[4111] 蝶を見たら姿勢を正す

投稿:  著者:  読了時間:18分(本文:約8,500文字)



《モラルなきマスメディア》

■装飾山イバラ道[176]
 蝶を見たら姿勢を正す
 武田瑛夢

■crossroads[13]
 「世論」を取り戻せ
 若林健一

■デジクリトーク
 災害は他人ごとではありません
 あい




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■装飾山イバラ道[176]
蝶を見たら姿勢を正す

武田瑛夢
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160419140300.html
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パソコン環境が変わって、椅子は従来のままで足置きを追加して高さを調整した。姿勢のことを考えていて、Webで「立腰 りつよう」という言葉を見て気になったので検索し、腰骨を立てて姿勢を正すのはとても大切という森信三氏のWebの記事を読んだ。

そして、あの今でしょの林先生も「躾で一番大切なのは『姿勢』」と伝えていた動画があったので見てみた。

簡単に言うと「6歳〜10歳の脳の大きさが決まる時期に姿勢よく過ごすことの大切さは、その後の人生を変える」というようなことだった。

その中で、人類の進化と子供が大人になるまでの成長過程は、同じような道筋を辿るというような話があった。

赤ちゃんはハイハイする時期を経て、立ち上がって大人になる。人類は原人の頃は腰を曲げて歩いていたけれど、姿勢が伸びて頭を背骨の真上に置いて歩くことによって脳の大きさを獲得した。

この姿勢が脳に与える影響は多大なものだという。ある意味あたりまえのようだけれど、姿勢を正すことが一生を決めるとまで熱弁されると、もっと大事に姿勢について考えてくれば良かったという気持ちになった。

●その時しかないこと

幼少期はまだ脳を作っている途中なのだから、血流や神経の伝達が良い状態にすることが自分の基礎を作るということだ。想像してみると、もし植物の茎に値札がぶら下がって曲がっているままだったら、まっすぐ伸びた茎よりも大きな花はつけないだろうと思える。

成長期というのは取り返しがつかないのだから、出来上がった後ではなく、作っている時の大切さを肝に銘じないといけないのだ。

私は以前、サナギから育てていた蝶の羽が広がらないことを相談していた、掲示板の質問を読んだことを思い出した。蝶がサナギから羽化する時に、シワシワの羽を伸ばすのに時間がかかりすぎると、その羽はもうその後も広がらないという話だ。

蝶がサナギの殻を破って出てくるのは、小学校時代にテレビで何回も見た。体の形を大幅に変える生き物の不思議さは強く印象に残っている。

Wikipediaで「羽化」の記事を読むと「蛹から出た直後は翅はしわくちゃで、体液を送り込むことによって翅を伸ばす。そのため、翅が伸びるための十分な空間がない場合、翅が充分に伸びず、その後の活動が出来なくなる。」とある。

さらっと書いてあるけど最後の言葉、怖いですね。その時点で成長においてその時しかない、本当に大事な時間なのだ。

掲示板では、その蝶は羽化に失敗したんですね、というような質問の答えが書いてあったけれど何と切ないことだろう。その蝶は飛んだことがなく、もう飛ぶこともできないのだ。

●まだ間に合うこと

しかし、人間の場合は、脳が大きくなるまでにそこそこ時間がある。これを読んでいる人はもはや大人に違いないので、今までの自分のことは反省するなりしかない。

でも、何とか周りの小さい子や、まだ間に合う人に目を向けてアドバイスして欲しい。昔はおじいさんおばあさんに姿勢を正せ! と口がすっぱくなるまで言われた時代があった。今は核家族で親世代でも姿勢についてそこまで言わなくなった。

姿勢を正しなさい、の具体的理由が広まっていないことにも原因があると思う。「脳の成長を良くしたいでしょ!」と言えばいいのだ。

ただ、成人だって姿勢が大事だということは、高齢の母を見て私が思うことでもある。人間は幼少期に立ち上がって脳を大きくするけれど、長いこと生きて高齢になると今度は背中が丸くなっていく人が多い。

骨や関節が弱くなるので仕方ない部分もあるけれど、なるべくなら姿勢はまっすぐを保つことが、老化を緩やかにするのは間違いないのではないかと思う。

私たちは脳の大きさや質はもう既に決まってしまったかもしれないけれど、脳細胞は日々入れ替わっているだろうし、姿勢を正して血流の状態を良く保つ覚悟をすることは可能だ。

習慣づけるということだけれど、既に大人な私達の場合はもう「覚悟」や「肝に銘じて」、「天に誓って」などの類で気合いを入れないと、骨に染み込んだものを変えることはできない。それが姿勢の恐いところだと思う。

