[4178] 真夏の昼の夢

投稿:  著者:  読了時間:27分(本文:約13,300文字)



《セーラー服とたわしとアヒルとイタリア娘とカラオケへ!》

■ Otaku ワールドへようこそ![239]
 真夏の昼の夢
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■ Otaku ワールドへようこそ![239]
真夏の昼の夢

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http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160826140100.html
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「会うと幸せになれる」と言われている私だが、実例はちゃんとありますよ、という主張を5月27日(金)配信分のプロフィール欄に書いている。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160527140100.html

私がキューピッドとなってゴールインしたカップルの話である。去年、台湾に行ったとき、イベントのブース関係者の飲み会に参加したのだが、その席で出会った現地在住の日本人二人が、一年後に結婚することになったのである。

二人が一時帰国中の5月15日(日)の夜、ひよ子さんも入れた四人で新宿のカラオケルーム「パセラ本店」のVIPルームに集まり、そこで私は婚姻届の証人欄にサインしたのであった。その帰り道で起きたことを書き忘れていた。

四人で新宿駅に向かっていると、若い女性が私と一緒に写真を撮らせてくださいと話しかけてきた。英語だったので「どこの国?」と聞くと、台湾だという。

前を歩いていたK太氏に「おーい、台湾だってよー」と声をかけると、振り返ったK太氏と女性が互いを指さして「あーーーっ!!!」と声をあげた。「何、何、お知り合い?」

イベントに来てくれた人だという。すでに一度、2ショ写真を撮っており、K太氏がシャッターを押したのだという。げげ、私は覚えてない。

つまり、私が台湾で出会った二人と一緒にいるとき、同じ時期にやはり台湾で出会った別の人と新宿の路上で再会したってわけである。すごい偶然のような気がする。

この手のことは、一回起きるだけでもそうとう確率が低そうに思えるが、私の身には、なぜかけっこうちょくちょく起きるのである。

統計学に「仮説検定」という手法がある。「この薬は効く」ということを検証するために、まず、反対の仮説を立てておく。「この薬は効かない」と。

実験してみたら、この薬を与えた100人のうち30人に効き目が現れ、偽薬(プラセボ)を与えた100人のうち3人に効き目が現れたとしよう。

一見、効き目があるように見えるけど、もしかすると、偶然かもしれない。そこで「効かない」という仮説の下で、このような結果が得られる確率を計算してみるのである。すると、それは非常に小さな値を取る。

「効かない」という仮説の下で、非常に確率の低いことがたまたま起きた、とみるよりは、「効く」という仮説のほうを採択するのが妥当であろう、と判定するのである。

その段でいくと、私の周辺でちょくちょく起きる意外な出来事についても、非常に確率の低いことが起きたと考えるよりも、誰かの意図がはたらいていると考えるほうが妥当なのではないか、ってことになる。誰かって、誰だよ。

この世は、誰かが見ている夢だったりするのかもしれない。われわれは、筋書きにしたがってお芝居を演じている役者なのかもしれない。役者自身、筋書きを知らされておらず、見えない糸で動かされている操り人形みたいなものなのかもしれない。

さてさて。例年、夏休み明けの初っ端のコラムでは「ぼくの夏休み」と称して、休み中に起きた出来事をレポートしている。去年はタイトルを「ぼくのミラクル夏休み」として、数々のミラクルをレポートしている。

今回も、そんな感じでいきます。

●上坂すみれさんの映像に味付け出演

前回、7月22日(金)配信分では、ロシアのサンクトペテルブルクに行ったときのことをレポートした。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160722140100.html

プロフィール欄では、私が味付けにちょこっと出演することになっている、とある歌手の新曲のミュージックビデオ(MV)が近日公開予定であることを書いた。が、その時点ではまだ情報解禁日前であって、詳しく書くことができず、非常に歯がゆい思いをした。

というのも、本文の内容と関連が深かったのである。その歌とは、上坂すみれさんの『恋する図形(cubic futurismo)』である。TVアニメ『この美術部には問題がある!』のエンディング主題歌。

MVは8月1日(月)にYouTubeに上がり、すでに49万回再生されている。


上坂さんは上智大学ロシア語学科出身である。去年、サンクトペテルブルクを訪問し、そこで開催されたイベント「AniCon 2015」でステージに立っている。

その模様は、同行した櫻井孝昌氏が写真入りでレポートしている。
http://docs.circle.ms/won/pages/anicon.html

櫻井氏は12月に事故で亡くなられ、今年の2月23日(火)にデジタルハリウッド大学で追悼イベントが催されている。呼びかけたのは、学長の杉山知之氏で、みずから司会を務めている。アシスタントを務めたのは、上坂すみれさん。

