ショート・ストーリーのKUNI[200]シェアハウス・タイプII/ヤマシタクニコ

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彼、鳥山武雄は斡旋所から出るとすぐ前にある公園に向かった。なんだか疲れてベンチで休みたい気分だったからだ。

自販機で買ったコーヒーを飲み、ふうっとため息をつくと自分と同じような格好──それさえ着ていれば普通のサラリーマンに見える、地味な色のスーツ、白シャツにネクタイ─をした男がやってきた。彼より若い。

「あなたも、ですか」

「たぶん」

若い男に聞かれ、彼は別に否定もしなかった。

「まったくあそこに行くたび消耗しますよね。でも、ぼくのような人間はシェアハウスを利用するしか仕方ない」

彼は黙っていた。男は勝手にしゃべり続ける。

「どう考えてもこのやり方が最善だなんて思えない。でも、政府は放置するのみだ」





シェアハウス──監督官庁の区分によると「シェアハウス・タイプII」だが推奨され始めたのはいつからだっけ。男女を問わず単身者は増える一方、賃金は下がる一方だし高齢化も進む。

だが、国民はあえて貧困から抜け出そうとせず、ずるずると、定職はおろか定まった伴侶、定まった家族さえ持とうとしない──20世紀型の成功を手中にした権力者たちの目にはそう見えた。この連中には何らかの強制が必要だと。

そこで出されたアイデアが、シェアハウス・タイプIIだった。単身者はこのシェアハウスに住むことを強く推奨される。家賃は安く設定され、その代わり住人たちは家族として振る舞うことを強制される。

家族と暮らしたことのない人間は、シェアハウスで家族の温かみを知るだろう。かつて家族がいたが今はさまざまな事情からひとり暮らしをしている人間は、改めて家族の良さを知るだろう。

異世代が一緒に住むのも悪くないと思うだろう。当然、シェアハウス内での出会いも期待される。婚姻率の上昇もあるだろう…。

そもそも、家族を基礎単位としてあらゆる政策が組み立てられている国だから、政府にとって単身者が増えることは財政的にも好ましくない。首都圏では絶対的に住居も不足している。

そうして各地で、補助金をあてにしたシェアハウスがどんどん建設された。一方で単身者向けアパートやマンションは新たな建設を禁じられ、既存のものは家賃がどんどん上がっていった。

とても非正規労働者が払える家賃ではない。好むと好まざるにかかわらず、シェアハウスに入らざるを得ないのだ。「セレブ」と呼ばれる富裕層以外は。

「君はどこを紹介されたんだ」

鳥山が聞くと、男は斡旋所でプリントした紙を見ながら答えた。

「駅の向こう側にあるブライト・シェアハウスです。必要設定:30代後半、営業職についていて趣味はプロレス観賞、読書には興味なし、占いを信じる、地域のボランティア活動にも関心がある…だそうです」

「君はプロレスに興味が?」

「ないですよ。ほとんど見たこともないから、これから勉強します。占いを信じる人の気が知れないが、今日からはそんなそぶりを見せるわけにいかない。大好きな読書は封印せざるを得ないでしょう」

「できるのか? 無理しなくてもいいんじゃないか」

「ここが一番安かったんです。前のところはかなり自分の素に近い設定でいけたのでよかったんですが、先月会社をクビになって。だから、仕方ないんです」

「そうなのか」

「まあ、行ってみたら意外と良かったということもありますからね」

男が言い、彼はうなずいた。

「君はまだ若い。きっとうまくいくさ」

それは本心だった。運良く伴侶を見つけてシェアハウスを脱出、夫婦で住むとなればけっこうな額の祝い金や家賃補助が出るし、子どもができるとなれば、さらに有利なのだ。

彼は人並み──当時の──に29歳で、同人誌で知り合った女と結婚した。そして五年後に離婚した。今から思えば若気の至りというやつだ。結婚も離婚も。

ちょうどそのころからシェアハウス政策が喧伝されていた。一見、格安で住居を確保できる良い方法にみえた。はじめは設定もおおざっぱなものだったし、彼も若かった。

それで転々としているうちに、気がつけば60歳が目前だ。体が動くうちに、ちゃんとしたシェアハウスにもぐりこんでおく必要がある。介護施設はどこもいっぱいで入れるかどうかわからない。

そもそもシェアハウスなら疑似家族同士で介護させられ、増大する福祉予算に歯止めをかけることができる。それも政府のねらいだ。

彼はまったく暗澹たる気分で電車にのり、二駅向こうにあるシェアハウスに向かった。荷物はスーツケースひとつ。こんなふうに移動するのは一体、何か所目だろうと思いながら。

