[4193] 現実に追い越されたメカデザイン

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《今夏は惨夏(造語)》

■私症説[83]
 頭は本来熱するものではない
 永吉克之

■晴耕雨読[25]
 現実に追い越されたメカデザイン
 福間晴耕




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■私症説[83]
頭は本来熱するものではない

永吉克之
https://bn.dgcr.com/archives/20160916140200.html

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今年の夏は記録的だったらしいが、何がどう記録的だったのか。あまりの暑さのために覚えていない。毎年、夏になると何かの記録を更新しているような気がするが、それもやっぱり暑さのせいでそう感じているだけなのだろうか。

今夏をひと言で言い表せば、惨夏(造語)だった。七月、八月は屋外での仕事ばかりで、煮えたぎるような大気のなかで、お天道様に照り焼きにされた。暑いというより、熱かった。

午前10時頃までは気温があまり上がらないから、日差しが強くても耐えられるが、午後のピークに向かって気温がぐんぐん上昇し始める頃から、太陽が山の稜線にかかる頃まで、炙られ続ける。

その名残は、九月も半ばだというのに、まだ褪めきらない日焼けだ。ほら、この通り。前腕のこの先からいきなり黒くなっているのが、おわかり頂けると思う。そして顔。帽子の庇に守られた額はこんなに白いのに、そこから下はこんなに黒くなってしまった。

もともと色白なので、この日焼けは際立つ。惨夏真っ盛りのころは、上半身裸になって鏡の前に立つと、そのなかに変な人間がいた。顔の下半分と肘から先だけが焼けこげた、部分焼死体がいた。

過酷な肉体労働とは、重い物を持ったり、休みなく動き回ったりすることだけではない。炎天下、木陰すらない場所で長時間立ちっぱなしの仕事も、その過酷さからすれば、他の肉体労働にも引けを取らない。

ただこの肉体労働は、いくら続けても体力は向上しない。土木作業員のようなたくましい体躯も耐久力も得られない。日焼けのうえに日焼けを重ねて、炭化するだけだ。

だからおまえ何の仕事してたんだよ、おい、と毒者諸氏は苛立ったり泡立ったりしていると思うが、暑さのためか、何の仕事だったのかどうしても思い出せない。何度か車に轢かれそうになったような記憶があるが、それは仕事ではなかったと思う。
 
               *

いま思うと、いくぶん精神もやられていたような気がする。

客が大勢来るから暑くなる、暑さに苦しめられているのは客が押し寄せてくるからだ、という理屈がいつの間にか同僚の間で通用するようになった。抗いようのない自然という憤懣の対象を、客に転嫁するという心理メカニズムが働いたということだろうか。

夏を楽しむレジャー施設だから、暑いほど客足が増える。経営者は、エアコンの効いたオフィスのソファに深々と腰かけて、「毎日が快晴で太陽がギラギラ照りつけてくれたらいいのに」と願っていたはずなのだが、われわれは違った。

たまたま曇りで太陽が隠れている日なんかだと、口には出さずとも、同僚の心がみな一つの理想で結ばれているのがわかった。

「このまま一日中空がどんよりして、雨でも降ってくれたらいいのに。できれば、いますぐ台風が来て今日の仕事が中止になればいいのに。できれば、落雷で停電して、施設を稼働することができなくなればいいのに。できれば大雨で地滑りが起きて道路が塞がれて、シーズン中の復旧が絶望的になればいいのに」

てなことになったら、こっちもオマンマの喰い上げになるわけだが、暑さのせいでそんな認識は失われていた。

客が施設に侵入するのを阻止する方法を同僚たちと考えた。季節柄、いちばん客が集まる施設はプールである。だからそこに人喰いザメを五、六頭、密かに放流するという案を出した者がいた。

