Otakuワールドへようこそ![246]偶然がもたらした三人同窓会
── GrowHair ──

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「目標を持て。目標に向かって生きるほうが、よりよい生き方ができる」。担任の和中信男先生が言う。

サルとカバを足して2で割ったような容姿から「サルカバ」とあだ名されている。至極ごもっともなご高説だが、なぜか私は反発を覚え、作文に書いた。

「成り行きで生きて何が悪い。俺は成り行きで生きる」。中学時代のこと。

言霊の呪縛にあったのか、その後の人生、目標などという立派なものを立てられたためしがなく、ずっと成り行きまかせでここまで来ている。流れに逆らわずに生きてみて分かったのは、そうやってると、人生、限りなく曲がっていくということだ。

それともうひとつ、自力で人生を面白い方向へ切り開いていこうなんてしゃかりきにならなくても、偶然が適当に作用して、道すがらにそれなりの彩りを添えてくれるので、人生の道程は案外と単調に陥らず、それなりに楽しめるということだ。

つい先日、偶然からの成り行きで、三人同窓会が実現した。




●長い一日の終わりはへべれけに

2015年7月5日(日)は日テレ『行列のできる法律相談所』の収録があり、長い一日だった。まず、0:30pmにB面の姿で、西武新宿線新井薬師前駅前へ。これから会社に出勤しますという場面を収録。いったんウチに帰り、A面に。

日テレのロケ車で原宿へ。私のマネージャ役を買って出てくれているひよ子さんも同行してくれた。

予定では2:45pmから収録だったが、雨が上がるのをロケ車の中でひたすら待ち、4:00pmごろ収録開始になった。ひよ子さんは、中野に用事があるとのことで、3:10pmごろ離脱。

ラフォーレ原宿前で収録を始めると、次から次へと人が声をかけてきて、すごーく嬉しそうに一緒に写真を撮っていくので、いい場面がどんどん撮れて、30分で終了。「すごい人気ですね」とたまげる収録隊。

ロケ車で、再び新井薬師前へ。行きつけの居酒屋「ぢどり亭新井薬師店」にて収録。5:00pmから。遅れを取り戻している。日テレの予算で酒が飲めるという、天国のようなセッティング。

いつものように、鶏刺し二種盛りとキャベツとグラス赤ワインを注文。赤ワインは常連サービスでなみなみと注いでくれる。結局三杯飲んだ。6:00pmごろ、収録隊が帰ってからも一人居残り、最後まで平らげる。

徒歩で中野へ行き、ひよ子さんと落ち合う。中野通り沿いにある「全席個室楽蔵・鮮や一夜中野北口店」で9:17pmまで一緒に飲む。ここでもグラス赤ワインを何杯か。ひよ子さんは、お酒を飲まない。

中野駅改札口でひよ子さんを見送り、さて、帰るか、と歩き始めるが、もはやまっすぐに歩けない。セーラー服を着たおっさんが中野の繁華街を千鳥足でよたよた歩くの図。日テレさん、これも録っときゃよかったんでないかい?

まあ、多少ふらついても、右足と左足を交互に出してりゃ、いつかはウチに帰り着くだろうと、「中野サンモール商店街」の一筋右側に並行して走る居酒屋の立ち並ぶ通りを歩く。

と、お店から飛び出してくる女性あり。「一緒に写真撮りましょう」と。おお、きれいなお方。お店で働くこの女性は、立花(たちばな)夢果(ゆめか)さん。

ウィキペディアによると、東京都出身のシンガーソングライター・タレント・モデル。みずからを「弾丸☆野球シンガー」と称し、主に関東を拠点としたライブ活動をはじめとして、各種野球関連イベント・ラジオなどで活動、とある。

