私症説[85]専門外通告/永吉克之

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咳がとまらないので、耳鼻咽喉科に行って、気管支炎の可能性があるかと医者に聞いたら、専門じゃないからわからん、と言われて、咳止めの薬を処方をしただけで追い返された。

だから、こんどは内科に行った。すると、検査室に案内され、20分間なかでじっとしているように、検査機器が作動するのでいろんなことが起きるけれど反応しないように、と指示された。

部屋は一畳ほどしかなく、窓は開いていて、窓のそばにはコンロがありタコ焼き器が載っていた。

部屋のドアが閉まってからすぐに機械音が聞こえて照明が消えた。




しばらくすると、女が小さな子供を連れてやってきてタコ焼きを注文したが、医者にじっとしているようにと言われているので黙っていたら、苛立ったように女が言った。

「なにしてんの? はよ焼いてえな」

それでも黙っていると、女の声が大きくなった。

「ちょっとー、あんた聞こえてんの?」

こんどは子供が騒ぎ出す。

「おっちゃん、タコ焼きタコ焼き」

いつの間にか、列ができていて、そちらも騒がしい。

「どないなってんねん、この店。店員おらんのか」

「あいつやろ。腕組んで座ってる奴が店員やろ」

「なに無視しとんねん。腹立つわぁ!」

「日本語わからんのちゃうか? ヘイ、ビジネスビジネス!」

列の最後尾にやってきた若い女が僕を見るなり目を丸くして指差した。

「あー! あの人やわ。さっき駅の階段で、女の人のスカートのなかを撮ってるとこ見たわ」

人違いもいいところだ。駅は僕の家からはまったく反対の方角なんだよ。具合が悪くて病院に行く人間がわざわざ遠回りして盗撮なんかするもんか。……そう怒鳴りつけてやりたかったが、医者の言いつけ通り黙ってじっとしていた。

「撮った写真をエロサイトに投稿する気やで、あいつ」

列に並んでいた男が、振り向いて若い女に言った。

「そや! あの人の写真撮って、これが盗撮犯人ですゆうてネットで晒しもんにしたろ。盗撮された女の気持ちをわからせたるんよ!」

女がそう言って、ケータイを取り出すと、列にいた他の客までが、ケータイを取り出して僕を写し始めた。

このままでは破廉恥漢として日本中に顔が知れ渡ってしまう。さすがに危機感を覚えて僕は口を開いた。

「ちがうちがう。人違いですよ。写真はやめてください!」

僕が昂奮すればするほど、客たちはサディスティックに何度もシャッターを押した。

「やめろよ、おい。肖像権侵害で訴えるぞ!」

「お前は盗撮で訴えられるぞ」

「盗撮は現行犯じゃないと逮捕できないんだよ」

「ほーら、シッポ出しよったで」

その言葉に激怒した僕は、窓から身を乗り出してその男に掴みかかろうとした。

「検査終了しました」

天井のスピーカーから看護師の声が聞こえて、ドアが開いた。

ドアのまえでは、医者が失望の表情を浮かべて立っていた。

「まったくあなたにはガッカリさせられましたよ。まさか盗撮をするような人だったとはね。じゃ、これで」

そう言って背を向けようとするので、検査の結果はどうだったのかと聞くと、医者はにやにやしながら答えた。

「ひょっとしたら、ヘルフェン・マイヤー症候群かもしれませんよ」

それを聞いた看護師たちが、いっせいに笑い出した。

聞いたこともない病名に戸惑った僕は、医者の背中に向かって、それはどんな病気なのかと訊ねたが、医者は振り向きもせずに言った。

「さあね。私の専門じゃないからわかりませんな」

内科でも専門じゃないと言われて、僕は次に眼科に向かった。


【ながよしかつゆき/文逆者】thereisaship@yahoo.co.jp

今回のテキストは、2014年、拙ブログに掲載したものです。

・ブログ『無名藝人』
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・小説非小説サイト『徒労捜査官』
http://ironoxide.hatenablog.com/

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