[4124] ナスがママならキュウリはパパだ

投稿:  著者:  読了時間:14分(本文:約6,500文字)



《ネットに時間を吸い取られる》

■私症説[81]
 ナスがママならキュウリはパパだ
 永吉克之

■晴耕雨読[23]
 本が手に入らない話
 福間晴耕




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■私症説[81]
ナスがママならキュウリはパパだ

永吉克之
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160520140200.html
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●なすがまま

新聞の写真やニュース番組の映像で、大規模な自然災害の被害状況を見るたびに、浮かぶ言葉だ。

東北の深傷もまだ癒えないというのに、それに飽き足らず、今度は九州に深傷を負わせる。地震だけではない。津波、台風、豪雨、火山の噴火など、まさに自然のやりたい放題。

人間「こんなに建て込んだところで地震を起こされると、大災害になります」

自然「どこで起こそうが、わしの自由だ。指図は受けん」

人間「高齢者や子供や障碍者もいるんですよ」

自然「知らん。わしはわしのしたいようにする」

人間「原発があるんですけど」

自然「それはそっちの都合だ」

人間「家も財産も失くした人たちはどうやって生きて行けばいいんですか?」

自然「そんなこた自分らで考えろ」

頑迷固陋な老人と変わらないが、ひとつだけ違うのが、自然には悪意も善意もないということだ。

●A bull in a china shop

周囲の迷惑を顧みない乱暴者を意味する英語の諺である。直訳すると、「瀬戸物店にいる雄牛」。

壊れやすい陶磁器がびっしりと並んでいる店に、牛さんが巨体を揺らしながら入って来たら、店員は気が気ではないはずだ。人語は通じない。追い出す力もない。頼むから、おとなしく寝ていてくれと祈るしかない。

しかし、牛さんには牛さんの都合があって、寝てばかりいるわけにはいかないから、店の中をのたりのたり歩き回ることもあるだろう。たまたま角の先が陶磁器に触れて、陳列棚から二、三枚落として割ることもあれば、胴体が当たって、棚を倒してしまうこともあるだろう。

無論、牛さんに悪意はない(と思う。動物に悪意や善意はないと証明することができない限り、この結論は留保すべきだが、そんなこと言ってたら先に進めないので、こういう問題は無視する)。

牛さんにしてみれば、高価な陶磁器が並べられている棚も、牧場の柵も変わりがないのだ。ちなみに私は、Amazonで買った、千円足らずの腕時計を使っているが何の不都合も感じない。腕時計ごときに何十万もつぎ込む人の神経が理解できない。多分、私の実体は牛なのだろう。

●自分地震

人間にとって最も身近な自然といえば、自分自身である。人間と自然を相対するもののように考えがちだが、人間も自然から生まれたのだから、自然の一部である。脳髄も含めて人間の体は大地であり、魂はその上に住む、名もない何かである。

好き好んでガンになったり心筋梗塞を起こしたりする人はいない。するしないの選択が許されないのだから、疾病も自然災害である。

われわれは、いわゆる自然災害だけでなく、《自分災害》にも備えなければならない。しかし備えるといっても、自分自身のなかに震源を持つ《自分地震》は避難する場所がない。

もう三十年ほど前のことだが、下腹部が、マグニチュード7.6の自分地震に見舞われたことがある。腸捻転かと思って、正露丸(旧称・征露丸)をたらふく喰ったが、まったく効果がない。ちなみに、腸捻転に正露丸は効かない。

下っ腹をあちこち圧してみると、どうも盲腸あたりに震源がありそうなので、ひょっとしたらと外科で診てもらったらやはり虫垂炎で、翌日ぶった切った。

「ほらこれ」と、膿盆に載った自分の虫垂を執刀医に見せられたが、三十年も連れ添ってきたのに初対面という、奇妙な関係にある相手にどういう言葉をかければいいのかわからず、われわれは気まずい雰囲気のなかで言葉も交わさずに別れた。