私は上坂さんをよく存じておらず、うっかり「かわいいですね」などと言ってしまった。結果、全力で否定されることに。後でネットで知ったのだが、上坂さんはかわいいと言われることがたいへん苦手なんだそうである。代わりに「毛深い」と言うのがお約束なんだとか。

追悼イベントにはアイドルグループの「アップアップガールズ(仮)」も来ていた。このときのご縁で、新曲『パーリーピーポーエイリアン』のMVに味付け出演させていただいた。

収録は3月9日(火)にあり、動画がYouTubeに上がったのは3月29日(火)である。20万回再生されている。


引き続いて、上坂さんの新曲のMVにも出演させてもらえる話が来た。収録されたのは、6月26日(日)。その四日後の6月30日(木)、私は成田からサンクトペテルブルクへと飛んでいる。去年、上坂さんが出たのと同じイベントに出るために。

櫻井さん、ぜったい上のほうからなんかしてるでしょ。「まあまあまあまあ、おまえにもがんばってもらわないと困るからな」。

収録のとき、そのことをぜひとも上坂さんに伝えたかったのだが、残念ながら、別収録となり、お会いできていない。

去年、日本から訪露団が行った返礼として、今年の夏にはロシアから訪日団が来た。上坂さんや私がお世話になったAniConのスタッフたちも含まれている。

8月10日(水)、赤坂にて日露懇親会が開催された。上坂さんにも当然声がかかっていたが、残念ながらご多忙ということで、欠席されていた。まあ、新曲が出たばっかりの時期では、しかたがないでしょう。

MVに出てくる私はそうとうキモい感じなので、叩かれるんじゃないかと少し心配したが、ネットでエゴサする限り、評判は上々である。なんか私まで毛深いことにされてるし。

●コミケでは、企業ブースで「お仕事」

8月12日(金)から 14日(日)、東京ビッグサイトにて、コミケ90が開催された。3日間の来場者数は約53万人で、昨夏を2万人下回ったとのこと。しかし、最終日一日に限って言えば、過去最多タイの21万人だったとか。

今回、私にとって特別だったのは、企業ブースに初めて参加させてもらえたことである。『幻獣契約クリプトラクト』というゲームのブース。
https://cryptract.jp/

今までの例だと、企業ブースは三日間にわたり、西ホール四階全体を占めていた。今回は、西ホール一階に降ろされ、金、土の二日間だけになった。

企業エリアはいつもものすごくごった返すけど、今回は、一〜五、六個の企業ブースが隣接しあってなる四角い島どうしの間の通路が、広めに取られているように感じられた。それでもごった返してはいたけど。

『幻獣契約クリプトラクト』のブースは、その番号が2632で、企業ブースとしては最小単位の間口を占めている。ブースを背にして通路に向かって立つと、真正面に見えるのが番号2534のブースで、なんと、上坂すみれさんのブースである。ブース名は『生産! 団結! 反抑圧! 上坂すみれ×Tカード』。

残念ながら、ご本人が降臨することは一度もなかったが、インタビューとMVをつなげた映像が無限ループで流されており、ときおり、私の姿がチラッ、チラッと映る。

『幻獣契約クリプトラクト』は企業ブース初参加で、私もそうなので、お互いに勝手がつかめておらず、おっかなびっくりなところがあった。

ブースに私が立つのは両日とも2:00pm〜3:00pmの一時間だけ。「そんなにラクさせてもらっていいんですかぁ?」などと言っていた私だが、実際には非常に密度の濃い一時間で、ちっともラクではなく、もう限界って感じだった。

私の役割は、ゲームのキャラに扮した三人のコスプレイヤーさんたちとともにブースの前に立ち、来場者たちから写真を撮られること。四人のうち 二人はロシア出身であった。

撮った写真をハッシュタグつきでツイッターに上げると、抽選で一万円分のギフトカードが当たるというキャンペーンが実施されている。私はほぼひっきりなしに撮られ、ずっと片足立ちだった。