最初はみな、こぞって賛成していたが、あることに気づいた者がいた。

「ちょっと待てよ。プールは淡水だから、海に棲んでいる人喰いザメは浸透圧の関係で生きていられない。すぐに死ぬぞ」

「シントウアツって何なのか知らんが、どうして死ぬんだ?」

「つまり、海水とは濃度が違う淡水に海水魚を入れると、ブワーっとなるからなんだよ」

「そうか。それはひどいな!」

「大海を自由に泳ぎ回っている無垢な人喰いザメ。そんな彼らを淡水の、しかも狭いプールに閉じ込めるなんて、そりゃ虐殺に等しい」

「なぜ、シーシェパードは黙っているんだ!」

僕らは涙を流して人喰いザメを哀れんだ。その慟哭は三日三晩、山間にこだましたと云ふ。

「じゃ、コイってのはどうだ。淡水魚だし、なんだか優雅じゃないか」

「おいおい、メダカを放流するのとは訳が違うんだからな。コイの成魚は10kgはするんだぜ。優雅に見せるなら50匹は要るから500kg。どうやって運ぶんだよ、そんなもの」

みな黙ってしまったが、ひとりが、まだ実験段階なんだけどな、と言いながらズボンの革ベルトを抜き取ると、ベルトの内側に、ぶよぶよしたものが鈴生りになって張りついているのが見えた。

「これ、グミなんだけどコイなんだよ」

そういって彼は、ベルトからグミをひとつ剥がすと、僕の口に押し込んだ。たしかにフルーツグミの味がしたが、噛んでいるうちに味が変わってきた。

「なんだかサンショウウオみたいな味がする」

「当たり前だ。コイの稚魚はサンショウウオなんだからな」

「そうだったのか。でも、こいつをどうやって……」

「まあ見てろ」

そう言って、彼はもうひとつグミを剥がして、灼けついたアスファルトの上に放り出すと、すぐにペットボトルの水をその上から注いだ。すると、グミはたちまち成魚のコイになった。

「こいつは凄い! 話題になるぞ。マスコミが誇大に、ときに虚偽を交えて報道するだろうから、日本中から物見高い客が押し寄せて来ることは間違いない! 万歳!」

と、僕が昂奮して喚いているのをよそに、彼はコイの状態の変化に気を取られていた。ついさっきまで路上でピチピチ跳ねていたコイが徐々に生気を失い、ついに動かなくなってしまった。口だけかろうじて開け閉めしている。苦しそうだ。彼は舌打ちをして言った。

「なんてこったい。このペットボトルの水は水道水だ」

「というと?」

「水道水には、消毒のために塩素、つまりカルキが含まれているんだ。コイはそれにやられたんだ」

「じゃ、この《鉄管の水》ってラベルが貼ってあるボトルの中身は、ただの水道水なのか? 汚い商売しやがって!」

僕らは拳を衝き上げて、Twitterに怒りのツイートを投稿した。そのつぶやきは風に乗り、当時、東京の本郷で貧苦に喘いでいた石川啄木の耳に届いた。その怒りに共鳴した啄木が詠った歌が、

東海の 小島の磯の白砂に われ泣き濡れ手で粟

である。

                 *

これだけ暑いと、太陽が地球のすぐそばにあるように思ってしまうが、実は、八千万海里以上も離れているのである。地球をピンポン球くらいの大きさだと仮定すると、太陽の位置は、あそこに立っている杉山さんのいるあたりになる。それほど離れているのに、こんなに暑い。

つまり、太陽を中心とした半径八千万海里以内の宇宙空間は、夏の間はどこもかしこも暑いのだ。だからこの時期に有人衛星を打ち上げるのには反対である。あんな物々しい宇宙服を着て、真夏の宇宙空間で船外活動なんかしていたら、変な精神をもった人間になってしまう。

せめて夏が終わり、太陽の活動が沈静化し始める時期を選んでほしいものだ。


【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp

このテキストは、ブログにもほぼ同時掲載しています。
・ブログ『無名藝人』
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・小説非小説サイト『徒労捜査官』
http://ironoxide.hatenablog.com/

・『怒りのブドウ球菌』電子版 前後編 Kindleストアにて販売中!
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■晴耕雨読[25]
現実に追い越されたメカデザイン

福間晴耕
https://bn.dgcr.com/archives/20160916140100.html

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久しぶりにゲームの仕事に復帰し3Dモデルを作っている。今回の仕事ではザコ敵などはラフスケッチしかなく、デザイナー側で補完して作る必要があるのだが、テクスチャを書いてみると微妙にデザインが古めかしい感じがする。