もうひとつの自分地震は朝にやってきた。目覚めると、左側の腰に違和感があるので、起き上がって左脚をさすると、長時間正座した後のように、皮膚感覚が鈍麻している。そこで立ち上がろうとすると、経験した者しか解らないだろう痛みが左脚を爪先まで貫いた。

いわゆる座骨神経痛で、二週間ほど、ほぼ寝たきりになったが、そのタイミングを狙ったかのように、身内の金銭トラブルに巻き込まれて、激痛に唸りながら、パソコンで必要書類を作ったのを思い出す。

それから七〜八年経った今でも、たまに余震に見舞われる。左側の腰に少しでも違和感を覚えると、右側に体重をあずけるような体勢をとって、だましだまししながらなんとか仕事をしている。

まったく、自然の「なすがまま」。

人間「ソバなんかでアレルギー反応起こして死ぬ人がいるんだよ」

自然「アレルギーとは、体内に入ってきた抗原と闘う免疫反応なのです。死のうが生きようが、生体を護るために断乎闘う覚悟であります!」

人間「列車の脱線転覆事故で心身ともに傷ついてるのに、そんな体験をフラッシュバックで甦らせるって、ムゴいと思わない?」

自然「同じ被害に遭わないようにすべく、不快な体験ほど記憶に残りやすくし、警戒しております!」

人間「すでに子も孫もいるから、もう生殖行為をする必要はないし、それに高齢で男の器官が機能しなくなってるのに、なんでこういつまでも性欲につきまとわれなきゃならないんだ、おい」

自然「退役してからも、種を絶やさないために予備役として性欲は常に装備しておかなければなりません! 個体は種に奉仕しなければなりません!」

融通の利かない軍人のようだ。

●天災バガボン

自然物であるところの人間が作ったものであれば、エアコンであれ自動車であれ核兵器であれAdobe Photoshopであれ、みな自然物である。「人工物」「人災」などというのは便宜上の言葉でしかない。

政治の世界も同様。トランプ現象も自然現象。大金持ちの素人政治家が、アメリカという絶大な国際的影響力を持つ国家の最高指導者になって自国を破滅させようと目論んでいるが、それが実現してアメリカが破滅し、日本も道連れになったとしても、それは自然災害、あるいは神仏の意志なのだから、もうそれでいいのだ。

これでいいのだ〜これでいいのだ〜
梵梵薄伽梵薄伽梵梵
天災一家だ〜薄〜伽梵梵!

──「天災バガボン」オープニングより(薄伽梵=バガボンは仏の称号)

私は裸で母の胎から出てきた。
また裸で私はかしこに帰ろう。
主は与え、主は取られる。
主の御名はほむべきかな。

──旧約聖書ヨブ記一章二十一節より

あらゆる物事はみな最善である。

──ゴットフリート・ライプニッツ


【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp

このテキストは、ブログにもほぼ同時掲載しています。
・ブログ『無名藝人』
http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz

・小説非小説サイト『徒労捜査官』
http://ironoxide.hatenablog.com/

・『怒りのブドウ球菌』電子版 前後編 Kindleストアにて販売中!
http://amzn.to/ZoEP8e


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■晴耕雨読[23]
本が手に入らない話

福間晴耕
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160520140100.html
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この前、散歩していて昔よく寄った本屋さんの側を通ったら、いつの間にか閉店していた。街の本屋さんだけではなく、最近は紀伊国屋書店新宿南店の縮小や、新宿三越にあったジュンク堂の閉店など、大型書店の閉店の話をよく聞く。

このように少しずつ本屋さんが周りから減ってきたような気がするが、みんなは何処で本を買っているだろうか?

