Otaku ワールドへようこそ![234]大チョンボ! 中国のイベントに大穴を空ける/GrowHair

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,500文字)



ハプニングなんてどんなイベントにもつきもので、そんなののひとつやふたつで、いちいち動じたりしない図太さは、とっくの昔に身につけているつもりである。

ちょっとやそっとのことなら、その場その場で機転を利かせて回避策を編み出し、ささっと乗り切っちゃう。いつもそういうふうにやってきた。

ところが、今回ばかりは天に見放され、可能性の糸がぷつっと切れる音を聞いた。ちょっとした不運が、まるで図ったかのごとく重なりに重なった結果、あと一歩のところで回復力が事態の打開に及ばなかった。アウトォーーー!!!

4月30日(土)、中国の太原で「HOBBY SHOW 2016」というかなり大規模なイベントが開催され、私はメインのゲストとして呼ばれていた。が、その会場にたどり着くことができず、でっかい穴を空けてしまったのである。

道が閉ざされてもはやどうにもならないことを悟った瞬間、どっと汗が吹き出し、止まらない。非常に混雑はしていたけれど、さして暑くもない北京首都国際空港で、たったひとり、とめどなく汗を流してうろたえている変なおっさんになってしまった。まあ、セーラー服を着ていること自体、そもそも変ではあるのだけれど。

いつも人をけなしてばかりいるので、たまには大失態をやらかして、それをレポートすることで自分をけなしてみんしゃい、という上のほうからのお達しなのか。今回はみずからの大チョンボを詳細に検証してみたい。




●もともとタイトなスケジュールだった

4泊5日で太原、鄭州、西安と中国3か所を巡る旅。初日は日本から中国への移動日。最終日は逆の移動日。間にはさまっている3日のうち最初の2日は、イベントに出る、晩飯を食う、次の場所へ移動し、真夜中ごろ到着して宿泊というパターン。3か所目には2泊できる。強行軍なのは分かっていて、覚悟の上ではあった。

この手の海外イベント出演話をいつも持ってきてくれるのは、ひよ子さん。去年の10月2日(金)から6日(火)までの5日間、やはり同じパターンで南昌、重慶、広州と回ってきた。そのときは、ひよ子さんも同行してくれて、しっかりとスケジュールをこなすことができたが、帰ってきてから、二人とも具合を悪くした。

懲りずにまたやろうって話である。中国国内の移動手段は飛行機ではなく、新幹線ってところが違うけど。

それと、今回はひよ子さんが同行できない。同時期に成都で開催されるイベントに行くというので。私はすでに何回も中国に行っていて、イベント出演の勝手が分かっているからあまり心配していないけれど、成都のイベントのゲストは中国が初めてなので、同行は心配なほうにする、と。

ゲストの方は芸能事務所に所属する声優さんなので、イベント主催者と事務所との間で揉めごとが起きないよう、調整する役も務めなくてはならないからというのもある。

代わりに部下の方を私のアテンド役につけてくれた。通称アニーさん。日本人女性である。アニーさんは、そのような役は初めてだという。しかし、私がすでに慣れっこなので、トラブルの心配はさほどなく、ハードルが低いので、練習台にちょうどいいでしょ、ってわけだ。

4月29日(金)11:05に日暮里駅から乗った京成スカイライナー23号は11:41に空港第2ビル駅に到着し、第2ターミナルのチェックインカウンターでアニーさんと落ち合った。

●ペナルティ・キック航空がゴールを外す

われわれが乗るのは、14:00に成田を発ち、現地時間17:05に北京首都国際空港に到着する予定の便である。便名はPK853。このPKという文字の並びが見慣れないもので、ペナルティ・キック航空などと茶化していたが、パキスタン航空である。北京に立ち寄った後、パキスタンのラホール国際空港に向かう。

われわれは北京で国内線に乗り換える予定になっている。22:35に発ち、23:50に太原武宿国際空港に到着する。便名はMU5300で、航空会社は中国国際航空。

パキスタン航空の便は30分遅れで成田を発った。北京での乗り継ぎにはたっぷり時間があるので、そんなに心配はしていなかった。

成田空港で、私に声をかけて写真を撮っていった中国人のおばさんがいたが、その人が私の右隣りの窓際席になった。日本語がふつうに話せている。日本で爆買いした帰りだそうである。