形成された人だかりが膨らみすぎて、後方の人の流れの妨げにならないよう、スタッフが常に「一歩前へ!」と叫んでいた。

途中で大きな紙袋を配布したが、ものすごい勢いでハケていった。数百枚は用意していたであろうものが、ものの5分くらいできれいになくなった。

ブースでは五種類のグッズが販売されていた。そのうちのひとつは「リーゼロッテ描き下ろし抱き枕カバー」で、その説明には、「リズの愛称で親しまれている頼れる秘書官の描き下ろし抱き枕カバーです。ほんのり大人なリズを、こだわりの2Wayトリコット素材で、なめらかな肌触りに仕上げました!」とある。イベント価格10,000円(税込)。

金曜と土曜でそれぞれ50個ずつ、合計100個用意してあった。いい値段なので、そんなに売れるんかいな、と、正直、私も思っていた。が、両日とも、私が登場する前に、すでに売り切れていた。

初日にメディアが取材に来て、私はインタビューに応じた。来てくれたのは「Oricon Style」。その日の4:20pm にはウェブサイトに記事が上がった。この速報性にはびっくりだ。翌日の集客にもつながるではないか!

タイトルには、ちょっと冷やっとする。「セーラー服おじさん、会社を休んでコミケ来場」。いやいや、事実には違いないけど。ちゃんと有給休暇の申請が通った上で休んで来てるんだから、なんら問題ありませんって。なんだろ、このうしろめたいことでもしているようなニュアンスは。
http://www.oricon.co.jp/news/2076702/full/

同日、さらに、動画がYouTubeに上がった。


土曜日、声優の水間友美さんがブースに来てくれた。水間さんとは、去年、一緒にサークル参加して、お互いに撮りっこした写真集を販売したのであった。

同じ日、たわしおじさんも来てくれた。場の空気がいっそう活性化した。

●コミケではいろいろな人に会える

西ホールの一階は、中央部ががらんと広く、吹き抜けになっている。いろいろな方向に移動する人たちでごった返すので、ブースが設置されたりはしない。

今回、唯一の例外として、四階に通じる長いエスカレータの下に構えられたのは、IOEA、国際オタクイベント協会のブースである。櫻井孝昌氏が事務局長を務められていた団体である。

『幻獣契約クリプトラクト』のブースから目と鼻の先で、もし誰もいなければ、徒歩15秒くらいで行ける。

金曜日、ロシアからの訪日団がこのブースに参加していた。もっとも私は水曜日の懇親会で会ったばっかりなんだけど。訪日団は、土曜日には東ホールにサークルのブースを構え、季刊シリーズのコスプレ写真集を販売していた。日曜には鳥取へと移動していった。

『幻獣契約クリプトラクト』のブースと同じ島には、ゲーム『真空管ドールズ』のブースが構えられていた。
http://shinkukandolls.jp/

透明な素材でできた縦長の四角いショーケースが設置され、中にコスプレイヤーが入って、ブース前に集まった来場者たちが写真を撮っている。

私が通りすがったとき、有名なコスプレイヤーさんである、えなこさんが入っていた。ブース前には、すごい数のカメコが限界密度で密集しており、一体化して、マルチカメコアレイとでも呼ぶべき状態を形成していた。

私の姿を見たスタッフが機転を利かせて、えなこさんと入れ替わりに私を入れてくれた。一瞬、驚愕の表情を浮かべたマルチカメコアレイは、直後に大爆笑であった。えー、こいつも撮れ、と? 撮ってくれた。ありがとう。

土曜日、東ホールにブースを構えている漫画家の魔公子さんに会いに行った。サークル名は『RED RIBBON REVENGER』。魔公子さんとは、2014年9月にスペインのマドリードに行ったとき、お会いしている。『Japan Weekend』というイベントに一緒に参加したのであった。

サークルでは、漫画の同人誌の傍ら、いろいろな国の観光ガイド本を作って販売している。スペイン編では私が被写体の写真も使われている。

私はまだ韓国には行ったことがないが、何回も行っている魔公子さんによれば、中国と同様、反日のムードなんてまったく感じられないそうだ。あのさぁ、オレもすごーく行きたいんだけど。なかなか機会が来ないなぁ。

土曜日、東ホールでは、太宰ガロさんもブースを構えていた。サークル名は『Garoism』。みずからを被写体とするコスプレ写真集を販売している。ガロさんとはサンクトペテルブルクでお会いし ている。宮殿広場では一緒に馬車に乗ったのであった。

