装飾山イバラ道[181]痛みから逃げる手足たち
── 武田瑛夢 ──

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数週間前の朝、キャベツの千切りをしようとスライサーを使っていて、右手の親指を切ってしまった。途中で止められたから、スライスまではしなかったので良かったものの、久しぶりに痛い思いをした。

スライサーには安全器が別についていて、キャベツが小さくなったら使っていたけれど、その時はまだキャベツの塊は大きめだったので油断していたのだ。

切った時は腕を高くあげたり「濃い血が出たー」と騒いだりして、夫に絆創膏を探してもらった。止血して〈キズパワーパッド〉を巻いたら痛みは取れた。最初こそ大きめのそれを使ったけれど、治ってきたら一番小さいのでも足りるほどの小さい傷だった。そう騒ぐほどでもなかったのだ。

私が使った〈キズパワーパッド〉は、ちょっと高い方のバンドエイドとして有名だ。傷を乾かさないモイストヒーリング(湿潤療法)で治りも早い。

傷は洗って血が止まったら、消毒などしないで薬も塗らず貼るのが肝心だという。防水性が良いのと、傷のない部分の蒸れない感じが非常によくて、追加分を購入した。傷ができた時にすぐに使わないと威力を発揮しないらしい。

しかし、傷が小さくてもふさがるまでの間は何かと不便な日々を過ごした。あいにく傷を作った翌日は、自分でパソコンを使って講義する日だったので、荷物も多いし手仕事も多いバッドタイミングだった。




特にやりづらかったのが、プロジェクターとMacをつなぐためのモニターケーブルの、サイドの脱落防止のネジをクルクル回す「作業」だ。

いつもは何も問題なく数秒でできる簡単な動作だけれど、親指の爪の脇の肉が切れている状態だと、いくらパッドを貼っていても指が嫌がっちゃってなかなか回せない。指が逃げるのがわかるので、左手で回すしかなかった。

しばらくはコンセントやスナップボタン、ファスナーの開け閉めなど、いつもは何てことない動作の時に、指の傷口が「やめてー、左手に頼んでー」と訴えるような感じだった。

●痛みから逃げる

自分は手足や指の司令塔であるはずなのに、体の部分が勝手に動作を決めているように感じる時がある。この仕組みを覚悟しておかないと危ないこともある。

特に調理の時に、うっかり熱い部分に触れてしまった場合、手はビクンとはね上って熱いものから逃げる時がある。熱かったことよりも、その反射の動きの方にびっくりしてしまう。

味噌汁椀を持っている方の手が、熱いお鍋にかすかに触れたりすると、味噌汁をびしゃびしゃにこぼしてしまったり。こぼれたら困るようなものを持っている時には、周辺に十分注意しなければいけないのがわかってくると、そういうミスも少なくなった。

私は痛みより温度の変化に反射してしまうことが多いみたいだ。

しかし、うっかりする時というのは注意すべきタイミングだということすら忘れている時なのだ。わかってたけどやっちゃったなという反省も、傷を作ってからでは遅い。

その後の痛みからくるめんどくささは、その部位を大事にしなかったことの報いかもしれない。

寝違えて首が痛い時には、右に向くことができないと思えたりするけれど、ゆっくりと動けば右に向くことは無理ではなかった。首が痛みを避けてそちらに向くことを避けるような感じだ。

靴ずれを作って歩き方がおかしくなるのも、痛い方の足がすぐに逆の足にバトンタッチしたがるからだし、体というのは割と簡単に音をあげる。かわりになってくれる側があるなら、そちらを使うようにバランスが変わるらしい。

●体からの信号

歯医者さんで痛みを和らげる方法ということで、笑気麻酔というのをしてもらったことがある。鼻にがっつり器具を被せられるので結構怖い。そこから繋がったボンベみたいなものから出てくる気体を吸っていれば、痛みを感じにくくなるという。

酸素も混ざっているので苦しいことはないけれど、そのボンベの中の気体を信じて吸い続けるのだから、全面的に信頼感を持てないと辛い。私の場合は、痛さに弱いのと、先生を信頼しているので「はい、やります」と即OKして使ってもらった。

痛くないなら痛くない方を取る私だけれど、知り合いのアメリカ人で麻酔が嫌いという人がいる。

「だから僕は麻酔を一切しないんだ」

歯医者でもそうしてもらうし、それで問題ないという。

「痛くないの? 怖くないの?」

痛がり&怖がりの私はそう質問するけれど、麻酔なんかで痛みが消える方がおかしいし、痛いのは自然なことだと言う。そういう人は結構いて、理解のある医者もいるそうだ。

私なんか歯の治療中に麻酔注射が足りなく感じて、おかわりを打ってもらうこともあるくらいだから、痛みをガマンできる人を尊敬してしまう。

胃カメラの時も、初めにスプレーや液体の麻酔の手順を聞いてからやったけれど、痺れはしたものの器具を入れる感覚はしっかり残っていて、どこが痛かったとか、何が何だかあまり覚えていない。

体からの信号を受け止めて、理解する能力というのは人それぞれだ。夫は風邪をあまりひかない。ひき始めの不調に気づくのが早いし、すぐに体を温めて眠ることで初期の風邪は治るそうだ。

私が子供じみた痛がりなのに、夫は仙人じみた達観で体をコントロールしているのかもしれない。胃カメラもテレビに映る画像を見て冷静だったみたいだし、楽しかったとか言っていたので、感想を聞く人を間違ったかもしれない。

真似をすればいいと思うけれど、長年の習慣は独自のものが多くて難しい。夫は寝つきも早くて、私に「3呼吸で眠る」と言わせている。

若い頃吸っていたタバコをやめた時も、辛かったか聞いてみたら「やめようと思ったらやめられた」そうだ。夫のそういう仙人的な部分は尊敬するけれど、自分に取り入れられないのは何としたものか。

私の場合は、タバコを吸わないので甘いものをやめたいけれど、本当はやめようと思えないので無理だろう。本当は自分の声は自分が一番知っているけれど、甘えが強いかどうかの違いだってことは、理解しながらフタをしてしまうのだ。


【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
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夏なので梅干が美味しい。でも梅干を一番美味しく食べられるお粥は、あまり夏らしくない気もする。お粥を冷やすのはどうだろうと調べてみると、結構いいみたいだ。やってみよう。