中国人が日本で爆買いすることを中国政府は喜んでおらず、国内消費へと差し向けたがっている。両替の限度額を低めに設定したり、持ち帰る物品の購入価格総額に上限を設けたりしている。このチェックが実際に行われ、超過分が没収されたとニュースになっていた。このおばさんは、超過を承知で戦利品を持ち帰ろうとして いるようで、没収されないか心配していた。

着陸前、中国語と英語で機長からアナウンスがあったが、聞いている人はあまりいなかった。私には、"We cannot proceed to Beijing."と聞こえたような気がした。降りるのは"Guangzhou"(広州)だと聞こえたような気がしたけど、それはあまりにも方向違いだ。

「ねえねえ、なんか違う空港に降りるみたいだよ」。隣りのおばさんは、着陸時に目を凝らして外を見て、降りたのは"Tianjin"(天津)だと教えてくれた。北京に降りられない理由は、まわりの中国人たちは、大雨だからと言っているよ、とのことだ。

飛行機は、ゲートに横づけせず、だーっと広い、離れた場所に駐機した。時刻は6:30pm。北京に降りる予定の時刻よりも、すでに1時間半遅い。乗り継ぎにたっぷり時間が取ってあって、よかったー。

●我慢強い日本人

可能性という名の広い平野の真っ只中にいたつもりが、時が経つにつれて、左右の山が迫ってきて、気づいてみると山あいの川に沿ってつけられた一本道の峠道を進んでいる。横道という選択肢はない。この先にある峠を越えられるか越えられないかの勝負になっている。そんな感じ。

駐機しているところまでWi-Fiの電波が届いていない。ただ待つしかない。7:30pmになっても何もなく、あたりが薄暗くなってきた。そろそろ動いてくれないと、乗り継ぎ便に乗れるかどうか怪しくなってくるぞ。

ずっと、なんのアナウンスもない。飛行機は元の電源が切られていて、機内がだんだん暑くなってくる。食料や水も尽きてしまい、もはや何も配布されない。外からの補給もない。降ろしてくれるわけでもなく、閉じ込められっぱなし。おいおい、まずいんでねーの、この状況。

最初にしびれを切らしたのは、パキスタン人だった。がたいのでかい男が、みんなに"Hungry?"などと聞いてまわっている。意見を集約して、談判に行こうってことらしい。どうなったのか知らないが、おとなしくなってしまった。

次に中国人たちが騒ぎだした。隣のおばちゃんが逐次通訳してくれる。中国人全員で団体交渉に行こう。いやいや、その前に、状況を聞いてみる必要があるだろう。じゃ、まず俺が行って聞いてくる。

なんと、機長も状況が知らされず、ただただ待っているだけなのだという。いつごろどうなるのか、見通しが何も立っていないのだとか。

日本人は、最後まで何もしなかった。我慢強いとも言えるかもしれないけど、ハナからあきらめていて、無抵抗な感じでもある。国が滅びていくときも、こういうふうに静かに没落していくのだろうか。

あ、もう乗り継ぎ便に間に合わなくなってる。

11:15pm、機長からアナウンス。"We're ready for departure." 11:27pm、後退開始。機内に拍手が起きる。11:45pm、離陸。0:15am、北京に着陸。機内に再び拍手が起きる。

●まだ取り返しはつく

降りるとき、ドア口にフライトアテンダントが立っているが、ありがとうでもなく、すみませんでもなく、黙ったまま。それがパキスタンの文化なのか。

補償うんぬんの説明もいっさいなかった。交渉する窓口があるわけでもなく、みんなあきらめてる感じ。値段が安い分、何があっても補償しないからね、って、どっかに小さい字で書いてあったのかもしれない。

荷物を受け取れたのが、1:10am。深夜なのに、他の便から降りてくる人がいっぱい合流してきて、空港の出口はごった返している。日常的な光景なのか、今日だけこうなってるのか、よく分からない。地面は乾いている。

タクシー乗り場は、折り返し折り返しの長い行列が形成されているが、混乱はしていない。タクシーはタクシーで、ものすごい数が道に待機しており、やはり日常の光景なんじゃないかと思えた。

アニーさんからひよ子さんに連絡してくれていて、空港の近くにホテルを取ってくれていた。それと翌日早朝に発つ便も予約してくれていた。

日本のゴールデンウィークに相当するものが中国にもあり、「黄金周」という。以前は丸々一週間休みだったが、最近は縮められている。5月1日の「労働節」(メーデー)が日曜なので、月曜日が振り替え休日になって3連休。

短いけれど、旅行しようというムードは高まる。4月29日(土)の北京発太原行の便は全便がほぼ満席で、7:05発の便のファーストクラスが1席だけ空いていたという。それを取ってくれていた。