幸い自分の住んでいるところは都市部なので、それでも本屋さんは近所にあるし、雑誌などならコンビニで買うという手もある。しかしちょっとマイナーな本になるとコンビニはもとより小さな書店には置いてないし、まして専門書となると絶望的だ。

そんな訳で最近はAmazonで買うことが多いのだが、一部の本を除いて中身を確認出来ないし、何よりも本屋でありがちなブラブラと店内を歩いて、たまたま面白い本を見つけるという醍醐味がないのは物足りない。

もちろんAmazonでは、おすすめ機能でこれまで買った本の傾向から勝手にお勧めの本を見つけ出してくるという機能があるが(これが意外と侮れなくて結構面白い本を見つけてくる)、好きな物ばかり食べて偏食になるように、自分の好みを元にしていると、いつの間にか偏ったものばかりになってしまいそうで心配だ。

何よりも、過去の自分の買った本の履歴が残るのが嫌だという人も多いだろう。

そんな事もあり、更に本を読む時間がいつの間にかネットに食われているせいもあって、いつの間にか本自体を買うペースも落ちてきたような気がする。

そして、もう一つ本に関わる悩みとしては、いざ欲しい本があってもなかなか手に入らない事である。

確かに書店で予約をしたり、Amazonなどを使えば出版されている大抵の本なら手に入りそうな気がするのだが、意外にもけっこう色んな本を手に入れ損なっている。

一つは出版不況のせいなのか、最初に刷ってしまうとよほどの事がない限り増刷がかからない事だろう。特にマイナーな雑誌や、専門書は在庫が切れてしまうと増刷は絶望的なので、初版を逃してしまうとまず手に入らない。

また、たとえ多くの部数が出てても、週刊誌などは前の号を刷り直す事はまずないので、ある雑誌に載った凄く面白い記事や特集があったら、見つけた時に買わなければならない訳だ。

そして、最近多いのは逆にあまりに話題になってしまうと、需要が供給を遥かに上回ってしまい、いつまで経っても品薄で手に入らないと言うケースである。

それでも本は比較的増刷し易いのでまだましだが、これが再生産に時間のかかる模型や玩具になると、時間をかけて増産したころにはブームが終わって、巨大な在庫を抱えるリスクがあるせいもあって(余談だがバンダイは初代たまごっちでこのパターンにはまって大赤字を出した)増産してもホンの少しずつだったりして、何時までたっても品薄が解消されないのである。

最近では日本会議と自民党や安倍政権との関係、宗教団体関係者とのつながりなどをまとめた「日本会議の研究」(http://www.amazon.co.jp/dp/4594074766)がこのパターンで、更に書かれた日本会議が日本会議事務総長の名義で扶桑社に申し入れをしたせいもあって、出版停止になるという噂まで流れてますます手に入らないというパターンになっている。

そんな訳で、最近ではとりあえず気になった本は買うという事にしているのだが、相変わらずネットに時間を吸い取られる状態が改善しなせいもあって、ますます積読が増えてしまっている。


【福間晴耕/デザイナー】

フリーランスのCG及びテクニカルライター/フォトグラファー/Webデザイナー
http://fukuma.way-nifty.com/

HOBBY:Computerによるアニメーションと絵描き、写真(主にモノクローム)を撮ることと見ること(あと暗室作業も好きです)。おいしい酒(主に日本酒)を飲みおいしい食事をすること。もう仕事ではなくなったので、インテリアを見たりするのも好きかもしれない。


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編集後記(05/20)

●2012年に刊行された宮部みゆき「ソロモンの偽証」は4700枚三部構成の長編で、文庫本でも6冊になる。そんな分量読めるものかと思っていたら映画化され(2015)、DVDも旧作棚に出てきたので上下巻を二晩かけて見た。事前には何の情報も見ない聞かない。だから、すべて見終わるまでは全貌は分からない。見終わっても実はよく分からない。ここでネットに行って、驚くべき事実を知る。誰もが芸達者だった中学生役は、日本映画史上最大規模のオーディションで選ばれた殆ど新人ばかりだったということだ。主役の藤野涼子でさえ、エキストラ以外の演技経験はない。脇に回ったベテラン俳優もなかなかナイス。

