[4181] エンゲージの時代

投稿:  著者:  読了時間:15分(本文:約7,400文字)


《いきなり新しい地平というか広大すぎる未開拓地を発見》

■ゆずみそ単語帳[03]
 エンゲージの時代
 TOMOZO

■グラフィック薄氷大魔王[487]
 「正しい英語の放棄」他、小ネタ集
 吉井 宏



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■ゆずみそ単語帳[03]
エンゲージの時代

TOMOZO
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160831140200.html
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英語の学習者の中にはたまに、辞書に載っている訳語がその単語のすべてであって、言葉というものは地図の記号や化学式かなにかのようにゆるぎない「一対一対応」である、と思い込んでいるらしい人がいる。

もちろん、そんなことはない。

どんな国のどんな言葉も、単なる記号ではない。

言葉は文化であり、思想と感受性の反映であって、使う人あってのもの。時代が変わり、生活と考えかた、ものの感じ方が変われば、当然言葉も変わる。

そして、その言葉が表す考え方、感じ方というのは、ほかの国の言葉にそっくりニュアンスを損なわずに移し替えるのが難しいことが、かなり多い。

日頃、英語と日本語の単語を相手にしていて、すっきり翻訳できる言葉や概念というのは、もしかして例外的なのではないかと思うこともある。

たとえば、とても翻訳しにくい言葉のひとつに「engage」というのがある。

日本語の中に入り込んでいる「エンゲージ」は「婚約」だけれど、それはこの言葉がもつ意味の中の、ほんの一部にすぎない。

「リーダーズ英和辞典」の訳語では、

(自動詞)
1. 約束する、請け合う、保証する
2. 従事する、携わる、乗り出す、参加する、関心をもつ、かかわる、交戦する
3. (歯車などが)掛かる、かみ合う、はいる、連動する

(他動詞)
1. 契約(約束)で束縛する、保証する、婚約させる、雇う、予約する
2. 従事させる、交戦する、(会話などに)引き込む、注意をひく、魅了する
……などがあがっている。

でも、ここに並んだ訳語を見ても、この言葉のイメージはつかみにくいのではないだろうか。

Googleによると、engageの語源はフランス語で、もとは「なにかを担保に誓約する」という意味の単語だったそうだ。それが「契約」の意味を帯び、やがて「なにか、または誰かに深くかかわる」という意味になってきた、らしい。

いまのアメリカ英語では、「engage」はビジネスの場面でも、日常の場面でも、わりと頻繁に使われる。

会話にengageするといえば、スマホをいじったりせずに相手の言うことに注意と関心を向けて会話をする、ということ。

企業の多くが、社員がengageできる会社にすることを目標のひとつに掲げている。仕事にengageしている社員とは、主体的に意欲を持って仕事に取り組み、会社の成功に対して当事者意識を持っている社員のこと。

engageは最近流行のマーケティング用語でもある。いかに多くの人に製品やブランドにengageしてもらうか、についてたくさん本が書かれている。

ブランドにengageするとは、そのブランドを自分の生活と価値観の延長として愛着を持つこと、を指す。

このマーケティング用語としてのengage/engagementという概念は、最近、日本でも「エンゲージメント」とカタカナ語になって輸入されている。

これらの文脈のengageとは、つまり、「主体的になにかの対象に意識を向け、働きかける」ということだ。

感覚としては「身を入れる」というのが近いのではないかと思うけど、「身を入れる」という言葉には、相手についての意識が低い。

engageには双方向の意識がはたらいている。

日本語には「engage」が表現する「歯車が噛みあうようにしっかり対象に向き合う/向き合わせる」をコンパクトに表す単語はない。

訳語としては、だから、その文脈によって「つながる」としたり「魅了する/される」「惹きつける」などいろいろひねり出したり、流行のマーケティング用語にならってカタカナを使ったりすることになる。

Google Ngram Viewerを見ると、19世紀初頭をピークに減っていた使用例が、60年代からゆるやかに増え続けている傾向がわかる。

https://books.google.com/ngrams/graph?year_start=1800&year_end=2008&corpus=15&smoothing=7&case_insensitive=on&content=engage

