ローマでMANGA[102]天才的なプロジェクト:ネームを読み取れない作画家
── midori ──

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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりして行きます。

●ゆっくり行く人は遠くまで行ける(イタリアのことわざ)

以前にここで紹介した「天才的なプロジェクト」は、ゆっくりながら着実に進んでいる。
https://bn.dgcr.com/archives/20160129140000.html


ストーリー担当のフランチェスコは、もう自分の仕事は終えて、時々消えてしまう作画担当のジャンピエロを脅すのが主な仕事になっている。私は全部で39個あるショットのうち、最初の4個のストーリーボードを終えた。

以前、日本の漫画家さんがフランス人の作家と組んで、作画を担当されたことがある。ネーム(マンガのストーリーボード)を作りながら、かなり苦労をされていた。

渡された文には行動が書かれている。日本のmangaは人物の感情をベースに語って行くので、例えば「少女が預かってくれた家族と一緒に食卓についた」と書いてある場面で、mangaではこの少女がどんな気持ちで食卓についたのかを表現する。

屈託なく楽しく食事を始めるのか、内気で恐る恐る家族の顔色を伺いながら食事をするのかを描く。欧米のマンガだったら、食卓があって少女と家族が席に付いている絵があればそれで問題はない。

フランチェスコの文を読みながら、同じことを経験した。例えば、主人公の青年が、森の中を移動するというシーンがある。一人で移動しているので黙っている。

黙っているのはいいけれど、緊張しているのか、淡々としているのか、ちょっとワクワクしているのか、その辺は表現がない。




幸い作家のフランチェスコと、Facebookのメッセンジャーを利用して、色々質疑応答ができる。その結果、慣れた道順なので主人公はテキパキと森の中を進むが、暇つぶしの散歩のようなのんびりしたものではなく、敵がいつ何時出てくるかと若干の緊張がある、という状況を頭に描いていることがわかった。

「テキパキ」は、次から次へと道を進み、渓流をボートで進み……という行動で表現し(似た大きさのコマを並べて行動を描く。ただし、アングルをコマごとに変えて時間の経過を表す)。

「若干の緊張」は、物音を聞いてライフルを構える、鳥の群れが木から飛び立って主人公がそれを見送る、というシーンを入れて表現することにした。欧米マンガの文法だったらこのシーンは特に必要がない。

ボートで進みながら葦の影に老婆の影を見るシーンがあるのだが、このシーンに関しても、文ではその事実が書かれているだけで、影を見た主人公がどう思ったのかはこちらで想像する他はない。

ギャッ! とオールを落とすほど驚いてしまうのか、またか! という感じなのか、この現象を主人公がどう捉えるのかを読者に示す必要がある。

また、今まで淡々と一人暮らしの主人公の日常生活を描いてきて、初めてなにか尋常でないものが登場する、物語の進行を示唆する大事なシーンなのだ。

作家と話し合って決めた主人公の性格をもとに、この影を見るのは初めてではない、という状況も確認して、影を見た主人公が一瞬ハッとして動きを止め、疲れか、とでも言うように目頭を抑えるコマを入れた。

「ハッとして動きを止め」たコマの後に、やや大きめなコマに主人公のボートが浮かぶ水辺を、上から見た遠距離のアングルをいれ、次のコマはまた主人公に戻ってややアップで目頭を抑える絵にした。

こうした、感情を表す動きのコマや、地理的情報を伝える俯瞰絵を入れたりするのがmangaっぽいストーリーボードなのだ。

俯瞰図は地理的情報(キャラと周りの位置関係)の他に、このコマではボートを中央付近に小さく配し、周りの大きな空間を水にすることによって、「独り(老婆は存在しない)」という意味合いを伝え、また、作画家の彩色で彩度を落とした緑で、オドロオドロしさを醸す意味もあるのだ。

作家とは意気投合して、フランチェスコの文を読むと映像が頭に浮かび、雰囲気もキャッチできる。言葉で「こういう感じ?」と確認するとフランチェスコも「そう、そう!」と喜んでくれる。

なぜかなかなかわかってくれないのが、作画家のジャンピエロだ。ジャンピエロは、長くボネッリ・エディトーレで作画家の仕事をしてきた。
http://www.sergiobonelli.it/