それで私が太原に行き、イベントに出た後、新幹線で鄭州に移動する。アニーさんは北京から別の飛行機で直接鄭州に飛び、合流する。

空港からタクシーで約10分ほどでホテルに着いた。300人民元。それって約6,000円。ぼったくられた。アニーさんによると、乗るときに「300円」と提示されたので、てっきり日本円だと思ってOKしたら、元だったと。

2:30amになっている。国際空港の近くのホテルなのに、カウンターの女性二人は英語がさっぱり通じない。うわっ。翌日のイベントで通訳をしてくれる予定の人にアニーさんが電話して、通訳してもらった。

朝5:00amに両方の部屋にモーニングコールしてくれるよう依頼し、フロントの人は、表にちゃんと記入していた。

起床まで2時間足らずになっている。寝ちゃうと、起きれなくなりそうだ。ネットがつながれば、時間がつぶせるけれど、うっかりしていた。館内にフリーWi-Fiの電波が飛んでるのに、パスワードを聞いておくのを忘れた。

そういうときは、部屋からフロントに電話して聞けばいいのだが、あいにく英語が通じないときたもんだ。ああ、めんどくせっ。寝ちゃえっ。

モーニングコールはどちらの部屋にもかかってこなかった。

●不運の重なりっぷりがもう……

しかし、アニーさんが寝ずにがんばってくれていた。5:00amに部屋にかかってきた電話に起こされて出ると、アニーさんだった。あ、今から支度して、15分後にロビーに行きますっ!

アニーさんと一緒にタクシーで空港へ。10元だった。約200円。乗る予定の便が7:05発で、空港に到着したのが5:45am。国内線なら、1時間あれば余裕で乗れる。ちょうどいい時間に着いたと思った。

ところが、中国国際航空のチェックインカウンターの前には、すでに大勢の人が並んでいた。こういうとき、たいていの場合は、一列に、折り返し折り返しの列が作られていて、先頭になった人が空いたカウンターに振り向けられるよう、フォーク並びをするものだ。で、最後尾に係の人が立っており、時間が切迫している旨を告げれば、優先してもらえるものだ。

ところが、朝が早いせいか、そういう係の人の姿がなく、列は10個ほど開いている各窓口それぞれの前に形成されていた。あきらめてどれかに並ぶ以外になさそうだ。ちょっとはらはらする。

これだけ大勢の人がみんな同じ便に乗ろうとしているようには思えないけど、しかし、この時間なら、周囲に同じ便の人がたくさんいるであろうから、きっと間に合うようになっているはず。

だいぶ並んでから、ふと気がついた。オレ、ファーストクラスじゃん。カウンターにはエコノミーと表示されている。どっか別のところにファーストクラスのカウンターがあるはずだ。そっちに並んだほうがぜったい早いはず。

私は元の列を確保しておいて、アニーさんが探しに行ってくれた。しかし、見つからなかったと言って、戻ってきた。じゃあ、仕方がない。

私の番が来たとき、もう荷物を預け入れることのできる時間は過ぎているという。機内に持ち込めばいいってことらしかったが、私はチェックインそのものの受付時間が終了したのだと思い込んでしまった。

「Fカウンターへ行け」という。もし状況がちゃんと飲み込めていれば、今ここでチェックインしてくれ、と主張することができたかもしれない。Fカウンターへ行けば特別になんとかしてくれるのかと思って、そっちへ行った。そうとう離れたところにあった。

そしたら、そこがファーストクラス用のチェックインカ ウンターだった。そこにもけっこう人が並んでいる。うわ、やばいじゃん。荷物はすべて機内持ち込みとして、チェックインはしてもらえた。

アニーさんに見送られ、出発ゲートをくぐった。荷物検査。ところで、私の財布は非常に古びてぼろぼろになっており、小銭が横漏れする。それがスクールバッグの底にたまりにたまっていた。それが金属探知機にひっかかった。今までそんなこと一度もなかったというのに。かき集めて袋に入れ、別にすると、通過できた。

さらに、胸のポケットの中身をぜんぶ出せという。あのー、すでにぜんぶ出してますけど。じゃあ、このプワプワしたのは何だ? あ、それ、ブラジャーのパッドです。脱げ。

♪ セーラー服を ぬがさないで
♪ いやよだめよ こんなところじゃ

とにかくめくり上げたら、手でぷいぷい押してくる。加藤茶のハッ、ハッ。完全に遊ばれてる。そんなことしてる場合じゃないのに。もう、泣きそう。

しかし、急いでるんです、なんて言おうものなら、反抗的とみなされて、よけいに怪しまれて厳重にチェックされかねない。黙って耐える。

どうも、中国人は、赤の他人のために気を利かせてどうこうするって発想がないらしい。高速道路でトラックの積荷が崩れて、食べものが散乱したりなんかした日には、まわりの車から運転手がわらわらと出てきて、拾って帰るものらしい。