お店は居酒屋「中野塾」。また、少年野球教室「中野塾」でもある。特徴あるお店だな、と意識はしてたけど、入ったことはない。じゃ、この機会にちょっと寄っていきますか。

もう一人、お店で働いている女性がいる。コンドル斉藤さん。ウィキペディアによると、大阪府守口市出身の元・女子プロレスラー、イラストレーター、実業家、とある。

ここまでが鈴木先輩と出会うまでのお膳立てだった。

●なぜか同窓と判明

飲んでいるお客さんたちが、入ってくる私の姿を見て、わーっと盛り上がる。それで、一緒に飲んだ。その中に、東京新聞に勤める二人がいた。

もはやぜんぜん覚えてないのだけれど。東京新聞のお二人と一時間ぐらい一緒に飲んでいたのか。そのうちの一人が鈴木遍理(へんり)氏だった。

作家の森鴎外は、娘さんに英語でも通用する名前をということで、「茉莉(まり)」と付けている。同じ方式で、鈴木氏はヘンリーさんなのだとか。

何を話したかぜんぜん覚えていないけど、新聞記者ということで、がんばって社会方面の話をしたような気もする。どういう話の成り行きだったのかもぜんぜん覚えていないのだが、同じ高校の出身であることが判明する。私立・桐朋高校。

JR国立(くにたち)駅から南へ伸びる大学通りが、一橋大学の松林の間を抜けた先にある。中高一貫の男子校である。今年の春には東大合格者が20人いたという、そこそこの進学校。

小学校は共学だが、京王線仙川に女子校があって、別れ別れになる。私は中学で受験し、7倍の競争率を突破して合格している。受験番号がたいへんいい番号だったので、今も覚えている。1番。

中学は、50人のクラスが6クラスある。中3までに高1までの内容を学習し終え、高2までに高3の内容を学習し終え、最後の1年間はもっぱら受験対策の勉強に充てる。

高校では50人が加わり7クラスとなる。中学よりも高校受験のほうが難関である。高校からの入学者は「新高一」と呼ばれ、最初、新高一のみからなる特別クラスが編成される。

1学期だけで、高一の内容をすべて学習して追いつくと、2学期から7〜8人ずつ各クラスに編入される。難関を突破してきた優秀なやつらなので、成績は中学からの進学組の上にボンと乗っかる。

しかし、中には、高校に入ってから社会思想に目覚めちゃったりなんかして、勉学をおろそかにする者も出てきて、成績が最下位になったりする。

鈴木氏は33期、私は35期なので、2つ上の先輩だ。鈴木氏は高校から入ってきた「新高一」なので、一年間、ともに在学していることになる。

私と同じく、早稲田大学に進学している。あの高校から早大に進学するのは、どちらかというと勉強できない部類に属するので、私なんぞは、どうもいまだに学歴コンプレックスがなぁ...ぶつぶつぶつぶつ...。

鈴木氏と何を話したか、あまりに何も覚えていないので、後で私の印象を聞くと、「会うまでセーラー服おじさんの存在も知りませんでした。でも理系の知識が豊富で驚き、後輩と知ってなお驚き、ポップな男だと思いました」。え? 理系の話なんか、してましたか。

桐朋については、「本当に自由な校風でした。今は各界に人材が散らばり、公私の付き合いが続いています。灘、麻布、開成のように超エリートではないところが、またいいです」と。飲み代は鈴木氏が払ってくれた。

●母校自慢が長くてすいません

どうも私は、人に関して、目の前からいなくなると、意識からもいなくなるという、薄情なところがある。小学校から大学まで、親交のあった人で、今も音信が続いている人が一人もいない。気まずく喧嘩別れしたってわけでもないのだが、すぐ忘れちゃうのだ。

たまにふと思い出して、消息が分かるかな、とフルネームでググってみると、有名企業の役員人事の公表資料に掲載されていたりする。偉くなったなぁ。

中一のときから同じサルカバクラスで、西荻に住んでいて、中央線でいつも一緒に帰っていた矢矧由起夫。尾瀬のぼっとん式トイレで大のほうをしようとしてベルトを外した瞬間、くくりつけていた水筒が落下。回収をあきらめた水筒をみんなで見に行って、後々までからかいネタにされてた。三菱UFJ信託銀行の常務取締役になっとる。