20世紀後半、第二次大戦後に育った若者が大人になった頃から、アメリカ社会は激しく変わった。これは世界的な傾向ではあるけれど、とくにアメリカは、世界で最も豊かで最もひどい矛盾を内側に抱えた国家として、世界の中で真っ先に数々の大騒乱を巻き起こしてみせた。

公民権運動、反戦運動、東洋思想への傾倒、ウーマンリブ、フリーセックス、ドラッグ、ロックンロール、そして、やがてその後半世紀かけて人々の生活を完全に変えてしまう情報技術の台頭、経済の加速。

白人男性のエスタブリッシュメントたちが政治や経済を取り仕切っていた社会から、多様な背景・価値観・文化を持つ人々とつきあい、互いの価値を認めざるをえない社会へ。

そして経済もテクノロジーもますます加速し、価値観が日々更新される目まぐるしい社会へ。アメリカは先頭をきって変わっていった。

engageという単語は、そうした多様化しつつあらゆる面で加速する社会の中で個人に要求されている心の状態を、はからずも象徴しているように思える。

相手の注意をがっしりと捉える。意識を最大限に集中して主体的にその場に(あるいは人やモノに)向ける。

少し目を離していると、テクノロジーも政治も経済も社会の制度も常識も、どんどん変わっていってしまう。社会の中になにがしかの位置を占めたいなら、そのスピードについていかねばならない。

アメリカ企業のカルチャーの中では、常に変化についていくために、周囲のすべてに「エンゲージ」していることが要求される。

「engage」は、1980年代後半からオンエアが始まった『新スタートレック』(原題は「スタートレック:ザ・ネクスト・ジェネレーション」)のピカード艦長のセリフとしても有名だ。

USSエンタープライズをワープ航法に切り替えて、光よりも速く移動する時に、ピカード艦長が全士官に出す命令が「エンゲージ」である。

この言葉の性格は、このピカード艦長の命令にとてもよく表れていると思う。

新世代には、みんなワープの速度で飛んでいかねばならないのだ。


【TOMOZO】 yuzuwords11@gmail.com

米国シアトル在住の英日翻訳者。在米そろそろ20年。マーケティングや広告、雑誌記事などの翻訳を主にやってます。

http://livinginnw.blogspot.jp/
http://www.yuzuwords.com/


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■グラフィック薄氷大魔王[487]
「正しい英語の放棄」他、小ネタ集

吉井 宏
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160831140100.html
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●「正しい英語」の放棄

ときたま来る英語のメールやメッセージに、ちゃんと返事するのは大変。翻訳ソフトやGoogle翻訳で日英と英日を繰り返して、「正しく意味が伝わるであろう英語」を半日かかって書くみたいなことをずっとやってきた。あまりに大変なのでせいぜい年に数回程度だけど。

よほどきちんと書かなきゃいけない場合は、Gengoなどの人力翻訳サービスを使ったり、エージェントに丸投げしてる。

ふと思った。「翻訳ソフトを使って書いてる」ことは、相手はわかってるはず。ネイティブじゃないんだから、どんな英語書いても不完全で不自然なのは当たり前。相手もネイティブじゃないこと多いし。変に正しく難しい英語を書いちゃうと、そのレベルで対応されちゃったりしてマズい。

とすれば、最初から「ちゃんとした英語を書くこと」は放棄しちゃっていいんじゃないか? と。日本語でどんどん書いてGoogle翻訳で英語にし、「意味が通じるかチェックしないでそのまま送信」でいいのではないかと。

「チェックしないでそのまま送信」がミソ。チェックするから正しく書かなくちゃいけなくなる。変な英語を送って、相手が大笑いするくらいでいいんじゃないか。

何が良くないって、正しい英語を書かなくちゃいけないってプレッシャー。それでめんどくさくて、返事しなかったり遅れたりするより、Google翻訳でいいからサッサと送るほうが1000倍マシじゃないかなと。

一応は主語述語が明快で、短めの文章を心がければ大丈夫。Google翻訳英語でやりとりする回数が増えれば、不明な部分が少なくなっていくはず。

短い文章を多めに送れば「あ、そういう意味ね」ってわかってもらえる機会が増えるはず。Gmailだったら相手が翻訳ボタン押せばいいわけだし。むしろ、原文もあるほうが解釈の幅があって良い。