ガロさんと話しているところへ、日テレの取材班が回ってきた。われわれにもカメラとマイクを向けてくれたので、ロシアに行ってきたことなどを語った。海外にも進出していることに、すごく驚かれた。

ただ、あらかじめ予定された取材ではなく、行き当たりばったりに非常に長い尺を収録したであろう中で、ついでにとインタビューを受けたようなケースでは、ボツになる可能性のほうが圧倒的に高い。もし採用されれば『行列のできる法律相談所』以来一年ぶりのテレビ出演となるが、あんまり期待しないでおこう。

日曜日は、ジェーニャのブースに立ち寄るためだけにコミケに行った。サークル名は『パパはスペツナズ!』。スペツナズ(спецназ, Spetsnaz)とは、ロシア語で「特殊任務部隊」を表す略語である。で、ジェーニャの父親がそれなのは、事実なのである。

ジェーニャはロシア出身の声優さんである。テレビアニメ『ガールズ&パンツァー』では、プラウダ高校の生徒であるクラーラの役を演じている。同じ高校の生徒であるノンナの役を上坂すみれさんが演じている。二人がロシア語で会話するシーンがある。

私は、2006年に夏コミのコスプレ広場で偶然ジェーニャとお会いして、写真を撮らせてもらっている。
https://goo.gl/photos/xjuRdrLWHwxqTWQM6

そのしばらく後で、秋葉原駅近くの路上でフリーのマップを配っているところに遭遇して受け取ったこともある。あのころは、かわいらしいお嬢さん、って感じだったけど、今は、すごい美人になっている。

サークルでは、『ガールズ&パンツァー』の聖地である茨城県大洗で撮影された写真を主体とする写真集を販売していた。フェイスブックでは「友達」になっていたが、実際にお会いするのは10年ぶりくらいであった。

フランス料理やイタリア料理のお店に比べると、日本にロシア料理のお店は圧倒的に少ない。そんな中で、ジェーニャのお薦めは吉祥寺にある「カフェロシア」なのだそうである。ボルシチはトマトではなく、ビーツで作るのが正統派なのだとか。今度、行ってみよう。

●アフターコミケはアニソンカラオケへ

毎年、夏コミの時期に合わせて遥々イタリアからやってくる友がいる。ビアンカ。記録によると、始まりは2006年だから、今年で11回目になるのか。

8月11日(木・祝)、ひよ子さんと彼女のお知り合いのオランダ人とビアンカと私の四人で、銀座のお店で飲み会を催した。飲み食いだけで時間切れになってしまい、カラオケには行けなかった。

ビアンカは、アニソンの日本語の歌詞をローマ字表記したプリントの束をいつも持ってくる。今年も持ってきているというので、じゃあ、日をあらためて歌いに行こうという話になった。

8月13日(土)、コミケの後で。いつもだと中野にある「アニソンカラオケバーZ」に行く。
http://www.anisonkaraokebar-z.com/

ボックスではなく、店内にステージがあって、他のお客さんたちの前で歌う方式なので、イタリア人が日本語でアニソンを歌うと、やんやの喝采が起きて、ものすごく盛り上がる。

今回は、宿泊地の関係で秋葉原のほうが近いので、そっちにある、同じような方式のお店にした。「アニカラ★ヒーロー」。私もまだ行ったことのないお店だった。
http://anihero.com/

この日、ビアンカはコミケには行かず、近くにあるTFTビルで開催されている別イベント『となコス(となりでコスプレ博)』に直接行くという。4:30pmにそっちのイベントの出入り口で待合せした。ひよ子さんは、翌日、鳥取に向かうため朝が早いとのことで不参加。

ところで、たわしおじさんと私は、ばったり遭遇することが過去に四回あった。

最初は2013年11月16日(土)、原宿の竹下通りで。せっかく会ったのだからと、当時原宿にあったニコニコ本社へ行き、生放送してきた。

二回目は2014年3月18日(火)。夜、表参道で、一般社団法人元気ジャパンの渡邉賢一氏の講演会が開催された。演題は『日本ってすごい! 過熱しまくるジャパンブーム! みんなで世界に仕掛けよう!』。聴講しに行ったら、たわしおじさんも客席にいた。

三回目は2014年5月19日(月)。仕事帰り、10:30pmに西武新宿駅改札口で私は人と待合せしていたのだが、なかなか現れない。ケータイを所有していない私は連絡がつかなくて困っていた。そこへ現れたヒーローが、たわしおじさん。