斡旋所の担当者のうんざりした口調が思い出された。

「前のところは一年三か月で退去……ですか。子ども好きの初老の男性という設定を承知で入居していながら、実際はそうではなかった、のですね?」

弁解の余地がなかった。彼は子どもが大嫌いだったが、住まいを確保するため自分を偽って入居した。

だが、窓の下を通園の子ども達が通るたびに体中の毛穴がぞわぞわする、いまいましい気持ちで吐きそうになるのを我慢できなかった。ついにある日、大声で「うるさい!」と怒鳴った。それでおしまいだった。

「いいですか。今日ご紹介するところの必要設定は以下の通りです。無口だが情にもろい。介護経験豊富。温厚な性格。テレビの時代劇を見るのが趣味……これでだいじょうぶですか?」

「……だいじょうぶです」

時代劇にはまったく興味がなかった。苦手といっていい。こっそり学習しておく必要がありそうだ。介護は、こんなこともあろうと、ひそかに自治体の講習を受けて資格も取得しているのでなんとかなるだろう。

情にもろい……ちょっと自信がない。でもなんとかごまかせるだろう。今までに比べると一見ゆるい設定といえる。それだけ介護要員としての要素が大きいのだ。

これまでには「海外赴任の経験が多く、語学に堪能。小学校からずっとクラス委員に選ばれてきた。だれにでも好かれる性格」という必要設定もあった。

実際には海外赴任の経験もなく、語学はからきしだめだった。たちまちボロが出て三か月で出て行かざるを得なかったが、なにしろその当時も住むところに困っていた。どうにでもなれという気分だった。

「元工務店勤務、声が大きく明朗快活」というのもあった。「若い頃は女性関係が華やかだった」という人間に、なんとかなりすましたこともあった。

職歴はいざとなればごまかすこともできるが、性格を偽るのは難しい。四六時中、気が抜けない生活だ。そんなことを数か月から長くて二年ほどのサイクルで繰り返していると、次第に自分は本来どんな人間であったかわからなくなる。

いや、本来の自分なんて元々なかったかもしれない。そうじゃないか?

「お待ちしていましたよ。鳥山さんですね」

シャイニーシェアハウスの管理人が出迎えた。

「私は管理人ですが、別のシェアハウスとかけもちしてましてね。実質的にはあなたに管理人も兼ねてもらおうと思ってるんですよ」

年齢が上がるにつれ、こんなふうに責任だけおしつけられる。職場でもすみかでも。かつては「息子」として入居することができたのに。あの頃は楽だった。

ハウスの中に入ると広い共同スペースが中心にある。ソファにすわってテレビを見ている老女がひとり。脇には杖を立てかけている。

「同居人の方です。かなり……認知症がありましてね」

管理人が彼にささやく。

「こんにちは」

確かに、彼が声をかけても反応が鈍い。ゆっくりと顔を向けるが無表情だ。やれやれこの女を世話することになるのかと、彼は悟られぬようため息をつく。

「では私はちょっと用がありますので」

管理人が出て行き、彼は女とふたりきりになった。テレビの音の合間に、遠くを電車が通る音が聞こえる。女の横のソファに腰をおろす。

しばらく沈黙があった後、女が口を開いた。

「今回はどんな設定なの?」

思いがけぬしっかりした口調に、彼はぎょっとする。

「若い頃文学に傾倒していたのにすっかりあきらめた初老の男? 夢ばかりみていたために再婚もできないまま年を取り、会社でも出世できなかった男?」

彼は女をみつめた。すると、老女に見せかけてはいるが、肌のつやも悪くなく、実はそんなに年を取っていないらしいことがわかった。

「まさか……?」

女は笑い出した。

「あなたはいつまでたっても変わらないのね」

彼が驚いていると

「まじめすぎるわ。一生懸命演技してるつもりかもしれないけど、私に言わせれば全然」

立ち上がろうとする女を彼はあわてて支えようとした。

「だいじょうぶ。ほんとうは普通に歩けるの。認知症も演技よ。髪はわざと白髪にしてる。書類をごまかして、有利と言われる介護枠にうまくすべりこんだの。これくらいどうってことない。みんなやってることよ」

「……君はむかしから僕よりしっかりしていたね」

「そんなことないわ。私は一見生活力があってどこででも暮らしていけるようにみえる。だけど、シェアハウスには向いていないことがわかったの。これまでに何十というハウスを転々とした。どこも永続きしなかった。もうたくさん」

薄皮がはがれるように、女は見知らぬ老女から一瞬ごとに見覚えのある妻へと変わっていた。彼より五歳上の、同人誌の厳しい先輩。

「こうして会えたのも何かの縁かも。ここから脱出する方法を考えましょう」

「脱出?」

「そう。ふたりならなんとかなるわ、きっと。私たちの自己設定は『シェアハウスには向かない人間』だから」

彼は迷いながら、遠慮がちに笑った。自分がだれなのか、自分が何をしたいのか考えながら。(未完)


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とりあえず「未完」としましたが、続きを書くかどうかはわかりません(汗)。なんだかばたばたしております。ふすまは四枚張り替えました。あ、元の紙の上に張ったので「張り重ねました」でしょうか?