持ち主が、やめてくれと懇願しても、お構いなしらしい。こういうのは天の恵みと解釈することになってるのか。

台湾はそうでもなかった。台北の松山空港に到着したのは、乗りたい便の出発予定時刻の15分前で、電光掲示板からもすでに消滅していた。

とにかくチェックインカウンターに行くと、窓口の人は一瞬、驚愕の表情を浮かべたが、すぐに搭乗口に電話して、待つように指示してくれた。おかげで、ちゃんと乗れた。

「OK、行ってよし」の声に我に返ると、搭乗口まで走った。スーツケースをごろごろと転がしながら。降りる階段の先には、人が大勢いる。お、間に合った。

と思ったら、それは隣りの搭乗口に並ぶ人の列だった。私の搭乗口は、すでに閉鎖され、何も表示が出ておらず、係の人の姿もない。ドアには鍵がかかっている。

万事、休す。ゲームオーバー。太原への道は、閉ざされ た。

●どうにもならぬ

通りがかった空港の人に聞くと、いったん出て4階へ行けという。そこで、別の便のチケットが買えるのだが、この日はもう一席たりとも空きがないのをすでに知っていた。

キャンセルが出たかもしれないと、いちおう行ってはみた。けれど、やはり、この日の便はすべて埋まっているとのことだった。

アニーさんはすでにホテルに戻っているようで、姿はなかった。落ち着けば、メールして状況を伝える手段があったのだが、私は動転してわけがわからなくなっていた。

このところ、たいていの空港ではフリーのWi-Fi電波が飛んでいるけれど、それをつかまえると、ブラウザから特定のウェブサイトに飛ばされ、ケータイの電話番号を要求される。それを入力すると、その番号にメールでパスワードが送られてくる。それを入力すると、外のネットにつながる。

ケータイならそれでいいけど、パソコンには電話番号がない。インフォに行って聞けば、パソコン用のパスワードを発行してくれる空港もあれば、ハナからパソコンのことが除外されている空港もある。

北京は前者だった。パスワードはもらえたけれど、それを入力する枠が見当たらない。だめじゃん。……と思い込んでしまったのだが、後で落ち着いてよくよく見たら、ちゃんと入力用の枠があるじゃん。

タクシーでホテルに戻る。フロントからアニーさんの部屋に電話する。これこれこういうことになって、いま、フロントからかけてます。

アニーさんからひよ子さんに電話してくれたが、後でひよ子さんに聞くと、まるで傷の入ったレコードのごとく、すいませんを連呼するばかりだったという。

ひよ子さんから太原のイベント主催者に連絡し、新幹線で行く手段はないかなど、いろいろ調べてくれたが、どうにもならなかった。ホテルに戻った時間が遅すぎた。

万策尽きた。太原行きはあきらめる以外にない。近くで昼食を取り、デイユースで昼寝して、夜の便で一緒に鄭州に向かった。

こっちの惨状をよそに、昼間の北京はのどかだった。白い、ふわふわした綿ぼこりのようなものが無数に舞っていて、容易に着地しない。布団屋で爆発事故でもあったのか? どっかの工場から出た化学合成物質だったりしたら怖いな。

ネットで調べると、楊絮(リゥシィ)と言って、ヤナギ科の植物の実が綿のように飛び散る現象で、北京の春の風物詩なのだという。ああ、よかった、自然現象か。

●人生に刻まれる最大級のドチョンボ

恥の多い生涯を送って来ました。五十数年も生きてきている間には、修羅場ぐらい、いろいろ踏んできてはいる。が、今回のことは、自分のことで人にかけた迷惑の派手さという点において、人生最大級かもしれない。

太原のイベントのポスターをみると、9人のゲストの写真が掲載されており、私はド真ん中だ。つまりは、メインのゲストになるはずだったってことか。
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/6283884226122436801#6283884228315939586

交通費、宿泊費、食費等はすべてイベント主催者が持ってくれることになっていた。しかし、それは、私がちゃんとイベントに出演したらの話であって、到着できなかったのに、費用だけ持ってくれるはずもない。数十万円の穴は、まあ、小さくない。

