ユーレカの日々[53]すべてドットになる日まで/まつむらまきお

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ユニクロに行ったら、今年の企業コラボTシャルが「レゴ」だった。おお、レゴか。レゴブロック、おなじみのデンマーク製のブロック玩具だが、いつ頃からか、ブロック以上に、レゴブランドの雑貨がたくさん出回るようになった。

レゴには目がない、というほどではないが、レゴ関連のものがあると、つい手にとってしまう。子供の頃、もっとも遊んだ玩具がレゴブロックだったからだ。




●レゴブロックが生まれて半世紀

レゴブロックは1958年に、今の形のものが発売になったそうだ。ぼくが子どもの頃(今でもだけど)、レゴブロックはとても高価で、まだまだ珍しかった。

ぼくの場合は、アメリカ在住の親戚がプレゼントで送ってくれたので、かなり早い時期にレゴと出会うことができた。やがて、「知育玩具」として日本でも大ヒットすることになる。

積み木同士に凹凸をつけて、簡単にジョイントできるようにする。たったそれだけの工夫で、積み木遊びではできなかった遊び方をレゴは可能にした。

軽量で、持ち上げてもバラバラにならない。多少のことでは壊れない。建物、航空機、船舶、自動車、宇宙船…単純なブロックを組み合わせて、自分の興味のあるものが作れる魅力。買い足せば買い足しただけ、できることが増えていく。欲しいオモチャはいつも、レゴブロックだった。

今と違い、昔のレゴキットはパーツの種類も少なかった。メインとなるのは2×4のブロック。このモジュールも絶妙だ。レンガのように互い違いに組むことで強固な板となる。ディテールが欲しければ、もっと小さなブロックもある。

パーツはおそろしく精度が高く、しっかり接合する。反面、組んだブロックを分解するのに一苦労。子ども時代は歯で噛んで外していたので、ブロックは歯型だらけ。今も歯形のついたブロックがうちの押入れの中に眠っているはずだ。

つくづく、画期的な製品だったのだなぁと思う。日本の玩具メーカーからも、ライバル商品が出ていた。有名なのはTVでよくCMで流れていた、カワダのダイヤブロック。こちらはレゴよりもモジュールが大きく、今でも販売されている。

任天堂からも「N&Bブロック」という、レゴと互換性のあるブロック玩具が出ていた(当然、訴えられたそうだ)。おそらく僕の任天堂初体験がこの玩具だ。

うちにあったのは、ブロッククレーターというキットで、キャタピラのついたモーターで動く月面探査車。これがバネ仕掛けの地雷を踏むと、バネの力で車両が吹っ飛ぶという、楽しいもの。開発はかの横井軍三氏という。

円形のパーツなど、レゴにはないパーツがあり、レゴと組み合わせて散々組み替えて遊んだものだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/N%26Bブロック

さて、ぼくにとっては、そういった組み立てブロックがレゴなのだが、最近は「ミニフィグ」と呼ばれる、レゴといっしょに遊ぶフィギュアが人気だ。レゴというとこちらを思い浮かべる人もいるだろう。

スター・ウォーズやハリーポッターなどの映画キャラクターもたくさんあり、雑貨や映像としても数多く展開されている。このミニフィグを主人公にした映画「LEGO(R)ムービー」はとてもよかった。

レゴのキャラクターをつかった映像やゲームはたくさんあるが、それらは皆CGで、ミニフィグが腰をひねったりと、実際にはできない動きをやってしまう。

ドラマ作りのためにはやむを得ないと思われていたのを、「ムービー」では実物のミニフィグにできない動きは一切やらない、というポリシーで作ってしまった。その制限がありながら、見事にドラマチックな大作映画となっていた。

特に海のシーンでの、波の表現がすごい。無数のレゴでできた波が、コマ撮りアニメのように1ブロック単位で組変わって大波を表現しているのだ。実にレゴ愛にあふれている。

●デジタルの中のレゴ的なものたち

大人になって、レゴで遊ぶということはなくなったが、「レゴ的なもので遊ぶ」機会はたくさんある。レゴ遊びをパソコン上でできるようにしたのが、マインクラフトだろう。

サバイバルというゲームモードと、建築モードがあり、建築モードでは制限なく、立方体を積み上げてさまざまなものを作って遊ぶことができる。現実のレゴブロックと違い、コスト、場所の制限を受けないので、いくらでも大作ができる。