義理の母の場合は、立って普通に歩ける状態から車椅子になり、その後寝ている時間が多くなっていった。

一日のうちでも、寝姿勢の時よりは車椅子で姿勢を保っている時の方が、意識が明瞭で会話の質が全然違っていた。とてもしっかりして、いくらでも昔のことを思い出して話をしてくれることもあった。

できるだけ座る時間を取ることが、日々の目標でもあった。首が脳を支えているだけで、これだけ意識が変わるのかと驚くことが多かったのだ。

私自身も脳を存分に育てられたかは自信がないけれど、これから良い姿勢で生きて行く覚悟を持つことはできる。

手頃な方法としては、荷物はリュックだと姿勢が自然と良くなる。椅子に置くだけで姿勢を意識できるクッションも多く出回っている。大リーグボール養成ギブスのような姿勢矯正ベルトを買うもよし、椅子の背部分に寄りかかったら痛いものをつけてもいいかもしれない(笑)。

バランスボールを椅子代わりにするのも良さそうだ。どんなことをしてでも姿勢を意識できればいいのだ。ちょっと強烈すぎるような意識改革でもない限り、つい元の姿勢に戻ってしまいそうだから。

私の場合は、関連付けて思い出せるように、蝶のシールを机に貼っておくのもいいかもしれない。

まだ高齢でない人も、寝ているよりは座り、座るよりは立ち、立つよりは歩く。「出来ているうちは」という枕詞がつくけれど、出来るなら頭をより高くして過ごすことが、バリ3の状態で脳にフルパワーをみなぎらせてくれるのだ。

お義母さんが教えてくれた、これらのことを肝に銘じてやっていきたい。


【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
http://www.eimu.com/

初めて胃カメラを飲んだ。苦手なものに加わった。もう二度としたくないけれど、した方がいいということはわかる。体験談をいくら読んでも、自分の場合というのはやってみないとわからないものだ。


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■crossroads[13]
「世論」を取り戻せ

若林健一
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160419140200.html
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こんにちは、若林です。熊本・大分地域で発生した大地震に際し、被災されたみなさまにお見舞い申しあげます。

お見舞いを申しあげたところで何の意味もないのですが、今後自分ができる限りのことをするつもりですのでご容赦ください。

地震が少ないといわれていた関西で育ち、阪神淡路大震災で自分にとっての最大の地震、震度4を経験した程度の私でも、それ以来小さな揺れにも敏感になりました。

今回、どれが本震なのかわからないほど規模の大きな地震が頻発していることを思えば、その心労は想像を絶します。一日も早く穏やかな生活が取り戻せますように。

さて、阪神淡路大震災以降、災害が起こるたびに批判されている報道関係者のモラルなき行動が、今回も繰り返されているという情報がネット上ではやり取り沙汰されています。

事実関係の確認が困難なので、具体的な項目を挙げることは避けますが、実際に本人や所属機関から謝罪コメントが発せられていることから、いくつかは事実であると思われます。

彼らは画面や紙面ではきれいごとを並べているものの、その行動の根本は「視聴率や発行部数を稼ぐためのネタ」が集めであるというのは明らか。

普段は政治家や有名人のスキャンダルを糾弾し、「報道の自由」「言論の自由」を掲げて正義の象徴であるかのように振る舞っている彼らですが、その本質は推して知るべし、彼らこそが糾弾の対象になるべきです。

報道機関、マスメディアが自分たちの主張の後ろ盾としてよく使うのが「世論」。本来「世論」というのは世間一般の意見のことであり、あるテーマについての大多数の意見や共通認識のこと。

これは発達した情報流通の上に成り立っているわけで、情報流通を支えている「マスメディア」が「世論」の形成を支えているということになります。

しかし、その「マスメディア」自身のモラルに疑いがあるとき、彼らが主張する「世論」も疑ってかからなければなりません。

私たちは、私たちの共通認識であるはずの「世論」を「モラルなきマスメディア」に単なる「飯のタネ」として扱われているのではないでしょうか。

モラルの低いマスメディアなんて、社会悪でしかない。そんな彼らから「世論」を取り戻したい。


【若林健一 / kwaka1208】
Web: http://kwaka1208.net/
Twitter: https://twitter.com/kwaka1208


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■デジクリトーク
災害は他人ごとではありません

あい
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160419140100.html
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熊本、大分でまた大きな地震が起きました。今も余震が続いています。私は阪神淡路大震災の被災者です。他人ごとには思えず、テレビに見入りながら、胸が苦しくなります。

かつて経験したことが心の奥底の、無意識の域に住み着いているようで、その時の思いがわきあがってきます。

阪神淡路大震災というとよく出てくる、高速道路がひっくりかえった、映画の1シーンのような映像があります。わたしは、その真ん前のマンションに住んでいました。ちょうど断層の上で、周囲の木造の家はほとんどがつぶれ、下敷きになって多くの方が亡くなりました。