この事態、誰のせいだ? 元はと言えば、ペナルティ・キック航空のせいのような気もしなくもないが、補償なんて、とうていしてくれそうもない。消えるときには簡単に消えるのに、どこからともなく勝手に湧いてくるなんてことはそう簡単に起きそうもないのがお金ってもんだ。これからしばらくたいへんだ。

まあ、世の中を広く見渡せば、「61万円で1株売り」とコンピュータ入力すべき注文を誤って「1円で61万株売り」と入力して大騒動を招いた証券マンもいたりするわけで、この程度で人生最大級と言ってられる私などはお気楽なほうなのかもしれない。


【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
http://www.growhair-jk.com/

〈セーラー服おじさんに会って幸せになれた人はいるのか?〉

セーラー服おじさんに会うと幸せになれる、という噂が広まっている。けど、会って実際に幸せになった人はいるのか? そんな疑問を持たれる方も多いかと思う。

2015年4月11日(土)、12日(日)、台湾の台北にて、「Taipei IN Style」というファッションイベントが開催された。制服系カジュアルファッションブランド「Lucy Pop(ルーシーポップ)」のブースをにぎやかすために、私も台北に飛んだ。
http://lucypop.jp/

4月10日(金)13:20に羽田空港を発ち、15:45に台北松山空港へ降りる全日空NH853便に乗った。成田ではなく羽田、桃園ではなく松山と、小さいほうの空港どうしを結ぶ便利な便。

到着した日はイベント会場へ行かず、ワッフルのお店やタピオカのお店やメイド喫茶に行き、くつろいですごした。

夕食の後、Lucy Popのブースのスタッフたちがワインバー「Room J」に集まって、にぎやかなひとときをすごした。そこで、K太氏と蘭さんが出会っている。二人とも台湾在住の日本人。
http://www.facebook.com/roomj.tw

台湾は、仕事帰りなどに軽く一杯といったふうに日常的に飲みに行く習慣がなく、飲み友達があまり見つからないのを二人とも物足りなく思っていたらしい。じゃあ、今度、一緒に飲みにいきましょう、なんて、意気投合していたらしい。

4月12日(日)、16:45松山発、20:50羽田着の全日空NH854便で私が東京に戻ってきて、フェイスブックで「友達」になったK太氏と軽くあいさつを交わして以降はずっと音信がなかった。

あれから1年ちょい経った今年の4月25日(月)、K太氏からフェイスブックのメッセージが届いた。蘭さんと結婚することになったという。うわっ、なんとっ! そんなふうに話が発展していたとは! おめでとうございますっ! オレ、キューピッドになってる?

ついては、婚姻届の証人欄に、サインをしてくれませんか、という。うぉーっ、よころんで!

二人が一時帰国している5月15日(日)の夜、ひよ子さんも入れた4人で新宿の「パセラ本店」のVIPルームに集まり、そこで私はサインした。お店はカラオケルームである。

門出の歌というと、私はチェリッシュの『てんとう虫のサンバ』とCarpentersの『We've Only Just Begun』しか知らない。前者はなんだか気恥ずかしくなりそうで、後者を歌った。

すでに飲み放題の赤ワインを飲みまくった後で、目の前にあるマイクがなかなか見つからないくらい酔っていて、出だしに空白を作ってしまったけど。

5月22日(日)、K太氏からメッセージが来て、先ほど、婚姻届を役所に提出してきたという。

ほらほら。ちゃんと幸せになってる人たちがいるわけです。ワタシ、キューピッドですよ、キューピッド! そのうち、拝みに来る人たちの行列ができるんじゃないかな。

〈ドイツ〉

5月21日(土)、ドイツのデュッセルドルフにて、日本の文化を紹介するイベント「第15回日本デー / Japan-Tag」が開催された。
http://www.japantag-duesseldorf-nrw.de/

会場は、東京ビッグサイトのようなイベント用の箱ではなく、ライン川べりの遊歩道と芝生地帯。テントが何十個も張られ、ブースになっている。また、ステージも作られている。

「Amazing Japan」のブースをにぎやかしに、ひよ子さんと一緒に行ってきた。イベントの公式サイト上で公開されているプログラムの「Amazing Japan」ブース(エリア 7)のところに私の氏名が記されている。

中国から帰ってきてからの初の海外だったため、またやらかしたりはするまいぞ、とけっこう神経質になったけど、今回はつつがなく祭りの盛り上げ役をこなしてくることができた。すごい人出だった。