同じくサルカバクラスで、築地に住んでいて、中一の最初の自己紹介で、早朝は電車の中が魚くさいです、と話した鈴木康介。浮いた話をあんまり聞かないムサい男子校にあって、交際方面が忙しいやっちゃなーと思っていたが、ビデオリサーチの常務取締役になっとる。

ウィキペディアの「桐朋中学校・高等学校」の見出しを見ると、「著名な出身者」の項目に、作家の赤川次郎氏、俳優の西島秀俊氏がいる。いろんな人を輩出する学校だ。以前は私の名前が記載されていたこともあったが、今は消えちゃってる。消さなくてよかったのにー。私の場合は輩出じゃなくて排出か。

しばらく前、フェイスブックで見知らぬ人から友達申請が来た。原則的には知らない人は承認しないのだが、プロフィール欄を見ると、富士通に勤務とあるので、社会の上のほうにいる人にはすり寄っておくといいことあるかな、と思い承認した。

そしたら、桐朋の同期で、気がつくと、35期のコミュニティに入れられていた。もともと350人もいた割には、数十人ぐらいしか参加していないようで、知った名前があるが、ごく親しかった人はいない。たまに催される同期会はお知らせを見なかったことにしている。

中学から高校へは、ほぼ全員進学できるのだが、中にはこぼれちゃう人がいる。高一になる時点でガラガラポンのクラス替えがあり、すぐには気づかないのだが、しばらく経つと、そういや、あいつ見かけなくなったな、なんて話になる。

中三の授業で、先生に当てられて「分かりません」と答える生徒がいると、周囲から「蛍の光」の合唱が起きる。この伝統、今も生きているだろうか。

高校野球の応援もえげつない。相手チームの攻撃になると、「パッパラパー、パッパラパー」と囃し立て、偏差値の低さを衝いて精神的なダメージを与えようとする。審判が試合を一時中断して注意しに来たりするらしい。

小学校以来、私の通った学校のほとんどに共通して自慢できることに、校歌がある。杉並第八小学校の校歌、これはすごいですよ。

 ♪富士の嶺仰ぐ武蔵野の
 ♪ゆかりの里の学び舎に

と始まり、三番の歌詞は、

 ♪平和に睦ぶ国民(くにたみ)の
 ♪一つの世界築くべき
 ♪理想栄えある今日の日に
 ♪文化の華を競うべく
 ♪使命に我等勤しまん

と来る。

そんな使命に勤しんでいる小学生がいたらすごい。海苔の佃煮で「磯じまん」というのがあのころからあった。

桐朋中学・高校の校歌もすごい。作詞は佐藤春夫である。

 ♪国立(くにたち)の丘にして
 ♪学校(まなびや)のよき窓は
 ♪老い松の枝越しに
 ♪富士ありて若人を
 ♪おほらかに教へ居る
 ♪天地(あめつち)に人な愧(は)じそと

三番の最後は、

 ♪鳳凰(おおとり)の雛の家
 ♪天地の真実(まこと)啄み

と締めくくる。

今、こうなってしまっている私には、いろいろ刺さって痛い。変態の雛の家ではなかったはずだ。もう、ごめんなさいとしか言いようがない。

校名を七回も連呼するあの大学の校歌については、士気が上がるという向きも多いでしょうが、私の本音を言うと、そこらじゅうから石が飛んできそうなので、自粛。

●電車に乗っちゃう癖と赤ワインと

11月13日(日)、私は中国厦門(あもい)から帰ってきた。新宿駅までの特急券を買って、20:44成田空港駅発の特急成田エクスプレス52号高尾行に乗り、途中で気が変わって吉祥寺駅まで乗り過ごし、中野駅まで引き返してきた。