私の待合せ相手の番号を知っていたので、即座に電話してくれた。向かっているとのこと。間もなく現れて、解決。四回目は2015年5月4日(月)。最初のときと同じく、竹下通りで。

脳から直接電波を出し入れできて、なおかつ、波長が合ってる場合、相互の通信にケータイのようなデバイスは必要ないのかもしれない。

さて、8月13日(土)、私はたわしおじさんとコミケで会っているが、これは、向こうが私のブースを目指して来てくれたからであって、不思議でもなんでもない。

コミケが終わって、たわしおじさんはガンダムでも見に行こうかと、ゆりかもめの軌道の下の道を歩いていた。そこで、ビアンカが出てくるのを待つ私の姿を遠目に発見してしまったのである。で、来てくれた。これ、五回目に数えていいですか?

じゃあ、秋葉原のカラオケに一緒に行きましょう、ってことになった。たわしおじさんによると、秋葉原にはアヒル武士氏がよくいるという。生きているアヒルを散歩させているおじさんである。連絡をとってみたら、やはりいるという。合流してくれた。

イタリア人女性と、たわしを散歩させるおじさんと、アヒルを散歩させるおじさんと、セーラー服を着たおじさんの総勢四名が、まだ誰も行ったことのないアニソン専門カラオケ店を目指した。エレベータのない古びたビルの五階にあって、たどり着くまでにたいへん不安になった。

しかし、恐る恐る入ってみれば、中はたいへんにぎやかで、われわれ四人が入っていくと、すごい歓声が上がり、大騒ぎになった。狙ったとおり、ビアンカの歌には、大きな拍手喝采が起きた。大成功!

●セーラー服来店で一杯タダのラーメン店のご主人、亡くなっていた

「ラーメンショップ高梨」のご主人が6月に亡くなられていた。知ったのは8月17日(水)のことである。

「30歳以上でセーラー服を着て来店した人は、ラーメンが一杯タダになる」という企画のお店。私がセーラー服を着て、初めて電車に乗って出かけたのは、これに乗っかってのことだった。2011年6月11日(土)。私の中でひとつの大きな扉が開いた瞬間である。

企画が立ってから最初の一か月ほどは実行する者が現れず、結果的に私が一番乗りとなった。翌週には二番手と三番手が来訪している。

その時点ですでにご主人は70歳近いご高齢であった。建物は側面が錆びたトタンの波板からなる掘立小屋のような粗雑さ。水のコップは、日本酒のワンカップの空き瓶で代用していた。そこらへんで拾ってきて洗ったものだという。ラーメンはたいへん美味かった。
https://goo.gl/photos/maiK99f77RpDkJKp8

2013年4月7日(日)、かなまら祭りの帰りがけに立ち寄った。四回目。結局、このときが最後になった。岩切等氏に撮っていただいた。
https://goo.gl/photos/W6scsSWGGgYPohwn8

お店は2015年4月27日(月)をもって閉店していた。たまたまそれに気がついたのは6月になってからだった。しまった。そうと知っていたら、最後にもう一回ぐらい行っておきたかったな。
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshi123_4100/70371368.html

今年になり、7月18日(月)、とあるウェブ上の動画配信メディアの番組制作担当者から私にメールが届き、インタビューしたい旨、申し入れがあった。OKすると、何やら企画がひらめいたのであろう、そのラーメン屋のことをネットで調べてくれていた。

21日(木)のメールで、移転して再開している旨、知らせてくれた。えっ、そうだったの? もう終わったものと思い込んで、ぜんぜんマークしていなかったよ。

こっちでも調べてみれば、元あったところから、徒歩7〜8分のところに移転している。いつ再開したのか不明だが、行った人のレポートが、2015年10月から2016年5月にかけて、「食べログ」に上がっている。

最後のレポートでは、三人で行って、二人は麺硬めと注文したのに、三つ同時に出てきて、謝られたとか。チャーシューが入っていないことに気がついて言ったら、また謝られて入れてくれたとか。ちょっとヤバい感じ。それが実は亡くなる約一か月前だったわけだ。

番組制作担当者は、お店を訪問して取材したいと申し入れるために何度も電話しているが、誰も出ないという。また、ネットで検索をかけても、最近の訪問レポートがぜんぜん出てこないのも気になっていた。

