ショート・ストーリーのKUNI[203]キチュキチュ・リターンズ
── ヤマシタクニコ ──

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ある日、丹波くんはアルバイト先の店長の奥さんからもらった土産物の包みを開けようとしていた。どこにでもあるようなミニサイズのチーズケーキで、名前だけはご当地にちなんだものになっている。

箱をおおっている包装紙がけっこうきれいだ。丹波くんは無意識のうちにそうっとセロテープをはがし、破らないように包装紙をひろげ、正確に角と角をあわせて手のひらでさーっとなでるように伸ばし、たたみ……そこではっと気づいた。

「これはおかんのやってたことそのままではないか」

丹波くんがものごころついたころから、母親はこぎれいな包装紙があるときちんとたたみ、ひもやリボンはくるくると巻いて箱や缶に収納していた。あれをずっと見続けていたせいで、おれの手が勝手に動いたようだ。なんとおそろしい。これも刷り込みというのか。それとも遺伝か。抗えない「血」なのか。ひえいっ。

丹波くんは思わずたたんだ包装紙を投げだし、いまわしいものでも見るような目つきでそれを見た。しかし一方で母親のことを思い出し、きちんきちんと包装紙やひもを保管していた姿に何やらじいんとしている自分がいた。




そういえばおかんにもしばらく会ってないなあ。電話でもするか。といっても歩いて7分のところに住んでるんだけど。まあやっぱり電話だな。

丹波くんは実家に電話した。

「あら、けんちゃん? しばらくぶりじゃない。何か用?」

「別に、用というほどのこともないんだけど、えっと、その……きれいな包装紙があるんで、今度持って行こうか?」

「包装紙?」

「うん。集めてただろ……けっこうかわいい包装紙だよ。メス牛とオス牛のキャラがラブラブな感じで、全体に花模様があって、しかも店の名前が入ってないんだ。そんなやつ、好きじゃなかったっけ。タンスの引き出しに敷いたり、段ボールの箱に張ったりしてただろ」

「けんちゃん……」

母親は感動しているようだ。勇気を出して電話した甲斐があった。胸のあたりがぽわんとあったかくなる。

「気持ちはうれしいけど、最近は集めてないのよ」

「えっ」

「うちの近所に大きな100円ショップができてね。そこに行ったらきれいな包装紙やリボンがいっぱいあるのよ。それだけじゃなく、小さな紙の袋とか手提げとか、こんなのがあったらいいなーと思うような、乙女心刺激しまくりの気の利いたグッズがいっぱい。もう集めるのがばかばかしくなってね。全部捨てちゃった」

「捨てた?!」

「そうよ。わざわざ折り目を伸ばしたりする必要もないし、いつでも買えるわけじゃない。私、いままで何してたんだろうって気分になって。段ボール二箱あったのを全部捨てたわ。おかげで押し入れも広くなったし、いいことだらけよ〜」

「そうなんだ」

「気持ちだけありがたく受け取っとくわ。でも、もうそんな時代じゃないのよ。けんちゃんもそんな所帯じみたことしてないで、どーんとお給料のいい勤め口見つけてね。じゃあね〜」

電話は切れた。おれはしばしぼうぜんとiPhoneを見つめていたが、しばらくすると、母親の言葉が気になってきた。

──もうそんな時代じゃないのよ。

──段ボール二箱あったのを全部捨てたわ。おかげで押し入れも広くなったし……広くなったし……段ボール二箱分……

丹波くんが次に電話したのは山城先輩であった。

読者諸兄はお忘れであろうが、そして私自身も忘れていたが、この丹波くんと山城先輩は2012年2月9日配信分の「キチュキチュ」に登場した人物である。

国策として政府が進めていた地デジ化で、やむなく液晶テレビに替えたらテレビの裏側に「空き地」ができた。このことから陰謀説を唱えた、くだらん、じゃなかった、くだんの二人である。
https://bn.dgcr.com/archives/20120209140200.html


電話から15分後には山城先輩は丹波くんの住むアパートにいた。

「なるほど。最近あちこちに100円ショップが増えすぎだな。おれも実は気になっていた」

「でしょ、でしょ! ここから徒歩圏内に三軒もあるんすよ。しかも品揃え半端ない。おかんがよく行くという、包装用品のコーナーには行ったことないんですが、それはそれは充実してるらしいです。で、段ボール二つ分の空きスペースができたんですよ! うちのおかんのような人が日本全国で何万人いると思います?!」

「よくわからんが、相当いるだろう」

「段ボール二つ×相当数! このスペースが偶然に生まれたものではなく、何者かが、なんらかの意図を持って、作り出したものだとすれば? そうです、政権と地球外生命とが手を組み、やつらにスペースを提供しようとしているに違いありません!」

「あり得るな。国が裏で手を回し、100円ショップの出店に便宜を図っていたに違いない。いや、待てよ。何年か前にもこれと似たような話、おまえとしなかったか?」

「しました……地デジ化でみんなが液晶テレビに買い換えることによって、テレビの後ろに空き地が……という」


宇宙のはるか彼方、キチュウ星。極小人種が棲息するが星も極小で狭くて困っているという例のキチュウ星では、大統領補佐官が地球監視定点モニタを眺めながらにんまりとした。補佐官はさっそく大統領に報告した。

「閣下。朗報でございます。地球に空き地が見つかりました。われらの移住地としてたいへん有望かと」

「なんと。その情報は確かなのか」

「私がこの目と耳で確かめました。いま地球では各地で、地球人のいうところの『押し入れ』とやらに空き地ができているようです」

「だいじょうぶなのか。おまえの前任者はあてにならなかったからな。四年前、情報をもとに先遣隊が地球に向かった。確かに空き地はあるにはあったが、劣悪な環境であったそうな」