中央線各駅停車東京行が中野駅の2番線に到着したのは、22:40である。それから中野の「もっつん2号店」へ行き、赤ワインを飲んだ。

この店に入るのは二度目で、前回は11月5日(土)である。あの日は昼まで浦和に用事があり、その後、ちょっと遠回りして帰ってきたのであった。宇都宮、日光、間藤、桐生、高崎、高麗川、八王子、中野。紅葉がよかった。

中央線快速東京行が中野駅の8番線に到着したのは、22:11であった。ついつい遊園地の乗り物に乗るような気分で電車に乗っちゃう癖は、小学生以来、抜けないなぁ。

二度目に行った日、存分に飲み食いしての帰り道、早稲田通りに出る手前の「バカフェ」の前で呼び止めてくる若者がいた。柳川朔氏。桐朋の65期、野球部で、ショートを守っていたという。

30年も離れていると、いくら同窓でも共有できる話題はないかなーと思ったら、意外とあった。和中先生を知っているという。しかし、「サルカバ」のあだ名はもう受け継がれていなかった。

柔道の和賀先生も知っていたが、「ぬりかべ」のあだ名はやっぱり知らないという。えー、あんな適確なのが廃れるかー?

翌日、14日(月)にはフェイスブックで友達申請が飛んできて、承認すると、メッセージをやりとりするようになった。柳川氏は、コメディー俳優として、アメリカで活動しているという。

スタンダップ・コメディーというライブショーがある。ステージに立ち、トークをもってお客さんを笑わせるものである。

インタビュー記事へのリンクを送ってくれた。なんか、すごいぞ!
http://oulife.net/post-7969


●根性と食い下がりと挫折と素早い立ち直りと

これがいかにたいへんなことか、想像がつくだろうか。

ビジネスのミーティングにおいて、英語の発音が稚拙で、文法もあやしく、たどたどしいながらもいちおう伝えるべきことは正確に伝えることができ、なんとか仕事になっている、という程度でも、日本人としては、そんなにうじゃうじゃいるわけではない。これが、TOEICでだいたい900点レベル。英検一級にもうちょっとで手が届くかな、ぐらいの。

こんな程度じゃ、スタンダップ・コメディーはまっっっっっっったく務まらない。完璧な発音で、自然な抑揚をもって流暢に言葉が出てきて、ズバリの間合いをもって、意表のひねりを投げてみせることによって、初めて笑いが起きる。

日本語でやるにしたって、並みの日本人以上の言語能力を要することである。これを母国語ではない英語でやろうっていうんだから、とんでもないハードルの高さだ。

まあ当然だろうと思ってTOEICの点数を聞いてみたら、やっぱり満点だった。

小さい時分から英語環境で育ったのだろうと思ったら、そうではなかった。アメリカのコメディーを好んで見てたというけど、吹き替えで、だった。高校時代の英語の成績も、まあまあ悪くはないけど、大してよくもない、程度であったという。

じゃあ、どうしたら、そんなことができるようになるのか。

今年の2月27日(土)、28日(日)に大阪大学豊中キャンパスで開催された「COMEDY NIGHT at OU」というイベントで配布された冊子に柳川氏が寄せている「アメリカのコメディに恋をして」と題する文章に、彼のすさまじいばかりの意気込みと食い下がりぶりがよく現れている。

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きっかけは突然でした。大学生になり演劇を勉強するようになっていた僕は、たまたま点けていたテレビで日本人コメディアンがマイク一本で舞台の真ん中に立ち、ジョークを放ち、それにアメリカの観衆がのけぞるように大爆笑している光景を目の当たりにしました。

そのときに彼がどんなジョークを言っていたかは思い出せません。しかし、僕の止まっていた時計はそのとき音を立てて確実に動き出しました。フェイスブックで彼の名前を検索し、メッセージを送り、ニューヨークに飛びました。