っていうか、日本人に当たり前に英語でメールが来るのは、「英語くらいできるだろう」って思われてるんだろうから、それなりの英語で対応しなくちゃバカだと思われる。とか思ってた。

また、外国からのメールにも明らかに翻訳ソフトで日本語にしたものがある。受け取った英語メールがどうやっても意味不明だったりするのは、ひょっとして、相手も自分の言語をGoogle翻訳してるのかもしれないw

●電柱地中化の意外な問題点

近所に電柱のない地区がある。すごいスッキリして空が広くて素晴らしい! と思いがちだけど、狭い歩道に十数メートル間隔でトランスだか変圧器の巨大なボックスがドーンドーンと設置されてて、歩いててめちゃくちゃジャマ。

もしかして、電線地中化に抵抗する勢力が「こんなジャマなもんができるけど地中化していいの?」っていうアピールに思えるほどの。

ボックスが小型化されるか数がすごく少なくなるなら、電柱地中化大賛成なんだけど。ボックスはこういうのです↓
http://www.tawatawa.com/densen1s/page026.html

ボックスごと共同溝みたいなマンホールに入れられたらいいんだろうけど。たぶん欧米の街ではそうなってるんだろうな。あるいは、各家庭や事業所で発電するようになりゃいいのに。

●TDWのシリーズ化→ビッグバン

いつも作ってるTDWキャラクターのシリーズ化について考えてみたら、びっくりした。
http://www.yoshii.com/the-daily-work---06.html

今まで、TDWには「シリーズ」という概念を持ち込まないようにしていた(いくつかの例外はあるけど)。なぜなら、「その時思いついたものを作る、勢いで作る、粗製濫造して後で選ぶ」が基本姿勢だから。

シリーズ全体を考えて作り始めると、テーマや統一感にがんじがらめになって楽しくなくなっちゃう。

でもしかし、キャラクターやフィギュアをやるなら、まとまった数のシリーズをいくつも作っておくほうがいろいろ便利なのは確か。それで、どんなシリーズが考えられるかな? と、あらためて列記してみたところ……シリーズネタなんていくらでも出てくる!

エレメント・元素、惑星、春夏秋冬、季節のイベント、クリスマス、ハロウィン、トロピカル、スポーツ、十二支、十二星座、タロット、色、動物、ペット、花、性格・感情、味覚、楽器、恐竜、想像上の動物、妖怪、寿司、絵文字アイコン、数字、アルファベット、道具、デザート、お菓子、フルーツ、乗物、建物……。

テーマについて、ちらっと思い巡らせるだけでもいくつも面白いものを思いつく。それぞれ一回で終わりじゃなく、ニュアンスや様式を変えれば何度でも繰り返せるし……無尽蔵だわ。

今思いついた30シリーズに限っても、それぞれ12個作ったらそれだけで360個、約3年分! 無尽蔵すぎて萎えるw

いきなり新しい地平というか、広大すぎる未開拓地を発見してしまって、途方に暮れる気分。新大陸発見とかビッグバンとか言うとカッコイイけど、突然、3年かかる夏休みの宿題を出されたようなもの。

どうするかね……。


【吉井 宏/イラストレーター】
HP  http://www.yoshii.com
Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/

「英語をなんとかしなくちゃと思いつつ何もしてない」をパスするだけで、
人類は何割かラクに生きられるはずw

・ショップジャパンのキャラクター「WOWくん」
https://shopjapan.com/wow_kun/

・パリの老舗百貨店Printemps 150周年記念マスコット「ROSEちゃん」
http://departmentstoreparis.printemps.com/news/w/150ans-41500

・rinkakインタビュー記事
『キャラクターは、ギリギリの要素で見せたい』吉井宏さん
https://www.rinkak.com/creatorsvoice/hiroshiyoshii

・rinkakの3Dプリント作品ショップ
https://www.rinkak.com/jp/shop/hiroshiyoshii


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編集後記(08/31)

○英日翻訳者・TOMOZOさんが、とても翻訳しにくい言葉のひとつに「engage」がある、という深い考察をされた。英訳に苦労する吉井宏さんが「正しい英語の放棄」を提案した。絶妙というか、ヤバイというか、もちろん位相が違うから笑えるんだけど、編集の意図したことではなく、偶然の並びですよ〜。