作家がストーリーを書き、作画家が絵にしていく。ボネッリの場合、作家は脚本にまでするのが普通のようだ。つまり、ネームの文章版だ。ページごと、コマごとに解説がある。「p.1、コマ1 主人公が馬でこちらに向かう。遠景。」など。

私が渡すストーリーボード(ネーム)があるのに、何度も「脚本がないからどうしていいかわからない」というので、私とフランチェスコは口をあんぐりと開けたものだ。

しかたがないので、フランチェスコがネームを一ページづつ画像として挿入し、「p.1、コマ1 主人公が馬でこちらに向かう。遠景。」という解説をテキストでつける書類を制作して、ジャンピエロが納得できるようにした。

私のネームはもちろものすごくラフなタッチで、でもなるべく雰囲気がわかるように、マッチする写真を探しだして背景に挿入したりする。
https://www.flickr.com/photos/26327603@N04/30562243325/in/album-72157675690676075/


ネームは見開きで作り、絵は雑ながらわかりやすくできていると思う。絵の雑さとは裏腹に、コマの大きさやキャラや小道具の位置は正確においてある。ところが、ジャンピエロはやはり習慣で、行動のみを読み取る。

例に上げた見開きの、右のページに主人公がネズミの入ったかごを地面に置き、かごのアップという二つのコマが並んでいる。

一コマ目でネズミのかごを置く主人公が、やや中央にあるのは故意なのだけど、行動のみ見るジャンピエロの下書きでは、人物を下の方に配置して、次のコマでかごが中央にある。
https://www.flickr.com/photos/26327603@N04/29928815293/in/album-72157675690676075/


一コマ目でキャラを中央に置き、その周りに空間を配したのはキャラに読者の視線が行くように誘導する効果がある。ジャンピエロはキャラを右下に置いたが、その配置でもキャラに目が行く。

どうしてだろうと、じっと見ていたら、キャラとその他の線の交点で、長方形を構成しているからだとわかった。
https://www.flickr.com/photos/26327603@N04/30562500485/in/dateposted-public/


だから、一コマ目の配置はジャンピエロの提案を飲むことにした。でも、これだと、一コマ目のキャラ+ネズミのかごと、二コマ目のネズミのかごで、視線が右上がりの斜め線を描いてしまう。

斜めやジグザグ視線は、見る人の無意識下に緊張を伝達する。このシーンではまだ緊張は必要ないので、この右上がりの斜め線はよろしくない。

そこで、ふたコマ目のネズミのかごの位置を下げて、視線が地平と平行になるようにお願いした。
https://www.flickr.com/photos/26327603@N04/30562245945/in/dateposted-public/


次に同じページの下段の三コマを送ってきた。
https://www.flickr.com/photos/26327603@N04/30263495370/in/dateposted-public/


リンク画像の下がジャンピエロの下書き、上が私の直し。

ジャンピエロは、ネームとフランチェスコの脚本で行動だけ読むので(ジャンピエロが理解した)指定通り、三コマ内に主人公が中央に配置されている。

三コマ目がグン!!と大きくなっているのが見えないかっ!見えなかったらしいので、そのようになるようにお願いした。

こうした直しは、FaceBookのグループメッセンジャーでやりとりする。

フランチェスコは私の見方(manga構築法)を理解するものの、基本は欧米マンガだから、ジャンピエロの提案に違和感はなかったらしい。

私の長々した直しのメッセージが面白かったようだ。「ジャンピエロはまだ使うから壊さないでね」と言ってきた。

とりあえず、やっと25ページに辿り着く。

10月末から11月のはじめにかけて、ルッカコミックスというイタリア最大のコミックスフェアがあり、三人三様に用事があるので、このコミックスフェアが終わってから、いよいよ、やっと、出版社にミーティングも兼ねて持って行くことになる。


【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】midorigo@mac.com

このテキストが掲載される日に、本文で言ったルッカコミックスが終わる。毎回、日本人ゲストの通訳としてオフィシャルスタッフの一員になる。

一昨年あたりから日本人ゲストが少なくなり、また、ゲストを呼ぶイタリアの出版社内に日本人スタッフがいたりして、イベント通訳、案内人の御役目が少なくなってきている。

翻訳コンテストの審査員の御役目も二年前から預かり、今年はmanga家としての役割もあるので、スタッフとしての作業が少ないのは実はありがたい。

MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/


主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
http://midoroma.blog87.fc2.com/