crossroads[34]ボランティアで活動するということ/若林健一

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こんにちは、若林です。

8月に開催した「DojoCon Japan 2016」以降、CoderDojoの活動に関心を持ってくださる方が拡大し、新しくDojoを始められる方や、Dojoに参加したいという方が増えたり、メディアで取り上げられることも多くなってきました。

一方で、CoderDojoの活動が「ボランティア」によるという点に、拒否反応を示す方が一定数いることも感じます。「ボランティア」という言葉に「ただ働き」や「罰」のような、誤ったイメージを持っている方がいることもその理由のひとつと考えられます。

辞書を引いてみていただければわかりますが、「ボランティア」は「ただ働き」や「罰」ではなく「自発的」という意味を持っていて、強制的にやらせるているような人は「ボランティア」と呼ぶのは間違いです。

こういう誤ったイメージを払拭するにはどうしたらいいのだろう? と考えていた頃、CoderDojoに関する記事がひとつ掲載されていました。





子どものための無料プログラミング道場「CoderDojo」をはじめてみませんか
http://ict-enews.net/zoomin/17coderdojo/

この記事の後半で「ボランティア活動としてではなく、自分のために活動をしよう」ということが書かれています。

つまり「ボランティア=誰かのため」ではなく、「自分のため、自分がやりたいからやる」というスタンスで活動しようということです。

私たちは「自分たちがやりたいからやっている」だけなので、他のみなさんが「やりたくてやってること」と何も変わらないのです。

例えば、テニスを好きな人が「なぜテニスをやるのか?」と聞かれれば「テニスが好きだから」「テニスをやりたいから」と答えるでしょう。

テニスが好きでやっている人は、自分たちのことを「ボランティアでテニスをやってます」とは言わないですよね。

私たちも、子供達と一緒に活動することや、プログラミングが好きで「CoderDojo」をやっているだけなのだと考えれば、これは「ボランティア」と呼ぶべきではないのかもしれません。

いや、でもそれには無理がある。明らかに屁理屈をこねているようにしか聞こえない。

でも、本質的にはそうなのです、僕らは好きでやっているだけなのです。このねじれはどこから生じているのでしょうか?

「何かを教える」というのは、一般的には職業として行われていることなので、それを無償でやっているということが、「ボランティア」と呼ばれる理由なのでしょうね。

「テニス」も職業としてやっておられる方はいますが、それはごく一部の方であって、多くの人にとって「テニス」は職業ではない。ここが大きな違いなのだと思います。

世の中の全員が、「ボランティア」という言葉にネガティブなイメージを持っているわけではありませんが、できれば違う言葉、違うニュアンスに置き換えられたらなと感じます。

これは「CoderDojo」だけではなく、世の中の「ボランティア活動」に関わる多くの人にとっての課題なのかもしれません。


【若林健一 / kwaka1208】
http://kwaka1208.net/aboutme/

CoderDojo奈良・生駒の開催予定
http://coderdojo-nara-ikoma.github.io/
奈良:調整中
生駒:12月3日(土)午後