」。司馬史観は両刃の剣なのだ。日露戦争に勝った明治の日本は正しかったが、大東亜戦争に負けた昭和の日本は間違いであり、昭和前期の日本は自ら蒔いた悪の種によって自滅していった暗黒の時代だ……などというのは、あまりにも一方的な歴史観であり、東京裁判が日本国民の意識の底に刷り込もうとしたものそのままである。戦争とは、国際政治の座標軸で客観的に相対化してとらえる視点が必要だが、司馬史観にも東京裁判史観にもそれがない。

司馬史観は東京裁判の延長である。司馬自身が意識するとせざるにかかわらず、司馬の歴史観は「閉ざされた言語空間」(by江藤淳)の掌中で踊らされていたのだ、と筆者は確信する。司馬のあまりに筋道立った歴史解釈を、「合い鍵をもって矛盾を解決した歴史」と福田恆存は喝破する。「今こそわれわれは戦後教育の刷り込みや先入観から解き放たれて、日本が戦った戦争を曇りなき歴史認識で総括し直す時期に来ている」。これは心すべき重大な指摘である。とはいえ、司馬遼太郎の小説は最高に面白い。幕末以前の、史観なんて多分出てこない、鳥瞰で時代を描く痛快な小説を今後もずっと楽しむつもりだ。 (柴田)

福井雄三「司馬遼太郎と東京裁判」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4072531901/dgcrcom-22/


●音声操作欲しい!/「ココロボ」がテレビと会話するという後記ストックが。/EQか……。自分は発達障害じゃないかと思うことが時々あるよ。

名古屋ウィメンズマラソン続き。ホテルは5か月も前から予約していたのに「あいにく満室でして、禁煙ルームはご用意できませんでした。消臭処理をしておきました。」とのこと。

無理ならすぐに連絡して欲しかったわ。マラソン大会に出る、気管支弱いって書いておいたのに。東京のホテルだと、こんな扱いはないのになぁ。

エレベーターのドアが開いたら、めっちゃタバコの臭い。部屋は消臭されていると信じてドアを開けたらフロアより臭い。これ絶対消臭なんてしてないって。

去年の別ホテル「トイレのボタン激重+のぞき窓にトイレットペーパー」に続いて、今年もこういうパターンですか……。駅前のホテルって競争しなくてもいいんだなぁ。電化製品や部屋の隅には埃が積もっていた。

少ししか開かない窓を開け、止まっていたエアコンを強にする。とにかく換気だ。そして消臭剤を壁、床、ベッドなどに吹きつける。灰皿が目に止まって激昂し、叩きつけたくなった。

言っておくが、仕事業界的に喫煙者の比率は高く、多少は慣れている。ヒステリックな嫌煙家ではない。そんな私でも耐えられないぐらいの臭いだったのだ。大会参加前で超神経質になっているという理由も加わっていた。 (hammer.mule)

ココロボの黒執事バージョンを企画した人すごいわ