●夏休み中はほぼ毎晩、旧作映画DVDを見ていた。名作ではない。迷作ばかり。2014年スウェーデン制作のホラー風味のコメディ映画「アメリカン・バーガー」は格別面白かった。「このハンバーガーは100%人間の死肉! 独創性200%、ファニー・テイストの過激サバイブ・ホラー」というのが煽り。夏休みにヨーロッパのクラケッチという国巡りバスツアーに参加した、典型的なアメリカの大学生(=おバカ)たち。ホラー映画に欠かせないオタクやチアガール、マッチョ、異性しか関心のないバカどもが遭遇したとんでもない大殺戮。被害者は彼ら自身である。彼らはアメリカン・バーガーの肉にされてしまうのだ。

ランチは路傍のハンバーガースタンドのアメリカン・バーガー、中に髪の毛が入っていて悪態を吐く女教師、いやな予感が(笑)。訪問先はそれをつくる会社だ。陽気な工場長が出てきて「アメリカン・バーガーの食肉調達場へようこそ、いや加工場だ」と挨拶、血まみれの防護服みたいのを着てチェーンソーを振りかざす連中が出現し、学生達に襲いかかる。阿鼻叫喚。大部分は殺され、森に逃げる学生達がいる。ねこぐるま(一輪の荷物運搬手押し車=死体運搬用)を押して、無言で追うチェーンソー作業員たち、ちょっとユーモラスな奴ら。逃げるおバカ学生たちに緊迫感が薄いんだから、お気楽に見ていられる。

あとは数人ずつのチーム別に逃走劇の顛末を描いているが、殺戮者に追われているのになんという屈託のなさだ。ギャグシーン、お下品なシーンが多いが、もちろんグロシーンもある。一人で逃げるチアリーダー、彼女だけが襲撃されない。美しい自然の中のスレた天使のような彼女、なぜか衣服が次々と剥がれ、最後は下半身すっぽんぽん、もちろん生き残る。ホラー映画の定石を外した連中、次は誰が殺されるのか予想できない。死んだふりをして工場に運ばれ、丸裸で調理台にセットされ、アメリカン・バーガーの材料になる寸前の学生が、俺はアメリカンではない、カナダ人だと言い張ると、あっさり開放される。

結局、生き残った数人(つまり主役陣)がバスに乗り込み、この地獄からの脱出に成功するのだ。デブの女教師はアメリカ人の中で唯一戦闘的な、女ランボーであった。それから、バスから降りず後ろの方の席でずーっとイチャイチャを続けていて、この惨劇を知らぬカップルがいた。「その後、アメリカン・バーガー工場見学では、パスポート提示が決まり事となった」という結末が笑わせる。この映画、ホラーに徹底すればとんでもなく恐ろしい仕上げも可能だが、あえてブラックユーモアや下品なギャグでコメディに仕立てている。スウェーデン人がアメリカ人を小馬鹿にした快作であった。悪趣味な人向き。 (柴田)

「アメリカン・バーガー」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B019MQXXO2/dgcrcom-22/


●「会話にengageする」「ブランドにengageする」そんな使い方するんだ。そういや「コミットする」はニュアンスが変わっている気がする。向こうでもそうなんだろうか。日本だけ?/「英語をなんとか〜」めっちゃわかります!!

保険相談続き。彼の説明はわかりやすい。実例、経験談に余談を交えてくれる。

知らないことを聞かれたら素直に、わからない、いい質問をしてくれましたと言ってその場で調べたり、同僚に聞いてくれる。そろそろそういう質問があるかと思って調べておきましたと言われたこともあった。

答えられないのはイヤみたいで、彼自身がクイズ番組に出ているよう。学ぶのが好きな人なんだと思う。

彼の得になる保険に入れられてもいいかなと思える。無知すぎるわけで、彼の話してくれるメリットだけで十分なのだ。素人対百戦錬磨のプロ。勝てません。

聞くだけでいいのでこんなのもあると紹介されてください、と良さげなのをちらっと見せる。お客さんの条件だとこれだけの会社が残ります、全部紹介するといくら時間があっても足りないので、僕がいくつかピックアップしてもいいですか、など。上手いわ〜。彼はそのお店で2番目に古いんだって。 (hammer.mule)