1月17日の日が昇り、空を見上げると高速道路の路面が見えたのですが、あたりは異様に静かだったのを覚えています。

                 ◆

今朝、普通に通勤の電車に乗って、混雑する駅を歩きながら、なんで私はこんなふうに普通に歩いているんだろう。余震におびえて時間を過ごしている人々がいるのに……と違和感を覚えました。申しわけないと……。

そのわけは、震災後、その逆をずっと感じていたからです。ある程度日にちが経って、交通機関が復旧してきた頃、10分も電車に乗れば、そこではみんな従来と何の変わらない生活をされているのです。

神戸の人はすぐにわかりました。みんなおしゃれとは縁遠いパンツスタイルでスニーカー、リュックまたはショルダーバッグ。そんな状況が数か月ではなく年単位で続いたと思います。

                 ◆

我が家は7階建てのマンションの7階でした。あの重い冷蔵庫をはじめ、すべての家具は倒れまるでミキサーにかき回されたように、家の中のものがぐちゃぐちゃになりました。一部屋はまったくドアが開かず、かなり落ち着いてきた半年後、ドアをのこぎりで切って、中に入りました。

正直、家の中に居れたものではありません。余震もかなり来て、もうこわくてこわくて、みんながいるところに逃げるのが精いっぱいでした。我が家から5分のところに実家のマンション(築18年)があったのですが、階段が階段の形をしていませんでした。ぼろぼろに崩れていました。

そして、映像ではけっして見せられない修羅場も見ました。家族が大けがをしたので、頭をえぐられる大けがをされた近所の人と一緒に病院に連れていくと、病院はぺちゃんこで、前の広場に病人やけが人がゴロゴロと並べられ、お医者さんや看護婦さんが必死で処置していました。

手が足りないので自分でやってくれと言われ、消毒薬と包帯をわたされました。すぐ横で「お父さん目を覚まして」と泣き叫ぶ女性の声……心にやきついています。

私の家のすぐ近くにあった小学校では、水はまったく出ません。もちろん電気もつきません。復旧が一番遅い地域でした。水道が出るようになったのは2か月後、電気やガスはもっと遅く3月末くらいだったように思います。

私の車(四輪駆動)が青空駐車場においてあったので、こわれずに動きました。通れる道を探して、遠くの運動施設に避難しました。そこは水も電気も通っていました。その後、私は車で親戚の家に避難して3月末に家に戻りました。

今回、地震が起きて熊本に住む友人に即連絡をとり、伝えたのが、まだ水道の水が出るならすぐに水をためたほうがいいというこということでした。

ガスや電気がなくても、なんとかなります。救援物資も届きますし、炊き出しも行われます。飲み水は配給されるでしょう。でも、生活用水がないというのは本当に大変なことです。

手も洗えない、汚れを落とすことも出来ない。なによりも困ったのはトイレです。水がないとトイレが使いものにならないのです。避難所でもそれが大きな問題でした。何週間かして自衛隊がきて、トイレを設営してくれたそうです。

書いていると、あれもこれもと思い出します。ひとこと言うなら、地震に限らず災害は他人ごとではありません。普段の生活の中で、災害が起こった時はどうすべきか、何を準備しておいたほうがいいかを考え、すぐに実行すべきだと思います。

世間とは、被災地に関する報道量が減ると、そこはもう普通に戻ったと思うようです。でも、元に戻るにはかなりの年月がかかります。10年。20年。そういったこともわかってほしいと思います。

追記:私の記憶の中に日本と近い経度の南半球で大地震がおこると、必ず数か月の間に日本に地震がおこるというのがあって、この3月にインドネシア沖で大地震がありました。その時、あっ、また日本で大きな地震がおきるかもと思いました。あたってほしくないけど、今回もそのとおりになりました。


【あい】WEBプランナー デジクリ創刊以来の読者


◆昨年の6月に、大地震と風呂の水について後記で書いたところ、即反応されたのが、大震災被災者だったあいさんでした。何度かメールのやりとりを交わし、そのうち体験談を書きますというお約束をいただきました。

4月14日21時26分、M6.5の地震が熊本で発生しました。翌15日、あいさんから「今こそ書くべきだと思いました」と、このテキストが届きました。(柴田)


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編集後記(04/19)

●外山滋比古「老いの整理学」を読む(扶桑社新書、2014)。“重版出来”どころではなく、約半年後に第8刷である。判と刷の関係はいまは曖昧になっているらしいので、よくわからないが、ものすごく売れているということだ。かつて「思考の整理学」が186万部の大ベストセラーとなり(わたしも読んだが内容は完全に忘れている)“知の巨人”と称されていた筆者も、いま91歳。シェークスピアの「日々にわれわれは賢くなりゆく」を、高齢者向きのすばらしきスローガンとして挙げて、人の老いかたについて考えを披露する。「自慢ではないが“華麗なる加齢”のつもりである」というが、もちろん自慢である。