収録予定日はいちおう、8月20日(土)と仮決めしてある。で、担当者はお店の向かい側にある銭湯に電話してみた。営業しているのかどうかを聞くつもりだったようだが、亡くなられたと知らされた。

それをメールで私に知らせてきたのが、17日(水)。最初に行った時点ですでにご高齢だったので、先々、長く続けられるお店ではないだろうとは思っていた。けど、悠々自適のご隠居生活もなく亡くなっていたとは急なことだ。

再開したという情報を得るのが遅くて、移転後の店舗に一度も行けなかったのは、かなり心残り。一度閉店したお店をまた開けたのは、ご主人が昔のお客さんにまた会いたくなったからなんじゃないかなーなんて想像しちゃう。

収録は予定通り20日(土)に行われた。閉店したと知りつつ、跡地に行ってみた。まず、旧店舗へ。あのチャチい作りの建物は跡形もなく消滅していた。なくなってみると、どこだったかも思い出せない。

「雑貨チュベローズ(Tuberose)」の手前だったようだ。Googleストリートビューでは鉄板で囲われて、鉄筋コンクリートの建物が建築中。行ったときには、マンションみたいなのが建ってたっけな。

続いて、移転先店舗へ。シャッターが閉まっていて、ラーメン屋の痕跡を残すものは何も見当たらない。その前からあった店舗を居抜きで使っていたため、シャッターの上端のさらに上には大きく「ビックアイ」の文字が掲げたままになっている。

店のご主人は、ご近所でも名物のようにみられていた。よくテレビに出たり、雑誌に載ったりしていた。それも立派な活躍だけど。ご主人が残した最大の遺産は私なんじゃないかと思う。

なにか画期的なものを発明したとか、音楽や芸術などでいい作品を制作したとか、スポーツで大活躍したとか、派手な仕事を成し遂げたことをもって人類に多大な貢献をした上で世を去ることができれば、輝かしい人生を送ったと文句なしに言えるけど、そんな人生が送れる人は、人類の中でも特別に選ばれた、ごくごく少数だけである。

たいていの人は、ぱっとしたこともなく生涯を送り、世を去ってからしばらくすれば人々から忘れ去られ、何世代分か時を経れば、存在の痕跡も残らない。

けど、その人が誰かになんらかの影響を与えて、生き方を根底から変えてしまうようなことがあれば、与えた当人が死んでしまった後でも、受けた側の影響は生き続ける。

影響を受けたその人が今度は別の人に影響を与え、それは、間接的に連鎖して受け継がれていくんじゃなかろうか。うまくすれば、拡大していくかもしれないし。

ものをいくら貯め込んだり、お金を稼ぎまくったりしたところで、あの世まで持っていけるものでなし。しかし、与えたものはこの世にとどまって生き続ける。人が生きた証とは、どれだけ得たかではなく、どれだけ与えたかなのではないかと思う。

そういうわけなんで、パスを生かし続けるためにも、私も誰かから預かったボールを次の誰かに渡さなくては。私の存在自体はいつか忘れ去られちゃったっていい。ボールのパス連鎖が生き続けていればいいのだ。


【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
http://www.growhair-jk.com/

Googleが、ウェブ上の写真アルバムPicasaのサービスを終了してしまった。Googleフォトへと統合するから、とか。データは自動移行されていて、消滅したわけではないからそこはいいんだけど。

Picasaアルバムへのリンクがすべて切れちゃっている。今までデジクリに書いてきた原稿内からの写真へのリンクが、全部エラーに。ひどいっ。自動転送してくれないんかいっ。

Facebookも面倒なことに。私に友達申請を送ろうとすると、すでに友達の数が上限に達しているため送れません、と拒否されてしまうとか。実際の友達の数は672人で、1,000人まではまだまだ余裕があるはずなんだけど。

これ、友達申請が来たのを放置してたのが原因だった。承認せず、消去もしないで置いておくと、それもカウントされていたのであった。

大量に来ている友達申請のうち、誰だか分からず、なおかつ、共通の友達が一人もいないやつをポチポチポチポチ消していく作業、めんどかったー。


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編集後記(08/26)

