わが逃走[189]究極の表現主義建築の巻/齋藤 浩

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表現主義建築とは、ひとことで言うと、建築で芸術表現しちゃった物件のことです。有名どころでは、ポツダムのアインシュタインタワーなんかがそう。

装飾を排除し、ユニバーサルな規格に基づいた建築を広めていこうとする流れ(インターナショナルスタイル)に対して個人の内面を放出し、規格化されない建築をめざしたもの。

さて、東京拘置所敷地内に現存する『小菅刑務所管理棟』(1929年竣工、蒲原重雄設計)は日本における表現主義建築の頂点とされながらも、場所が場所なだけになかなか見ることができない物件です。

『現代建築の軌跡』『1920年代日本展図録』『帝都復興せり!』等、さまざまな書物でその存在は知っていたものの、まさか塀を乗り越えるわけにもいかず、私にとって長らくマボロシに近い存在だったと言えましょう。

ところがです。四年前から、毎年10月に一般公開されていたのです。ちっとも知らんかった!!

というわけで、『東京拘置所矯正展』に行ってまいりました。





今年は10月1日土曜日に開催、休日は昼過ぎまで寝ている私も、この日ばかりは(少しだけ)早起きして、かの名建築をまぶたに焼き付けるべく東京の東の方まで行ってきたのでございます。

小菅駅ホームに降り立つと、屋上が鉄格子で覆われた巨大な建築が目に入ります。これこそ東京拘置所。麻原も木嶋佳苗もここにいるのかと思うと、少々緊張いたします。

駅から歩いて5分ほどでゲートに到着。荷物チェックを受け、ついに敷地内に足を踏み入れました。年に一度の公開ということで、けっこうなにぎわいです。

広い敷地には“ムショのくさいメシ”と同じレシピで作られたと評判の『プリズンカレー』をはじめ、刑務所作業製品展示即売会や東北復興支援特産品コーナーなど、さまざまなブースが並んでいました。

自衛隊、警察、消防署はそれぞれ自慢のメカを持ち込み、子供から大きなお友達まで大人気。ちなみに今年のゲストはMAXでした(過去には松山千春とか藤原紀香とかAKBのヒトとか)。

おそらく来場者の9割が、物販と芸能人とメカ目当てと思われます。

とか言ってるうちに、目の前にかの建築は現れた。

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第一印象は、美しい。カッコいい。ちょっとコワい。

背後にそびえる巨大な現役施設と比べると、象と子猫くらいのサイズ感だが、繊細かつ鋭利な直線で構成された造形は、強烈な存在感を醸し出している。その印象は20世紀の名著『サルでも描けるまんが教室』における、白井編集長のごとし。

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ものの本によれば、中央の監視塔を鳥の首に見立て、両脇に広がる房舎を翼とし、飛び立つ鳥の様子を表現しているとある。

更生施設としての希望のようなものを込めたとのことだが、私の脳裏に浮かんだものはジオン公国首都・ズムシティの公王庁であり、実際ここに連れてこられた人にしてみれば、少なからず威圧感、恐怖といったものを感じたのではなかろうか。

近づいて鑑賞。中央エントランス付近を切り取るとキュビズム建築的。

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正面のステンドグラスはアールデコな印象。

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鉄格子は未来派っぽい。

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内部はほとんど見学できなかったが、柵の向こうに見える空間は意外におとなしいモダニズム建築。

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それにしても、名建築を惜しげもなくぶっ壊すこの国において、このクラスの物件が現存していることは奇跡と言ってよいでしょう。

とはいえ、保存状態は良好とはいえず、それなりに損傷が目立ちます。やりすぎない程度の修復を願う今日この頃。

以下オマケ。

あくまでも個人の趣味で時代の流れを見てみるとこのようになる。表現主義建築は1910〜20年代において一気に広まって、ファシズムの台頭とともに収束。

1909 未来派宣言
1910 ドイツ表現主義、プラハキュビズム建築ブーム
1914 第一次大戦
1918 終戦
1919 バウハウス設立、ライトの助手としてレーモンド来日
1921 アインシュタインタワー(メンデルゾーン)
1922 自由学園(ライト)
1925 アール・デコ博覧会
1923 関東大震災、帝国ホテル(ライト)
1924 小菅刑務所着工
1927 映画『メトロポリス』
1929 小菅刑務所竣工
1931 六郷水門(設計者不明)
1933 バウハウス閉校、ナチスにより表現主義は『退廃芸術』に
1934 軍人会館(川元良一)
1935 東京女子大チャペル(レーモンド)


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。