「健康法として、威張って、自慢してという手がある」ことを知らずに「多くの人が原因不明の心身の故障を背負い込むことになった。医学はそれに対する療法を求めようとはしない。われわれ老人は自力更生、新しいストレス対処の方法を考えなくてはならない立場に置かれている」から、「これまで、威張ってはいけない、自慢はみっともない、と決まっていたのだが、世の中が大きく変わって、これまでの常識が通用しなくなっただけでなく、逆のことがよいのだという発想の転換を求められている」ので「とりあえず実行しやすいところで、威張るもよし、自慢も悪くない、をモットーにする」というのだから。

いまは“敬老”の文化が消えてなくなりかけているから「威張って、ストレスをなくすことで、いきいきとした心身にするのは、よいことである。他人に不快感を与える点は、この際、目をつむる。そうすれば活力ある老年になる」と相当な身勝手だが、ストレスが病気を招くそうだから一理ある。老人をへたに抑圧し、内攻させると心身の障害を招くことになりやすい。かえって面倒なことになるから、ハタ迷惑であるが、このさい好きなようにさせるがいい。こんな虫のいいことを主張するところは、さすが老人の達人。活発に、頻繁に腹を立て、怒り、ぶちまけるのを心がけるのは、新しい養生訓であるとまで言う。

感心したのは、筆者は80歳になってから炊事を始めたことだ。奥さんの身体が不自由になったので、自分がやることにした。料理は楽しく、研究熱心でなかなかの進歩を見せ、10年経過して、普段やっている血液検査でH(高すぎる)L(低すぎる)が検査表から消えたという。「本は“風のように読む”のがいい」と言う。熟読するのではなく、さらっと上辺をなでるように読む。わたしもそのようにさらっと、この新書を30分で読んだ。要するに、体力が衰えても、気力がしっかりしていれば矍鑠たる人生を送ることはできる、ということが書かかれている。書いた本人は気持ちよかっただろうな、そう思うだけだ。(柴田)

外山滋比古「老いの整理学」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4594071503/dgcrcom-22/


●一日中座りっぱなしなので、腹筋背筋が衰え、すぐに猫背になってしまう。最近入れたiPhoneアプリ『Standland』で、一時間に80歩は歩こうとトライ。お茶を入れにいった後、80歩にするため意味なく歩き回ってみたり。立ったかどうか統計がとれるApple Watchが欲しくなってきたよ〜。

「お見舞いを申しあげたところで何の意味もないのですが」。そうなんだよなぁ(涙)。そして今現在進行中で……。/あいさん、声をあげてくださってありがとうございます。リアルな言葉は、後の世代にも伝わっていきます。/「思考の整理学」は本棚にあるけど中身忘れてる……。

以前書いたけれど、お風呂の水は入浴後すぐには捨てないようにしている。汚いとはわかっているけれど、入浴前に抜き、掃除をしてからお湯を入れる。理由は非常時のトイレ用。湯船に蓋をして、24時間換気をしているからか今のところカビはなし。

トイレ関係が苦手で、すぐに我慢しようとしてしまう。慣れていかなければ。そのせいでキャンプに行きたくないし、中国旅行を断り続けていた。上海は整備されていると聞いたので行くことはできた。雑伎団を見に行ってドアはあるものの、溝が繋がっているトイレ初体験をしたから、これはもう大丈夫。マラソンのため、仮設トイレにも入れるようになった。

仮設トイレといえば、建設現場のものであっても、大きなプロジェクトのって水洗にするのね。長期かつ大人数が使うんだもんね。そりゃそうか。

近所の避難所はマンホールトイレが導入されたらしい。ありがたい。普段は自転車置き場で、災害時にはトイレになる製品があると友人から聞いた。気がついていないだけで、役所には導入されているかもしれない。 (hammer.mule)

Standland
https://itunes.apple.com/jp/app/sutandorando/id1033409631?mt=8&uo=4&at=1000lbV2

座りすぎのあなたを、小さなスタンド仲間たちが応援します!
http://flaskapp.com/ja/standland/

Apple Watchはあなたが立ち上がって動いたことを感知します
http://www.apple.com/jp/watch/fitness/

マンホールトイレ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%A4%E3%83%AC

下水道直結型トイレ
http://www.sservice.co.jp/field/disaster/manhole.html

ETルーフ。災害時にはトイレになる自転車置き場
http://www.nichipure.co.jp/showroom/etroof.html

建設現場における仮設トイレの事例集(国土交通省)
http://www.mlit.go.jp/common/001103629.pdf