●図書館のカウンターの横に、帰ってきたばかりで次の予約がない本がとりあえず置かれる棚がある。そこで発見したのが島野清志「危ない大学 消える大学'17」だった(エール出版社、2017)。なんとも危ないこのタイトルは1993年に始まり、途中隔年の発行を経て22作目になるロングランシリーズだという。入学する価値のある大学、ない大学を選択するためのテキストとしての、身も蓋もない内容には、ないと決めつけられた大学の学生や関係者は腹立たしいことだろう。連絡先電話番号も明記しているから、クレーマー殺到は容易に想像できる。ネット上の批判も多いようだが、それは覚悟の上、とのことだ。

「大学の序列は昔から厳然とあるものだし、今後も連綿と続くだろう。そう思わない人が批判するのは見解の相違であり、仕方のないことだ」。読者とは厳しいもので、えこひいきのような偏った記述が目に付くようになったら離れていく。ほとんどの大学本が続かないのはそういう理由だろう。20余年も続いているこの本の実績は認めなければならないと思う。大学格付けの基準はずっと代々木ゼミナールの偏差値を用いてきたが、今回から河合塾のデータに切り替わった。代ゼミは日本を代表する大手予備校の座を実質的に降り、もはや全国規模の精度の高いデータを提供できる模試を実施できなくなったからだ。

結果、データが変わっても従来の序列自体に大きな変動はなかったという。大学の格は歴史と伝統、難易度、出身者の実社会での実績、それらが相俟って醸し出すイメージが決めるものらしい。わが孫二人も数年後には大学入試に直面するのだから、大学選びのコツは心得ておいてアドバイスしたいと思うジイサンなのである。1)学部より学校名で選ぶべし 2)企業に入ってバリバリ働くのなら女子大より共学 3)納得がいかないなら迷わず浪人を選ぶ 今後はブランド大学の入試は広き門になる 4)自己のキャラクターにあった学風の大学を選ぶ 5)同じレベルなら歴史のある大学を選ぶ……なるほどねえ。

この本の核心は危ない大学、潰れそうな大学の見分け方だ。共通項は、難易度が低く、知名度にも欠けて、セールスポイントがないことだ。消えた大学に共通するのは、比較的小規模で、設立・開学してからそれほど時間を経ていない、首都圏以外にある、校名を変更している、低ブランドの短大を母体にしている、などである。

でも、この本の一番の売りは「河合塾の偏差値及び総定員充足率で各大学の格付けを決定」しているところだろう。SA、A1、A2、B〜G、N(危ない大学・消える大学の候補校)という各グループのランキングが12ページわたって無慈悲に並ぶ。わが大学はいちおう納得できるグループに入っているから穏やかに見ていられたが、それより下だったら絶対モヤモヤしただろうな。 (柴田)

危ない大学 消える大学'17
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4753933504/dgcrcom-22/


●大学選びのコツに同意。本人の学びたいことや教授の善し悪しは別として。いちいち学部の偏差値なんて調べないもん。出身大学が同じだと仲間意識芽生えるし、出世するのは女子より男子で、歴史あったら大御所の先輩もいるだろうし。学生時代にこういうことを知っていれば……うう。

保険相談続き。医療保険については、更新のお知らせが来ていたこともきっかけとなった。約10年後となる更新年での月額を見て、払えなくなるかもと。今の3〜4倍になっていた。

それだけの保険料が必要なんだろうかという疑問が生まれたと同時に、友人の「保険料の払い込みを終えたかった」という最近の一言が頭に浮かんできた。住宅ローンの返済をさらっと終えた彼女は、保険料の払い込みも同時期に終わらせ、安心したかったようなのだ。

無知な私は、保険ってずっと払うものだと思い込んでいて、早くに全額払って終身の保障なんて考えたことなかったの。

ずっと働けるかどうかわからない。年金の支給時期は今より遅くなっていくだろう。預金しても利子はつかない。運用する知識やリスク選択力はない。国は簡単には助けてくれない。もちろん保険会社だって絶対ではないが、よほどのことがない限り大丈夫だろう。

よほど、で思い出した。亡くなった祖母は国債で大損したから買わないと言っていた。もしかしたら曾祖母の話を伝えてくれたのかもしれない。

保険相談での会話で一番印象的だったのが、「小さな怪我や手術では、人の人生は狂わない」ということだった。続く。 (hammer.mule)

日本国債 戦前の政策
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E5%82%B5#.E6.88.A6.E5.89.8D.E3.81.AE.E6.94.BF.E7.AD.96
このことかな「戦前比3倍の戦時インフレ(4年間で東京の小売物価は終戦時の80倍)によってほとんど紙屑」