それから縁もゆかりもないアメリカで、コメディクラブ(スタンダップ・コメディが行われる劇場のような場所)で、オーナーに頭を下げて皿洗いと床磨きをする代わりに、プロが出演する夜の舞台に立たせていただくよう交渉して回りました。

そうして多くの舞台に出演し修行する傍ら、オーディションを受け続け、ついに憧れだったシカゴのコメディ劇場「セカンド・シティ」の舞台を踏むことができました。ロビン・ウィリアムスにブルース・ブラザース、あの日映画の中で観た幼い僕のヒーローが立った舞台の上に自分も立っていると、震える足で舞台を踏みしめていました。

コメディとは時に非情です。観客とコメディアンの目的がここまで一致している芸能はありません。観客は笑いに来る、コメディアンは笑わせに出て来る。この両者が目的を達成させられなかったとき、そのショーは「失敗」の烙印を押されます。

僕もアメリカで「帰れ」とハイネケンのビンを投げられたことがありました。すべった日は何もしたくなくなるほど落ち込みます。なぜわざわざ舞台に立つのか。お金だってもっと他の方法で稼げるし、しんどい思いをしなくて済むのに、と。

しかし、あのスポットライトの下で自分のジョークに観客が一斉に笑った感覚は、あの場所に立った人にしかわかりません。背筋を伝わる轟音のような笑い声。なんの道具にも頼ることなく、自分の声だけで人を笑顔にできる素晴らしさ。

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根性と、食い下がりと、挫折と、素早い立ち直り。対人間のリアルなコミュニケーションの真っただ中で、力強く自分の道を切り開いていくって、なんか心を揺さぶられるね。ちなみに、ハイネケンのビンが飛んできたのはテキサスでのことだったとか。

お笑いネタの豊富な州で、テキサスだけで、ジョークのひとつのジャンルをなしている。だいたいが、デカいとか、暑いとか。洗車スタンドで牛を洗ってるとか。草刈りをしたら、所有していることを忘れてた車が出てきたとか。

ところが、こういうのは他の州でネタにするものであって、テキサスでテキサスをいじっちゃいけなかったんだそうで。

あの暑いテキサスが、急激に寒いことになるらしい。会場が水を打ったようにしーんと静まり返り、最前列にいたハチミツ屋のおやじみたいなオーバーオールのやつにハイネケンのビンを放られた、と。ぎょえ〜。

●明日飲む前に今日も飲む

この前はちょこっと立ち話ぐらいしかできなかったけど、一度ゆっくり話をしたいね、となった。バカフェの前で会ったので、バカフェで飲みましょうか、ってなり、「僕の方はいつでも行けます」と来たのが21日(月)である。

しかし、少し先になると、私の予定がけっこう立て込む。機会を逃すとしばらく実現しそうにないので、ダメ元で聞いてみた。「今日とか明日とかだったら、どうでしょ?」「明日空いております!」

ふと思いなおした。高校時代、野球部だったてんだから、あの野球がテーマの居酒屋のほうがよくはないか。それと、新井薬師前には「894base(やくしベース)」という隅々までアメリカン・テイストなお店がある。

両者を知ってますか、と投げ、返事を待たずに私は高円寺のヒトカラ専門店「ワンカラ」に行った。戻ってきて、「中野塾」の前を通ったのが0:30amごろになっていたが、店はまだ開いていた。コンドル斉藤さんがいたので、「明日、来るかもしれない」と伝えた。

「同じ中学・高校の出身で、野球部だったやつ」と言うと、居合わせた見知らぬお客さんたちが、わーっと沸いた。ほんっと、野球好きの集まるお店である。

「じゃ、鈴木さんにも声かけてみますね」とコンドルさん。帰ってチェックすると、柳川氏はどっちのお店も知っていた。特に、中野塾のコンドルさんからは、二年ほど前にイラストでお世話になっているのだとか。じゃ、そこにしましょう。