「それはテレビの裏だったからですね。当然やかましい。しかもそこに住んでいた地球人は毎日不規則な生活をしていて、ほぼ常食となっている『ラーメン』というものの臭気ががこもっておりまして、加えてテレビが静かになると、今度はおそろしいばかりのいびきが鳴り響くという」

「今度はどうだ」

「前回の住宅から徒歩7分──地球人の徒歩ですが──の場所に位置する住宅ですが、押し入れというのは暗くて静かなところです。めったに開け閉めしない『物置』に近い状態のようです。雨風の心配はありません。ひそかにコロニー建設を進められそうです」

「なるほど。期待出来そうだ。では準備を進めてくれ。とにかくこの星は狭い。もう限界じゃ」

大統領室とは名ばかり、カプセルホテル並の狭さ、上下左右の空間からキチュキチュと話し声が聞こえる部屋で大統領は言った。


「あのときの話はどうなったんだっけ、結局」

「どうなったんでしょうね。結局……エイリアンがやってくるのは妄想だという結論でしたっけ?」

「ふううむ」山城先輩は腕組みをして考え込んだ。

「エイリアンが地球をねらっているというのは妄想ではないかもしれないな」

「やっぱりそう思いますか!」

「空きが出たのは押し入れだけじゃないぞ。ネットに何でもあるからCDも本も買わなくなった。辞書も必要なくなった。大きな本棚を持たなくてよくなっただろ」

「そうですか? んー、ぼくはもともとあまり本を買わなかったんで、なんとも……。本棚は今もまんがでいっぱいですし」

「どこでもコンビニがあるから、まさかのときのために買い置きもしなくていい。なんでもノートや紙に書いて保管してたのに、クラウドとやらに保存してるからそれですませてるだろ」

「え、蔵人?」

「何より……何でもネットに載ってるから、いちいち覚えなくても済むことが多いよな……」

「ええっ?」


キチュウ人の先遣隊が乗り込んだスペースシップはゆっくりと進んでいた。

「楽しみだなあ、その『押し入れ』というところ。キチュキチュ」

「暗くて静かで冬でも寒くないという話だね。キチュキチュ」

「ふだんはほったらかしで、たまに片付けようとしても『あら、こんなところに古い写真が』『なくしたと思ったバドミントンセットが出てきた』とかいうことになってなかなか片付けが進まない、という話を地球人に関する書物で読んだことがありますよ。キチュ」

「じゃあおれたちが移住しても気づかなかったりする?」

「ですねえ。キチュキチュ!」


山城先輩が帰ったあとも丹波くんの脳裏には、なんだかひっかかるものがあったが、日々の生活の中で次第にそれは薄れていった。

何日かして、たまたま実家に用ができて立ち寄ると母親が嬉しそうにに迎えた。

「あらー、けんちゃん。珍しいわね。この間はごめんね。包装紙、いらないって言ったりして〜」

「あ、いや、別に。押し入れがすっきりしてよかったよね」

「ところがね……」

母親が押し入れの襖を開け、中を見た丹波くんは絶句した。そこには段ボールふたつ分のスペースなどなかった。あふれんばかりの包装用品や手芸用品、キッチンやトイレグッズその他、100円ショップで買ったらしい商品がぎゅうぎゅうに押し込まれていたのだ。

「なんだか見てたらどれもこれもほしくなって〜。どれも100円だと思うとついつい買ってしまうのよね。買いすぎたかしら? でも、100円ショップといっても店によって品揃えがちがうの。これと思うものを見つけたらさっさと買っておいたほうがいいじゃない。ほんと、便利なものがいっぱいで楽しいわ〜」


「もしもし、山城先輩ですか? 丹波です。いやー、この間はどうも……おれ、なんかまたつまらないことを言ってしまって……そうそう、押し入れの話なんですけど、あの話、取り消します。空きスペース、なかったんで……ええ、むしろスペース、ますますなくなってたというか……おれの妄想でした。

エイリアンが政府と手を組んでやってくるなんて、そんなはずないですよね……はははは。われながらあほ……先輩、聞いてます? 何か声の感じがいつもと違うみたいですけど……

え? エイリアンを差別してはいけない? エイリアンこそは地球の未来を救う存在?……先輩、だいじょうぶですか? あの、具合悪くないですか? 何か賞味期限切れのもの食べました?」


そのころキチュウ人たちはスペースシップで帰途についていた。ブツブツ、キチュキチュと文句を言いながら。

「またガセネタだったなあ」

「空き地なんかどこにもなかったですね。あの押し入れ、わがキチュウ星なみにキチュキチュでした」

「そもそもあの定点観測モニタ、設置場所が悪いと思いますがねえ」

「それは言えてるかも」

「しかし、われわれも中途半端に小さいじゃないですか。いっそのことミニミニ星人とかチマチマ星人だと話は別なんだが」

「ああ、あいつらは別だ。ほとんどダニとかノミ、シラミ並だからな。どこにでも移住できる。うわさでは地球人の体内にも」

「まじですか」

「そういえばこのスペースシップにまぎれこんだりしてなかっただろうな。チマチマ星人」

「さあ……どうだろうなあ」


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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トランプ次期大統領、決まりましたね。なんだか世界のあちこちでネタにしやすい人が出てきてる感じですが、政治の世界はおもしろければいいというもんでもないし、困ったもんですね。

話変わって、私が一番好きなポケモンはポニータです。たてがみとしっぽがふわふわしてきれいだなーといつも思ってたんですが、がんばって集めて進化させたらちょっと老けて、がっかりです。