ネットで検索してみると、荘厳な宮殿や、現実の都市など、ユーザーが作った様々なものを見ることができる。これをひとつひとつのブロックを積み上げて作ったのかと思うと、気が遠くなる。

マインクラフトが話題になったのは数年前だったと思うが、プレステ4、Wii U、iOSなど様々な機種に移植され、ユーザーはより増えているようだ。先日も、書店で小学生低学年の男の子が、マインクラフトの攻略本を熱心に立ち読みしていた。

マインクラフトだけでなく、レゴブロック的な表現をつかったゲームは数多い。最近ヒットしたモバイルゲーム「クロッシーロード」は、キャラクターに道路を横断させるという単純なゲームだが、この世界がやはりブロックでできていて愛らしい。

同じソフトハウスからPac-Man 256、Shooty Skiesが出ているが、どれもキャラクターはブロックで作られていて、ブロック愛を感じる。

●レゴに魅了された人、芸術方面

ブロックによる表現に魅了される人たちのなんと多いことか。

ネイサン・サワヤは、レゴブロックを使った彫刻を作っているアメリカのアーティスト。
http://www.brickartist.com

樹脂や金属でできてれば、まぁ普通の彫刻なのだが、これがレゴでできているというのが面白い。

レゴという市販の工業製品で表現するというのが、コンテンポラリーアートとしての意味なのだろう(写真があればだれでも材料費だけで同じモノをつくれるわけだ)。

箱庭のような建築をCGで作っているのがフランスのSir carmaさん。
http://gigazine.net/news/20160605-voxel-art-saymygame/

この中の、ゼルダの伝説の小屋や、まるでシムシティのビジュアルのような作品を見て、ああ、なるほどなぁと思う。

昔のゲームのドット世界。ゲームが好きすぎて、あの世界に行ってみたいと思ったり、自分が冒険をした、あのドットの世界が懐かしいと思ってしまう。

本来は表現上の制限から、ドットでしか表現できなかったものを、あえてそのドットのまま、立体化する。「ああ、あの世界は本当にあるんだ」という感じがする。

任天堂がUSJにゾーンを設けるという話があるが、ぜひとも、すべてこのようなブロック表現でやっていただきたいものだ。

ところで、この人の記事を見て、はじめて「ボクセルアート」という言葉を知った。こういうものをCGでどうやってつくるのかな、と調べてみたら、ボクセルアート専用のアプリがあるではないか

MagicaVoxel
https://voxel.codeplex.com

マインクラフトのように、ボックスを積み上げているだけでなく、箱を自在に加工できるようだ。また、レンダリング時に箱をレゴブロックのように「凸」型にしたり、球にすることもできる。

おお、なんと素敵な… このコラムを書き終わったらはまってしまいそうだ。

●ぼくらはなぜ、ドットに惹かれるのか

コンピューターの性能があがり、2Dでも3Dでも、あえてドットで表現する必要はなくなった。しかし世の中には、二次元のピクセル、三次元のボクセル(面倒なので、以下まとめてドットと表現する)があふれている。

なぜ、ぼくらはこんなに、ドットの表現に惹かれるのだろうか。

第一に、ノスタルジーを感じるから。

ぼくの世代ではレゴやファミコン、今の若い世代でもゲームボーイで育った経験があり、ドットはノスタルジーを喚起させる。子どものころ、夢中になった経験を思い起こさせるから。先のSir carmaの作品はまさにこれだ。

第二に、画像としてのフシギさ。

遠くから見ると、絵に見えるが、近づいてみると、そこには絵ではなく、パターンが現れる。これは不思議な体験だ。編み物や織物、モザイク画。昔から人はその不思議さに魅了されてきたのではないか。

また、少ないドットで絵を構成してみせる技や知恵は、賞賛に値する。ドット絵というは、とても難しい。点を打つ場所ひとつで、全体の印象が大きく変わってしまう。

マリオやゼルダを最初に見た時、その素朴な感じと、それが動くとけっこうリアルに感じられるギャップが面白かった。そういう面白さがドット絵にはあり、ボクセルではそれがさらに立体になっている面白さなのだろう。

第三に、抽象的な形には、見る側の解釈の余地があること。

たとえばマリオ。今の3Dで表現されたマリオだと、その形に解釈の余地はないが、ドットのオリジナルデザインには、見る側の解釈の余地がある。

ぬいぐるみなど愛玩キャラクターは、あまりリアルでない方が好まれる。これは、表情などがリアルになると、見ている側の解釈の余地がなくなり、感情の押しつけが生まれるからだ。