翌朝、コンドルさんからメッセージが来て、鈴木氏も来てくれるという。わお! 非常に速い話の進行により、11月22日(火)、三人同窓会が実現した。

鈴木氏は、翌々日、シンポジウムで登壇することになっているのを知っていて、多分、準備に追われているだろうと思っていた。後輩の分際で、こんなときにお呼び立てしてすみません。

●しゃべれどもしゃべれども

三人が三人、すごい勢いでしゃべりまくった。柳川氏は、社会評論的な目も確かなものがあり、話が深くておもしろい。話の進行があまりに早くて、私のメモがぜんぜん追いつかない。

後で読み返しても、字は乱雑すぎて判読できないし、断片的すぎて、脈絡がさっぱり分からない。日本で演劇の文化が根づかなかったのは、左翼思想と結びつきすぎたからだ、とか。

「ねぇ、君、地図持ってる?」「なんで?」「君の瞳の中で迷子になっちゃってね」。そうやって口説くの?

肝試しのノリで、とんでもない店に行ったとか。それってまさか鶯谷の「デッドボール」じゃないよね、と私。あ、それそれ、と柳川氏。あれ、行ったんかいっ! 勇気あるなぁ。

なんだっけ? 見知らぬ女性とタクシーに同乗して、結局、部屋まで押し掛けていって、ヤッちゃったとか? オレ、53年生きてて、そういうことはぜんぜん起きないんだけど。

「野球部だとあるんだよ」と鈴木氏。さすが、スポーツ方面の記事を長年書いてるだけあって、そっちのほうの事情にも詳しい。

このお店、ものすごく雰囲気がいいし、みんな明るくてノリがよくて楽しいんだけど、どうも、なんというか、リア充な空気がオレにはちょっとなぁ……。ヲタ臭ぷんぷんの、自分のテリトリーに場所を移していい?

というわけで、久々にメイドバー「ヴィラージュ・レイ」へ。そこでも話は尽きず。私ももうメモを取るのをあきらめている。

鈴木氏のタクシーに二人で便乗して、新井薬師前で落っことしてもらった。一人になって、「サンクス新井薬師南口店」でお茶を買ったのが、1:41amだった。

「中野塾」での写真はこちら。
https://goo.gl/photos/5e4mmc8819fuGhjHA


●壇上からのいじりに全力対応

翌々日、鈴木氏が登壇するのを知っていたのは、聴講しに行くことにして、申し込みを済ませていたからである。

11月24日(木)、25日(金)、千駄ヶ谷にある東京体育館にて、アソビシステムの主催による「もしもしにっぽんシンポジウム2016」が開催された。
http://fes16.moshimoshi-nippon.jp/

http://fes16.moshimoshi-nippon.jp/symposium.php


シンポジウムのことは、購読しているアソビシステムのメルマガで知った。鈴木氏が登壇するのは、6:00pm〜7:15pmのコマで、「東京メディアサミット2016」と題されている。
http://fes16.moshimoshi-nippon.jp/session02.php


「“東京”と名の付くメディアが、“東京”について真剣に考える」ということで、「タイムアウト東京」、「東京ウォーカー」、「FM東京」、「テレビ東京」、「東京新聞」をそれぞれ代表する5人のパネリストたちがディスカッションする。

鈴木氏は、「壇上から声かけるからね」と予告していた。「やあ、一昨日はどうも♪」と一言ごあいさつ、ぐらいかと思っていたら、鈴木氏の持ち時間の大半が私をいじることに費やされた。

資料は3ページ用意されていたが、うち2ページは私が現れなかったときのための予備で、結局1ページしか示されなかった。まさかそこまでフザケてくるとは思いもしなかったが、こっちはこっちで全力でフザケ返したので、空気がかなり異様なことになった。

しかし、ちょこっとだけしゃべった真面目な話は、いいポイントを衝いていた。みんな2020年をどうするかに焦点を当ててるけど、1964年の東京オリンピックのときも、翌年以降、不景気に見舞われた。

オリンピック開催の年に海外から人がいっぱい来たとしても、翌年以降、ぱたっと来なくなったら、同じ目にあうよ、と。だから、われわれはむしろ、2021年をどうするかを真剣に考えとかなきゃいかん、と。

他のパネリストたちも、それを受ける形で意見を述べた。さすが、鈴木ヘンリー先輩!