みんな演技がうまかった。日本映画を舐めているわたしでさえ、この映画は本当に役作りがよくできていると思う。それをうまく動かせたかどうかは分からないが。中でも、主役の藤野(藤野役)、板垣(神原役)の演技は素晴らしい。こんな整った顔の男女が実在するんだという驚きも。中学校で起きた男子生徒の謎の転落死は自殺か他殺か、隠された真実を求めて、中学生が学校内裁判を開廷するという、映画で描かれる昭和の時代も今も、まずありえない設定である。これはある意味ファンタジーだろうか。弁護役・神原がどう説得したのか、容疑者の不良(演技うまい)も出廷を続ける。仲間二人はなぜ出てこないのだ。

不良どもに苛められる同級生を見ながら身動きできない藤野に「見て見ぬふりはやめよう。正直に言えば。自分も苛められるのが怖かったのでしょう。卑怯だよ、藤野さん」「そういうの口先だけの偽善者だっていうんだよ。お前みたいのが一番悪質なんだよ」と口撃し、藤野に涙させる柏木。お前が言うか、と激しく怒るわたし。かわいい藤野さんを傷つけて、コノヤロー、えらそうに人を非難ばかりするお前は何様だよ。イヤな奴だねー。死んだのはその柏木であった。自殺か、事故か、それとも誰かに突き落とされたのか。板垣と柏木ふたりの関係を表すシーンでも、異常な奴でしかない柏木。サイコパスっての?

これほど共感を得られない人物像も珍しい。警察には自殺と断定されたそんな奴の死の要因を追及して、どう面白い映画になるのか心配になった。学校内裁判という奇天烈な構想は確かに面白かったし、この事件で人生を狂わせた大人たちを多少でも救済したところはよしとよう。虚偽の告発状を書いた根性が悪い樹理と、そのバカ母も責められるべきだが、曖昧に終わるのがモヤモヤ。裁判の意外な展開に、藤野が神原に向かい「あなた何者なの?」と問うシーンは見せ場だ。中学生役のみんな、うまいなーと思って見ていたが、ふと我に返ったら、これが中学生? 高校生に見えますけど〜。まあいいか。 (柴田)

「ソロモンの偽証」オフィシャルサイト
http://solomon-movie.jp/

●名古屋ウィメンズマラソン続き。時たま、名古屋の景色を見て去年のことを思い出したり、チアや和太鼓を楽しんだりはした。一番嬉しかったのは、先にハーフをゴールした人たちが並び、手を出して待っていてくれたこと。

ゴールした嬉しさや達成感が顔に出たとびっきりの笑顔で、その先を走る私たちを応援してくれている。さっきまで同じコース走っていたんだもんね。今の私たちのしんどさ知ってくれているもんね。

前ブロックから脱落してくるグループ走者らは仲間を励ましつつ走る。あるグループはきつかった。25kmぐらいからだったろうか。

横に並んで壁を作る上に、「○○(名前)〜! まだまだ行けるわ! 声を出して」みたいなのを大声でずっと叫び続ける。「イッチニ、イッチニ」とかけ声をかける。横に並ぶのは2人までにして欲しい。

人によるのだろう。私は仲間に迷惑かけるぐらいなら、別れてマイペースで走りたい。それで関門で切られてもいい。練習ならまだしも、本番なんだもの。人のペースで走るなんてしんどいよ。遅い人にも、速い人にも合わせるのは。

団体競技が苦手だったんだよなぁと思い返す。自分の失敗で負けるつらさに耐えられない。上手くてたまに失敗する程度なら耐えられるんだろうけれど、大抵下手組。早生まれのよくあるアレですわ。

自分が「まだまだ行けるわよ」と叫ぶ側なら、しんどくないのかもしれない。みんなで一緒にゴールしようと思えるのかもしれない。劣等生側からだと、もし私のせいで皆がゴールできなければと思っちゃうよ〜。 (hammer.mule)