レゴのミニフィグもまた、見る側に解釈の余地を与えるデザインであり、だからこそ多くの人に受け入れられる。

第四は、シンプルなものをカワイイと思う、生物的な本能。

赤ん坊、子どもを見て、人はカワイイと思う。おそらくこれは、種としての本能だろう。子どもをカワイイと思わなければ、その種はさっさと滅びてしまう。

子どもの身体は、未発達なので、大人とくらべて単純化されているように見える。ピクセル、ボクセルのように単純化されたものに、人は愛着を感じてしまうのではないか。

●世界はドットでできている

いくつか理由を考えてみたが、ドットだからこそ、という決め手にかける。もう少し考えてみよう。

人は、あいまいな状態が落ち着かない。白か黒かはっきりさせたい。だれにでもそういう気持ちがあると思う。

気持ちに余裕がある時は、あいまいなこと、たとえば夕焼けを楽しむことができるが、余裕がない時は、「ずっと昼ならいいのに」とか「はやく夜になればいいのに」となる。

はっきりしたことは、悩まなくていい。白黒はっきりしていると、わずらわされない。もう決まっているのだから、それをそのまま受け入れればいい。いつしか、はっきりくっきりしたことがよい、ということになる。

イラストやデザインは、この心理を利用してメッセージ性の強い図像を作る。シンプルなシルエット、大胆な構図、強調された特徴、少ない色数を対比で見せる……。

ピクセルやボクセルは、ドットを置ける場所が最初から決まっている。あいまいな部分がない。

その制限の中で形を工夫するのが面白い。そのかわり、出来上がる全体像は、どこかうすぼんやりしたイメージになる。解像度が低いわけだ。

レゴでもマインクラフトでも、無限に積み上げていけば、解像度があがる。たとえば、112万個のブロックで、イラストを描いている人がいる。
http://gigazine.net/news/20150624-biggest-minecraft-pixel-art/

これでも、1280×900程度だ。これをさらに10倍、20倍くらいの面積にしていけば、4k、5k画像になっていく。

考えてみれば、今、世の中で見る印刷物も映像も音も、すべてピクセルで表現されている。3Dプリンタでできあがるものも、ボクセルだ。

昨年公開された「ピクセル」という映画は、好戦的な宇宙人が、地球人に地球のレトロゲームで挑戦してくる、というストーリーだった。宇宙人が憑依したパックマンなどのゲームキャラに襲われると、現実はボクセル化する。ドットに単純化される。

しかし、すでに人間は世界をドットで認識しているのだ。あらゆるものを、量子化、つまり細分化して整数値化することで、コンピューターで扱えるようにする。

当初、デジタル画像なんぞは解像度が低くて印刷には使えないと言われていた。それが今では5kで動画を再生できる。

できないことが多かったデジタルは、いつのまにか解像度があがり、あらゆるものを表現できるようになった。量子化という「モノの捉え方」は、どうやら世界をうまく捉えることができているようだ。

いや、そもそも、世界はボクセルでできているのではなかったか。人やモノが集まって世界をつくる。人や生物は細胞がつみあがって出来ている。モノの素材には、粒子があり、そしてそれは分子、原子というものでできている。

造物主はどうやら、世界をドットで作ることにしたらしい。神は最初、なにもない宇宙に、ひとつの小さな点を打ったのではなかったか。

とりとめもなく、そんなことを考える。6歳だったぼくも、レゴで遊びながら、世界の仕組みを理解しようとしていたのだろう。

だからブロックはやめられない。


●【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学教授】
twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura
http://www.makion.net/
mailto:makio@makion.net

4年ほど使っている、iMac(27-inch, Mid 2011)が遅い。あらゆる場面で遅い。買い替えを考えたが、けっこう高い。そもそも、CPU性能が使い物にならないわけではない気がする。

あれこれ考えて、ハードディスクがネックになっているのではないか、起動ディスクをSSD化すればまだまだ使えるのではないかと思い至る。

調べてみると、SSDも随分安くなっている。「俺のiMacがこんなに遅いはずがない」とラノベ風につぶやきながら、あれこれパーツをAmazonぽち。さて、延命措置となるか否か、以下次号!