終了後の懇親会はこちら。私と一緒に「にゃんっ♪」ってやっている三人は、左から、KADOKAWA/ウォーカー総編集長の玉置泰紀氏、東京新聞論説委員兼編集委員の鈴木遍理氏、タイムアウト東京代表取締役の伏谷博之氏。
https://goo.gl/photos/q6Zei7KUzBJ3HPTA6


●柳川氏のコメディーショウ、17日(土)にダブルヘッダーで開催予定!

柳川氏は、新井薬師前の「894base」を知ってるとのことだったが、知ってるなんてもんじゃなくて、そこで公演を開催する予定にしていた。

12月17日(土)、昼の部と夜の部と二回、開催される。夜の部がそこで、昼の部は、「マハロア」という別のお店。やはり西武新宿線新井薬師前駅とJR中央線中野駅との間の前者に近いところにある。そっちはハワイアンダイニングバーである。私は知らなかった。

コメディーショウのことは、柳川氏のフェイスブックページで告知している。
https://www.facebook.com/saku.yanagawa/posts/930737963722761


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【ComedyShow】

さて、ご縁もありまして、なんと12月から毎月東京にてコメディショーを主催することになりました!

中野にて毎回素敵なゲストをお招きして、味わい深い会場でみなさまに笑いをお届けします。

記念すべき第一回目の今回は12月17日(土)、お昼と夜の二回、スタンダップコメディ、そしてスケッチ(短編のお芝居)を愉快な仲間たちと英語で演じます。日本語の字幕もあるので英語のわからない方々も楽しめる内容になっております^_^ グローバルな笑いを中野で体験してください。

以下が詳細です^_^

【昼公演:Saku’sMahaloaShowcase】
日時:2016年12月17日(土)11:30開場/12:00開演 ステージ時間:90分
会場:新井薬師前/中野「マハロア」
店HP:http://hitosara.com/0006044021/

チケット:ランチセット付きで2,000円

【夜公演:Saku’sFabulousComedyNight】
日時:2016年12月17日(土)19:30開場/20:00開演 ステージ時間:90分
会場:新井薬師前/中野「Bar894Base」
店HP:http://r.gnavi.co.jp/dgwu5bk60000/

チケット:1,000円(ワンドリンクオーダー制)

ご予約は僕まで!

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【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
http://www.growhair-jk.com/


◎タイのことがネット記事に◎

10月21日(金)〜24日(月)、タイに行き、現地のセーラー服おじさんと一緒に写真を撮ってきたことが、「ITmediaねとらぼ」で記事にしてもらえた。

 2016年11月19日(土)22時00分更新
 ITmediaねとらぼ
 「セーラー服おじさん」はタイにもいた!
 日本のセーラー服おじさんと対面し濃厚コラボを果たす
 濃い×濃い=超濃厚
 藍乃ゆめ
 http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1611/19/news013.html


藍乃ゆめさんとは、早稲田にオープンしたロシア人によるメイドカフェ「ItaCafe」にて、初日の10月17日(月)にお会いしている。その記事でも、B面で行った私の写真を載せてくれている。

 2016年10月26日(水)12時00分更新
 ITmediaねとらぼ
 店長はロシア人の美人コスプレイヤー 
 本場のロシア料理が堪能できるメイド喫茶「ItaCafe」に行ってきたよー!
 藍乃ゆめ
 http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1610/26/news035.html


◎現地の日本語メディアでも◎

もうひとつ、短い文章ながら、記事を書いてくれたのは、「アジア経済ニュース」というメディア。

 2016年11月16日(水)00:03(日本時間)更新
 NNAASIA(アジア経済ニュース)
 http://www.nna.jp/articles/show/1534467