写真が入手できたころに、レポートします。いまのところ3枚だけ。ドイツ人って、髪の色はどんなだったっけ?
http://picasaweb.google.com/Kebayashi/6289078727412747553

〈分数の割り算〉

前回、分数の割り算について解説しました。シアトルに在住のTomozoさんとメールをやりとりするうちに、この話題になり、じゃあ、公開解説しましょうって話になったのでした。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160513140100.html

Tomozoさんのモヤモヤを解消することだけが目的だったら、何度も何度もメールをやりとりして、どこでつまづいているのかを発見して、そのひとつの石だけをどければ話は済みます。

しかし、私はあえて、その方法をとらず、書き始めたらTomozoさんとはやりとりせず、一気に書き上げました。というのも、公開する以上、世の中にはやはり分数の割り算でつまづいている人がいるかもしれず、その人は別の石につまづいているかもしれないわけです。

なので、思いつく限りのつまづきそうな石を、全部どけてみることにしました。ただ、心配だったのは、私の思いもよらぬところに石があって、そこでつまづいていたがために、私が処方した薬がぜんぜん効かなかったらどうしよう、ってことでした。

配信後、Tomozoさんからメールが届きました。

----------------------------------------------------------------------

書いてくださったメルマガを何度も読み返し、やっと「割り算」が「いちにょ!」として会得できた感じです。自分が割り算をきちんと理解していなかったことがわかったのが収穫です。

なんとも情けない話ですが、自分的にはもう嬉しくてたまりません。これで生きてる間にやっておきたいことが一つ解決しました。

----------------------------------------------------------------------

そこまで喜んでいただけたのなら、がんばって書いた甲斐があったってもんです。私としても、嬉しい限りです。

のみならず、私の解説を読んで思われたことをブログに書いて公開してくださいました。題して「セーラー服おじさんに分数の割り算を教えてもらう」。
http://livinginnw.blogspot.jp/2016/05/blog-post_21.html

げげ! 分数の割り算を図解する方法があったんですね! あれは自力で100年考えても思いつきそうにないもので、私のほうこそ目から鱗が落ちました。

悔しまぎれに負け惜しみを言うわけでもないですが、私にとって、分数の割り算を理解する上で、あの図は必要なかったってことです。いや、自慢してるとか、そういうことじゃないんです。いったん自転車に乗れるようになっちゃったら、補助輪はべつにありがたくないなぁ、って感覚かな。

「分数の割り算」というのが抽象的すぎて、いきなりは理解できなかった場合、日常的に慣れ親しんでいるりんごや団子の文脈へ引き寄せて考えることによって、イメージをつかもうとするのは、いいことです。いきなり垂直な壁を登ることはできないから、階段を昇るようなもので、適切なステップと言えます。

しかし、一度、抽象世界という名の、上の平原に身を置くことができたのであれば、ことあるごとに昇ったり下りたりするよりも、ずっと上の平原に行きっぱなしで遊んでいたほうが、広々として気持ちがいいってことがあります。

この問題から派生した、一段抽象的な問題「結局、人がものごとを理解するって、いったいどういう現象なんでしょう?」にも、ものすごく興味を引かれました。で、次々といろいろな考えが湧き起ってきたんですが、結果、とても書ききれなくなりました。

で、その万感の思いを、ひとつの例をもって示唆するだけにしとこうと思ったわけです。それが、最後の「おまけ」です。

抽象概念をりんごや団子のような、具体的なものに引き寄せて理解するのもひとつの理解のしかたではありますが、一度、抽象の高みに行くことができたら、今度は、りんごや団子を切り離して、抽象世界があたかも具象世界であるかのごとく、そっちに住んでみるのも一興なんじゃないかと。

そうすることによって、感覚的にはぜったいに理解しがたいことが、別の抽象的な文脈で理解できちゃいます。私とても、超人的な特殊生物ではないので、われわれの住んでいる三次元世界の外に通じる第4の方向なんてものを感知する特別の器官を持ち合わせているわけではありません。

しかしながら、立方体が8個組み合わさったあの三次元図形を見ると、これをパパパっと折りたたんでペタペタっと貼りあわせれば、ほら四次元立方体になるじゃん、っていうのは、ごくごくあたりまえのこととして、自然に受け入れることができます。

これもまた一種の「ユリイカ!」です。そこへ行けると、数学の世界って、現実の束縛をのがれて自由で、広々として、楽しいぞぉ、って思うわけです。

〈一句〉

ニッポンの おもてなしには 裏がある