はぐれDEATH[02]引っ越しドタバタ顛末記 その2・七時間の地獄/藤原ヨウコウ

投稿:  著者:  読了時間:7分(本文:約3,000文字)



この日(水曜日)の引っ越し荷物の引き取りは、13時頃から始まり一時間強ほどで終わってしまった。ボクはこの後、深夜バスに乗って京都へ向かうことになるのだが、出発は夜の23時半。

荷物が何もない部屋で、何して時間を潰せっちゅうねん……それでも、iPadで遊んだりなんかして、なんとか16時頃までねばった。

だが、落ち着きがないことでは人後に落ちない。そんな自信の持ち主である。時間つぶしの具体的なプランも持たないまま、バスが出る横浜へ向かうことにした。これで約七時間の地獄が始まることになる。

お金がないときの暇つぶしの定番と言えば、ボクの場合はアルトサックスの試奏である。これはとても楽しい上に、結構な時間消化ができる。お店の方はたまったもんではないだろうが、ボクはこの手をよく使っていた。

だが考えてみれば、この手が通用したのは御茶ノ水や大久保のような、管楽器店が多数ある場所だったのだ。横浜にそんなオイシイ密集スポットがあることは聞いたこともない。

JRで移動中に検索してみたら、案の定それらしい場所はない。それでもお店を二店ほど見つけたので、取り敢えず納得することにした。

横浜駅に着いたのはいいのだが、実を言うとボクはこの辺の土地勘はゼロに等しい。そもそも関東で、ある程度分かりそうな場所というのは、極めて局地的なのだ。新宿東口・西口界隈、御茶ノ水〜神保町界隈、吉祥寺。

あとは出版社がある界隈。あれ? ホンマに少なすぎる……三年間の関東滞在といっても、しょせんはこの程度なのだ。

ボクの行動パターンがいかに偏っているかを知る、良いデータなのかもしれないが、はっきり言ってボク以外の人には何の役にも立たないのは言うまでもあるまい。





そもそもボクは、人混みが極端に苦手なのだ。加えて東京である。田舎もの特有の(?)猜疑心と恐怖におののいていたことは、想像しやすいだろう。

それでなくてもボクは、結構なビビりなのだ。そうは見えないらしいのだが、人を外見で判断してはいけません。立派な小心者なのである。非常識だけど。

さて、ここで登場するのがGoogleマップ君である。一昔前(いや二昔かそれ以上か?)なら、地図を片手にぼんやりと行くところだが、いくら時代錯誤な感覚の持ち主のボクでも、iPhoneくらいは使える。

ところが、これが悲劇の始まりだった。さっさと地上に出てしまえばよかったのに、Googleマップを頼りにして地下道をうろついたのが大失敗だった。

適当なところで地上に出たのだが、自分がどこにいるのかさっぱり分からない。地下道でうろうろしてしまったので、東西南北の感覚が完全に失われていたのだった。

昔なら太陽光を頼りに、自分の位置をある程度特定していたのだが、この時ばかりは文明の利器のおかげで、あさっての場所にポツンである。

とにかく、Googleマップと周りの建物を照らし合わせながら、今いる場所を特定するという面倒な作業をしなければいけなくなった。その結果は、目的地とまったく逆方向に向かってずんずん歩いていたという、アホな状態が判明。

さっさと地上に出ておけばよかった、と思っても後の祭りである。今度は地下には降りずに、地上を歩くことにした。この程度の学習能力はある。

ちなみに、最後までGoogleマップと折り合えなかったのはスケール感である。便利に拡大・縮小表示ができてしまうので勘が狂うのだ。一応「徒歩で○分」と表示をしてくれるのだが、こんなものは参考程度でしかないし、距離表示をされてもいまいちピンと来ない。

世代のせいもあるかもしれないが、紙の地図の方がボクにはしっくりすることが、この日判明した。

あっちで迷い、こっちで通り過ぎを繰り返し、本来なら10分ほどで着く(実際帰りはその程度の時間しかかからなかった)はずの目的に着いたのは、約30分後である。

これでしばらく休めるわいと胸をなで下ろしたのだが、お店に入って愕然とした。管楽器コーナーがめちゃめちゃ狭い上に、展示されている楽器も、ボクならまず試そうとすらしたくないものばかりだった。必死で辿り着いてこのていたらく。どっと疲れが出た。

気を取り直して、といきたいところだが何となく悪い予感はしていた。案の定、次のお店も似たような状態。御茶ノ水、大久保をでふぉに考えていたボクがアホだったのだ。というか、あの場所が特殊なのである。当てが外れて歩く気もなくした。

もっとも、普段の運動不足がこの頃から露呈しはじめていた。とにかく足の疲れが酷いのだ。部屋を出て二時間も経っていないのに、ここまでダメージがくるとは想像もしていなかったので、こっちでもショックを受けた。

東小金井から神奈川に移って、運動量が極端に減った自覚はあったのだが、まさかここまでとは。かてて加えて、この後の時間つぶしやら、翌日の強行軍の予定を想像すると、どこまでダメージが広がるのか、この段階では想像すらできない。

膝と足首のサポーターを、引っ越し荷物の中にぶち込んでしまったのを後悔するばかりである。

その後、どこをどう彷徨い、どこでへたって持参の本を読んでいたのかよく憶えていない。憶えているのは徐々に酷くなる痛みだけだ。

じわじわと容赦なくダメージが蓄積されていくのが、実に不気味だった。両足の裏、右膝、左足首、ついには両股関節まで痛み出したのには驚愕した。

とにかくバスに乗り込んでようやく、少しホッとした。これで京都までは座っていられるのだ。幸い隣の席は空いている。これだけでちょっと幸せな気分になれる、というのも正直どうかと思うが、嘘偽りのない思いである。

ある意味、これも三年間の単身赴任の成果(それも負の方向の)だ。京都にいた頃は、何だかんだで賀茂川でアルトを鳴らしていたので、それなりの運動はしていたのだ。

ちなみにボクの練習は、音をでかくするだけなので、とにかく体力を消耗する。テクはどうでもいいのだ。とにかく長時間休みなくでかい音を出し続ける、というアホなコトしかしていない。

考えてみれば、練習するときはしっかりストレッチもしていたしなぁ……いや、ちゃんとストレッチをしておかないと、腹筋や側筋、背筋がつったりしてエラいコトになるのだ。

関東に行って練習する機会が極端に減ったどころか、神奈川にいた二年間は、まったく練習をしていなかったので、もちろんストレッチだってやってない。そのツケがこんな場面で出ようとは。

バスに乗って、ふとiPhoneのバッテリー残量を見たときはびっくりした。40%を切っていたのだ。慌てて車内にコンセントがないか探したのだが、ケチりまくって安い便にしたせいで、この手の設備がないことにやっと気がついた。

そっこーで寝てしまおうと思っていたのだが、海老名SAで簡易充電器を買うまでは寝られない。そもそも売ってるのかどうかも疑問である。

疲れと不安の時間を悶々と過ごしたわけだが、幸い簡易充電器は手に入った。やっと安心だと思ったら、ボクは泥のように眠り込んでしまったのである。


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
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装画・挿絵で口に糊するエカキ。お仕事随時募集中。というか、くれっ!