羽化の作法[14]辻仁成さんのコラムで新宿段ボールハウス絵画が紹介される
── 武 盾一郎 ──

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1995年8月、新宿西口地下道の段ボールハウスに絵を描き始めてから三か月後、僕らは千葉県船橋市のラブホテルに暮らして壁画を描いていた。

ヤマネ失踪ネゲロ事件以降も、いろいろ過剰な日々が繰り返されるのだが、それらも日常化され、制作は続くのだった。悲惨系のことばかりではなく、もちろん良い事件もあった。




●辻仁成さんのコラム

11月10日、東京新聞の辻仁成さんの「本音のコラム」で、僕らの制作が紹介された。

【新宿駅の西口に、高層ビル街の下を突っ切る地下道があり、そこには大勢のホームレスが住んでいる。段ボールハウスと呼ばれる手作りの家で彼らは寝泊まりしている。その数は六百人で、平均年齢は52.5歳だ。

匂いが凄い。壁際を占拠した段ボールハウスからくる匂いに思わず鼻を摘んでしまう人も多い。都庁をはじめ、高層オフィスへ通勤している人達からはかなり嫌われているようだ。

さて、最近東京都や新宿区がそこに、動く歩道を作る計画を進めている。段ボールハウスの人々を追い出して、僅か数百メートルほどの距離に動く歩道を持ち込むのだそうだ。苦肉の策とも取れる。

ホームレスの人々の行き場を奪うと心配する反対意見に対して、賛成が大勢を占めているようだ。

区や都がどのような方針で、動く歩道の建設に踏み切るかは、用心しながら見極めるとして、先日久しぶりに現場を訪ねてみると、面白いものを発見した。

その段ボールハウスに絵を描いている連中がいたのだ。作風はヒップホップ的現代アートとでも評したくなるような斬新でシュールな絵ばかりだった。

責任者の武盾一郎さんは、画家の卵で27歳。他の二人の仲間たちとは芸大の予備校で知り合ったのだそうだ。

音楽や絵画は元来路上から生まれてきたものである。彼らが都市の回廊へ迷い込み、いつ撤去されるか分からない段ボールに筆を走らせている理由も頷ける。

彼らがホームレスの人々の問題をどう考えているかは、その絵の暖かさで十分伝わってきた。

芸術が高い敷居の向こう側へ姿を消した今、青年たちは冷風が吹きすさぶ街の中へはっきりとした声を伝えようとしている。その声の寿命は短いが、しかし志は高い。】

1997年に芥川賞を受賞する二年前である。今改めて読み返してみると、とても良く書いて頂いてありがたいかぎりです。

なんだかんだありつつも、ラブホテルでの壁画制作は進んでいった。

制作ノートより

11月17日(金)今日は晴れて暖かい。

〈イチコ(武)〉
壁が一つになって行く。ひとつの流れ、ある世界の光を放ってきている。光と影と絵と人が空間を作っている。そんな時、この風景がスクリーンに感じる。それともデジャヴュ?

〈タケヲ〉
晴れて暖かい何とも外にいるのが気持ち良い日なんだ。こんな日って体のコンディションが悪くても描くのがとても楽しいよ。まったくその通りだな。あと3台分で全部埋まる。

〈ヤマネ〉
疲れた。つかれた。ツカレタ。

●週間トピックス

とうとう師走に入った。12月1日、制作ノートにはラブホテル壁画制作が始まってからこれまでの、週間トピックが記してあった。

一週目
・201から301へ部屋移動
・黒下地完成!
・パンチパーマの「□□」さんに中華料理屋に連れて行ってもらう

二週目
・白髪ロングヘアーの社長にステーキ屋さんに連れて行ってもらう

三週目
・ヤマネ失踪ネゲロ事件
・段ボールハウス絵画制作「新宿の目」側に進出

四週目
・辻仁成さんから電話
・全体的に良い調子

五週目
・ヤマネスキンヘッドにする

六週目
・壁面全面に手が入る
・ヤマネ風邪をひく

食事のことが週間トピックになっている。よっぽど飢えていたのか。

昼は業者弁当、夜はラブホテルにある食事メニューからのチョイスだったが、そこに一品を足してくれるフロントのおばちゃんがいた。野菜等が多かった。

自分たちは気が付かなかったが、野菜が随分と少ない食事だったのだろう。僕たちは「一品おばちゃん」と呼んでいた。

今思うと、本当に有り難いことなのに、深く感謝することなく、あっさりと当たり前のようにその足された一皿を受け取っていた。

二十代、学生の頃とか、母から田舎の食べものが送られて来た時、有り難さよりも「うぜーっ」と思ってしまうことがあるが、ちょっとそれに近い感じもあった。

でも、「一品おばちゃん」とアダ名を付けて、20年以上経っても覚えてるってことは、そこに何か、母が子に食べもの贈る本能のような愛があったからかも知れない。

フロント業務の他には部屋の掃除をする人たちが働いていた。ほとんどが女性だったが、外国人もいた。なんで外国人だと分かったのかというと、「おはようございます」とかの挨拶が「オハヨゴザマス」とカタコトだったからだ。

ラブホテルで働く人たちとは挨拶程度のコミュニケーションしかなかったが、その奥に「想い」も通わせていることもあった。

12月7日、風邪も治って元気になったはずのヤマネが、また具合が悪そうだ。聞くと、掃除の仕事をしている一人がいなくなっていた、というのだ。

そう言えば、一人、若いアジア系女性がいなかった。その人は夕方になると駐車場の掃除をしていたので僕も覚えていた。交わした会話は挨拶程度だったが。

ヤマネはもうちょっとお話しをしていたようだった。一日の仕事が終わり、部屋でまったりしてる時間、あれこれと彼女のことを喋ってはうなだれていた。

12月に入ると、ラブホテルの壁画は完成へと向かい、新宿では強制撤去への緊張感が高まっていった。


【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/迷走じゃなくて瞑想が必要かも】

京都にある出版社人文書院から小説家・星野智幸さんのコレクション四巻が出版されます。装画を僕が担当することになりました。


制作過程をフェイスブック、ツイッターにアップしております。乞うご期待!

ガブリエルガブリエラ春の展覧会
代官山アートラッシュ『薔薇』展
5月3日(火)〜5月16日(月)
http://www.artsrush.jp/


今回の舞台は13月世の入り口に広がる金色野原です

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