記者のY成さんは、去年、コスプレ雑誌「COSPLAYMODEタイ版」の編集長である滋野真琴さんを取材して記事にしている。

 2015年11月17日(火)
 【アジアで会う】滋野真琴さん オリノスBKK代表
 第84回 コスプレで草の根クールジャパン(タイ)
 http://www.nna.jp/articles/show/8614


Y成さんは、マッサージ店で滋野さんと私の姿を偶然見つけて、私に取材を依頼してきている。

ところで、私はそのお店で腕時計をなくしている。着替えた後、脱いだ服を入れた籠を店員がベッドの下にすべり込ませた。その後、私は腕時計をはずし、暗がりの中、手探りで、このへんだろうというところに置いた。

終わったら、消えていた。店員さんたちは、ずいぶんがんばって探してくれたが出てこなかった。滋野さんの連絡先を置いていったら、私が帰国した後に知らせが行った。「出てきた」と。「枕の中から」。どうやら、私が置いたときの見当がズレていたらしい。

滋野さんが受け取りに行ってくれたが、さて、どうやって私に届けるか。安物なので、郵送なんかしたら、買うより高くつきそう。そしたら、12月にY成さんが東京に来る予定があるので、持ってきてくれるという。12月15日(木)にお会いする話になっている。

◎フリーペーパーにインタビュー記事掲載◎

早稲田大学のサークルが発行している、「ファッション×早大」をテーマとするフリーペーパー「ENJI」から取材を受け、vol.182016年秋・冬号に3ページにわたって記事が掲載された。
http://www.enji-wu.com/

http://www.enji-wu.com/?p=12175


内容は、下記のところで読めます。
ENJIVol.18Anti-Fashion
https://issuu.com/enjiwu/docs/enji2016awvol.18_antifashion


ばりばり理系の私には、ファッションについて語ることなんぞありません、と最初は断ったのだが、この号のテーマは「Anti-Fashion」だからいいのだ、ということで。アインシュタイン方式についてなど、好き勝手に放言している。

◎デジタル忘年会でやらかした◎

11月30日(水)、赤坂某所にて、どこよりも早く忘年会が催された。「デジタル忘年会」。主催するのは、慶応義塾大学の中村伊知哉教授。ついこの間、どこよりも遅く「デジタル新年会」をやったばっかな気がする。時期はずれだと、予定がカブらなくてありがたいんだけどね。

ご列席された面々は、衆議院議員、内閣官房、文部科学省、総務省、テレビ朝日、フジテレビ、テレビ神奈川、FM東京、文化放送、毎日放送、電通、博報堂、アサツーディ・ケイ、ドワンゴ、ニフティなどなど、各界の錚々たるお歴々。

そんな中に、コンテンツそのもの、という立場から参加したアホが一人。出席者名簿の肩書きは「セーラー服おじさん」。来場者挨拶の時間、トップバッターで檀上に上がり、「オレがクールジャパンだ」。やらかしたとも言える。

こんな場違いな私にも名刺を差し出してくださった方が17人もいた。あれっ、見覚えのあるお名前が。「文明評論家・作家金文學」。あーっ、先生のご著書、読んだことありますっ!

2014年4月30日(水)、初めて中国に発つとき、あまりに謎の多いかの国のことを平易に解説した本はないものかと成田空港の本屋で探していて手に取ったのが、これ。

金文學『中国人が明かす中国人の本性中国国民性新解読』
(祥伝社黄金文庫2012/12/12)

デジクリに感想を書いている。
https://bn.dgcr.com/archives/20140513140200.html


忘年会の写真はこちら。腕時計はバンコクで買ったやつ。
https://goo.gl/photos/Nu55v3erqGVnrSAF7


目標も持たず、成り行きまかせに生きた人生がこんなにカラフルなことになってていいんだろうか。偶然のなせる作用、おそるべし。