そこで改めて実在する最新の兵器をググってみると、ここ10年ちょっとでステルス化のせいで、兵器の外観がすっかり変化していることに気がついた。

最新の兵器では航空機を中心に、レーダーに映らないようにしたステルス化のために、継ぎ目や凸凹がなくなり、飛び出した面はもちろんのこと、外壁のつなぎ目でさえ90度の角は消え、6角形などの微妙な多角形で構成されている。

お陰で実在しないメカでさえ、ディテールを書き込むときに、ビスやリベットはもちろんのこと、うっかり四角いパネルや直角に交わるつなぎ目を書き込んだだけで、途端に古めかしく感じるのだ。

まったくの架空世界のデザインは別として、現在の延長線上の未来を想定したメカデザインではリアリティーが必要だが、そのせいで油断していると、いつの間にか現実に追い越されてしまったようだ。

アニメや漫画のヒロインの顔などのキャラクターデザインでは、一目瞭然だが絵柄も時代とともに流行り廃りがあり、トップクラスの作家や個性が売りの作家でもない限り、その影響からは逃れられない。

メカデザインではそうしたことには縁がないと思っていたが、それはとんだ間違いだった。

それにしても最近の兵器は、開発に大変なお金がかかることもあって、戦闘機一つ作るにしても開発に10年以上かかるのは普通だし、逆にB-52爆撃機のように1952年に作られてから半世紀以上も使われ続けているものもある。

そのため、兵器の外観なんてそうすぐには変わらないだろうと思っていたのだが、ここ10年足らずのステルス化の影響が、どれほど大きかったかよくわかる。

どうやら架空のメカデザインの分野であっても、流行り廃りや現実の進歩の影響からは逃れられない以上、日々アンテナを張ってキャッチアップし続ける必要がありそうだ。

余談だが、このようにちょっとしたテクスチャ一つをとっても、まだ見たこともない未来を描くというのは途方もなく大変なことなのに、全編こうしたシーンで構成されているリアルなSFもので未来を描くのが、いかに大変なことなのかは言うまでもないだろう。

かくして、当時最新の技術を使って想像力の限りを尽くした映像作品の大半が、今見返してみると妙に古めかしいものになってしまうのは止む終えないのかも知れない。

そうした中で、いまでさえ色褪せることのない未来を見せてくれたキューブリックの「2001年宇宙の旅」が、いかに狂気じみた作品なのが良くわかる。

ちなみに「2001年宇宙の旅」の撮影がいかに苛酷な常識外れだったかは、ぜひこのリンク先の記事を参考にしてほしい。

・映画『2001年宇宙の旅』はなぜ凄いのか?その舞台裏とスタンリー・キューブリック監督のこだわりを徹底解説!
http://d.hatena.ne.jp/type-r/20130626/p1



【福間晴耕/デザイナー】

フリーランスのCG及びテクニカルライター/フォトグラファー/Webデザイナー
http://fukuma.way-nifty.com/


HOBBY:Computerによるアニメーションと絵描き、写真(主にモノクローム)を撮ることと見ること(あと暗室作業も好きです)。おいしい酒(主に日本酒)を飲みおいしい食事をすること。もう仕事ではなくなったので、インテリアを見たりするのも好きかもしれない。


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編集後記(09/16)

●岩田温「人種差別から読み解く大東亜戦争」を読んだ(2015、彩図社)。一握りの狂信集団に騙され、国民は戦争に巻き込まれ、アジアには迷惑をかけた、という村山談話のようなトンデモ史観がいまだに横行している。それは大嘘である。間違いなく我々の先祖たちは、あの無謀ともいえる戦争を熱烈に支持した。日米開戦に歓喜した。朝日新聞もテンションMAX。この背景には、明治維新の開国以来、日本がアメリカをはじめとする白人による人種差別を受け続けているという被害者意識、憤りの念が存在していた。この本は、人種問題に着目し、日本国民があの戦争を支持したひとつの理由を理解しようという試みだ。

