私症説[81]ナスがママならキュウリはパパだ/永吉克之

投稿:  著者:  読了時間:6分(本文:約2,700文字)


●なすがまま

新聞の写真やニュース番組の映像で、大規模な自然災害の被害状況を見るたびに、浮かぶ言葉だ。

東北の深傷もまだ癒えないというのに、それに飽き足らず、今度は九州に深傷を負わせる。地震だけではない。津波、台風、豪雨、火山の噴火など、まさに自然のやりたい放題。

人間「こんなに建て込んだところで地震を起こされると、大災害になります」

自然「どこで起こそうが、わしの自由だ。指図は受けん」

人間「高齢者や子供や障碍者もいるんですよ」

自然「知らん。わしはわしのしたいようにする」

人間「原発があるんですけど」

自然「それはそっちの都合だ」

人間「家も財産も失くした人たちはどうやって生きて行けばいいんですか?」

自然「そんなこた自分らで考えろ」

頑迷固陋な老人と変わらないが、ひとつだけ違うのが、自然には悪意も善意もないということだ。



●A bull in a china shop

周囲の迷惑を顧みない乱暴者を意味する英語の諺である。直訳すると、「瀬戸物店にいる雄牛」。

壊れやすい陶磁器がびっしりと並んでいる店に、牛さんが巨体を揺らしながら入って来たら、店員は気が気ではないはずだ。人語は通じない。追い出す力もない。頼むから、おとなしく寝ていてくれと祈るしかない。

しかし、牛さんには牛さんの都合があって、寝てばかりいるわけにはいかないから、店の中をのたりのたり歩き回ることもあるだろう。たまたま角の先が陶磁器に触れて、陳列棚から二、三枚落として割ることもあれば、胴体が当たって、棚を倒してしまうこともあるだろう。

無論、牛さんに悪意はない(と思う。動物に悪意や善意はないと証明することができない限り、この結論は留保すべきだが、そんなこと言ってたら先に進めないので、こういう問題は無視する)。

牛さんにしてみれば、高価な陶磁器が並べられている棚も、牧場の柵も変わりがないのだ。ちなみに私は、Amazonで買った、千円足らずの腕時計を使っているが何の不都合も感じない。腕時計ごときに何十万もつぎ込む人の神経が理解できない。多分、私の実体は牛なのだろう。

●自分地震

人間にとって最も身近な自然といえば、自分自身である。人間と自然を相対するもののように考えがちだが、人間も自然から生まれたのだから、自然の一部である。脳髄も含めて人間の体は大地であり、魂はその上に住む、名もない何かである。

好き好んでガンになったり心筋梗塞を起こしたりする人はいない。するしないの選択が許されないのだから、疾病も自然災害である。

われわれは、いわゆる自然災害だけでなく、《自分災害》にも備えなければならない。しかし備えるといっても、自分自身のなかに震源を持つ《自分地震》は避難する場所がない。

もう三十年ほど前のことだが、下腹部が、マグニチュード7.6の自分地震に見舞われたことがある。腸捻転かと思って、正露丸(旧称・征露丸)をたらふく喰ったが、まったく効果がない。ちなみに、腸捻転に正露丸は効かない。

下っ腹をあちこち圧してみると、どうも盲腸あたりに震源がありそうなので、ひょっとしたらと外科で診てもらったらやはり虫垂炎で、翌日ぶった切った。

「ほらこれ」と、膿盆に載った自分の虫垂を執刀医に見せられたが、三十年も連れ添ってきたのに初対面という、奇妙な関係にある相手にどういう言葉をかければいいのかわからず、われわれは気まずい雰囲気のなかで言葉も交わさずに別れた。

もうひとつの自分地震は朝にやってきた。目覚めると、左側の腰に違和感があるので、起き上がって左脚をさすると、長時間正座した後のように、皮膚感覚が鈍麻している。そこで立ち上がろうとすると、経験した者しか解らないだろう痛みが左脚を爪先まで貫いた。

いわゆる座骨神経痛で、二週間ほど、ほぼ寝たきりになったが、そのタイミングを狙ったかのように、身内の金銭トラブルに巻き込まれて、激痛に唸りながら、パソコンで必要書類を作ったのを思い出す。

それから七〜八年経った今でも、たまに余震に見舞われる。左側の腰に少しでも違和感を覚えると、右側に体重をあずけるような体勢をとって、だましだまししながらなんとか仕事をしている。

まったく、自然の「なすがまま」。

人間「ソバなんかでアレルギー反応起こして死ぬ人がいるんだよ」

自然「アレルギーとは、体内に入ってきた抗原と闘う免疫反応なのです。死のうが生きようが、生体を護るために断乎闘う覚悟であります!」

人間「列車の脱線転覆事故で心身ともに傷ついてるのに、そんな体験をフラッシュバックで甦らせるって、ムゴいと思わない?」

自然「同じ被害に遭わないようにすべく、不快な体験ほど記憶に残りやすくし、警戒しております!」

人間「すでに子も孫もいるから、もう生殖行為をする必要はないし、それに高齢で男の器官が機能しなくなってるのに、なんでこういつまでも性欲につきまとわれなきゃならないんだ、おい」

自然「退役してからも、種を絶やさないために予備役として性欲は常に装備しておかなければなりません! 個体は種に奉仕しなければなりません!」

融通の利かない軍人のようだ。

●天災バガボン

自然物であるところの人間が作ったものであれば、エアコンであれ自動車であれ核兵器であれAdobe Photoshopであれ、みな自然物である。「人工物」「人災」などというのは便宜上の言葉でしかない。

政治の世界も同様。トランプ現象も自然現象。大金持ちの素人政治家が、アメリカという絶大な国際的影響力を持つ国家の最高指導者になって自国を破滅させようと目論んでいるが、それが実現してアメリカが破滅し、日本も道連れになったとしても、それは自然災害、あるいは神仏の意志なのだから、もうそれでいいのだ。

これでいいのだ〜これでいいのだ〜
梵梵薄伽梵薄伽梵梵
天災一家だ〜薄〜伽梵梵!

──「天災バガボン」オープニングより(薄伽梵=バガボンは仏の称号)

私は裸で母の胎から出てきた。
また裸で私はかしこに帰ろう。
主は与え、主は取られる。
主の御名はほむべきかな。

──旧約聖書ヨブ記一章二十一節より

あらゆる物事はみな最善である。

──ゴットフリート・ライプニッツ


【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp

このテキストは、ブログにもほぼ同時掲載しています。
・ブログ『無名藝人』
http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz

・小説非小説サイト『徒労捜査官』
http://ironoxide.hatenablog.com/

・『怒りのブドウ球菌』電子版 前後編 Kindleストアにて販売中!
http://amzn.to/ZoEP8e