占領国アメリカは「大東亜戦争」という呼称を禁止した。その理由は呼称そのものが、日本が掲げていた「人種平等」の理念を思い起こさせるからだ。日本の戦争に大義名分を認めたくないというアメリカの強い意志の表れだ。大東亜戦争の原因として、侵略戦争説、ルーズヴェルト陰謀説、コミンテルン陰謀説、暴発説の四つがある。侵略戦争説は日本がアジア諸国を侵略したというものだが、どうしてアメリカと戦争したのか説明できない。アメリカを侵略?(笑)陰謀説は信奉者も多いが決定的な証拠がない。司馬遼太郎や半藤一利は、日清日露の明治は偉大な時代で、昭和は軍人の驕りが無謀な戦争を起こしたという。

だが、そこにはなぜ日本人が戦いを決断したのか、熱烈に支持したのか、その理由を求める姿勢はない。昭和天皇は独白録で、「日本の主張した人種平等案は列国の容認する処とならず、黄白の差別感は依然残存し加州移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに充分なものである」と、人種差別こそが大東亜戦争の遠因であったと指摘されている。大東亜戦争は「侵略」イメージが刷り込まれているが、当時の日本人が掲げた大義は「人種平等」の理念だった。日本が明治維新を成し遂げ近代化を急いだのは、日本を植民地にしてはならぬという強烈な愛国心と危機意識からだ。アジアの独立国は日本とタイしかなかった。

国際連盟設立に際して「人種平等」の理念を唱えたのは日本である。すべての人種が平等であることを確認する条項を提案したが、アメリカとイギリスの強硬な反対で拒絶された。大東亜戦争は全く大義名分の立たない戦争ではなかった。他国を搾取する植民地支配を許せないという、人種差別に対する国民的憤りの念が開戦を強烈に支持したのだ。欧米の植民地支配を打破すること、それこそが大東亜戦争の目的だった。「無根拠に祖国の歴史を貶め、呪いつづけるのはもういい加減にやめにしましょう。いわれなき贖罪意識に苛まれるのもやめましょう」と筆者、若い人向けに書かれたというこの本、オススメ。 (柴田)

岩田温「人種差別から読み解く大東亜戦争」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4801300871/dgcrcom-22/



●アメージングモデルエキスポ続き。前売入場券はプレイガイドで販売されているのだが、ファミマでの発券を指定すると手数料無料だった。

入場先着500名にはイベント限定オリジナルキットがもらえるとの告知があった。初回はRat Finkの組立てフィギュア、前回は検索してもわからず。

今回のは何なんだろうねと話していたら、「1/20スケールの石破茂フィギュア(色は自分で塗ってね)」と発表された。誰得でレアすぎる……。開場時間が過ぎてからの到着だったがもらえた。

「プラモデル、ガレージキット、フルスクラッチ、創作などジャンルを問わず応募者が自身で制作した未発表の立体作品」の造形コンテスト参加者には松本零士のモデルキットがもらえたらしい。

コンテストの入賞者レベルは高く、でも参加賞目当てだろうなと思われる簡単なプラモデルも出品されていて、次回行くことがあるなら、私も何か出したいなぁ。 (hammer.mule)

Rat Fink(ラットフィンク)
http://www.ratfink-fever.com/jp/


AMAZING MODEL EXPO 情報発信ブログ
http://amazing-model-expo.tumblr.com/

石破茂・松本零士フィギュア画像があるよ。

前編‐第二回アメージングモデルエキスポに行ってきました!
http://smoglog.hatenablog.com/entry/2016/08/14/233329

私も投票したバットマンのジオラマ制作者が一位だった。

アメージングモデルエキスポ日帰りで行ってきた(2014)
http://blog.goo.ne.jp/hamadan246/e/febbb53bfaf2e42a86691427a4bee587

初回(No.0)は2014年。今回は3回目(No.2)だったの。

初回ゲストは井上雅夫さん
http://blog.goo.ne.jp/hamadan246/e/f953724be514c4535f6f4943f96eb037

「自身原型の初代ゴジラ58cmモデルを当人から販売してもらえる」